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現場から考える水田フル活用

増える飼料米作付け面積
輪作体系と集団化へ進む先進地、庄内

 「22年度以降止めるというようなことはないわけであって、やはり政策というのは継続性が必要なことですから、21年度それで行うと、そしてまた、水田を全面的に活用し、飼料米、あるいは小麦粉に代わる米粉米というものを使うことによって自給率を上げるという目標が、1年で終わるわけはないのであって、それは今後も、政策の継続性というものは、よく認識をしていかねばいかんことだと思います」。
 3月3日、石破農相は定例の記者会見でこのように述べ、22年度以降も水田フル活用政策を継続する方針を明言した(関連発言を下の囲みに掲載)。大臣も指摘するように「自給率を上げるという目標が1年で終わるわけはない」。そのために政策の継続性は当然重要だが、水田フル活用を継続させるには何が必要なのか。すでに取り組みを進めている現場からはさまざまな課題も指摘されている。農相は一方であらゆる角度からの農政見直しも強調しているが、成果を上げつつある現場の芽を摘むようなことであってはならず、逆に現場に即した実践的な検討が大切ではないか。「こめ育ち豚」の生産を産地、消費者の連携で進めてきたJA庄内みどりと生活クラブ生協、平田牧場の先駆的なプロジェクトの現状からそれを考えてみる。


計画生産なくしてフル活用は実現しない 手取り確保につながる長期支援を

◆飼料用米、庄内で450haに拡大

 

消費者、生産者など関係者が一堂に会し、21年度の取り組みを討議
消費者、生産者など関係者が一堂に会し、21年度の取り組みを討議

 08年新年号(
/tokusyu/toku221/toku221s08011106.html
)でレポートしたこの取り組みを改めて整理しておくと、山形県のJA庄内みどりの遊佐地区と酒田市の生産者が作った飼料用米を平田牧場が配合飼料に混ぜて豚を育て、生活クラブ生協がその豚肉を組合員に供給するというものだ。飼料用米の保管流通にはJA全農山形県本部が、配合飼料製造は北日本くみあい飼料酒田工場が関わっている。
 関係者はこの取り組みを「食糧自給率向上モデル事業」と名づけ、年に数回推進会議を開催、3月初めには東京都内で21年度の取り組みに向けた課題や情報交換を行った(写真上)
 飼料用米で育てた豚は自給率向上のシンボル的な商品だ。生活クラブ生協ではこの「こめ育ち豚」を組合員に提供しているが、会議ではこの4月から全頭「こめ育ち豚」として出荷されると平田牧場から報告された。飼料用米生産の取り組みは10年以上前からだが、平成16年から遊佐町で本格化させ飼料用米生産を増大させてきた。米の全頭給餌の実現は飼料用米の増産、定着というひとつの到達点だろう。
 20年産での飼料用米の生産は遊佐町で170ha、酒田市で150haの計320haだった。参加する生産者は約300人。
 21年産については昨年末に主食米の生産数量配分が示されてから、生産者に説明し意向を調査した。その結果、遊佐町210ha、酒田市240haと昨年より100ha以上拡大、計450haで飼料用米が作付けされる見込みとなった。収量が順調なら生産量は3000トン程度になる。
 転作率33.5%のなか、飼料用米による転作への関心は高いが20年産では種子の量が不足、190haあった希望を生産者を説得し170haに抑制してもらったという事情があった。。21年産に向けては種子の生産を増やし約480ha分の量を確保。JA全農山形の計画ではさらに22年度は500ha超、23年度は600ha超の作付けに対応する種子生産の計画も立てている。このプロジェクトが目標としているのは作付け面積600ha、4200トンの確保だ。これで平田牧場が年間生産する16万頭の豚全部に米10%給餌が可能となるという。

◆新規と継続者の公平性をどう確保する?

JA庄内みどり 遊佐営農課 佐藤秀彰統括課長
JA庄内みどり
遊佐営農課
佐藤秀彰統括課長

 飼料用米の価格は平田牧場との協議で19年度、20年度は1kg46円とした。収量が700kgであれば10aあたり3万2200円となる。これに産地づくり交付金(21年度からは産地確立交付金と名称が変わる)から5万500円が交付され8万2700円が確保できるとしてきた。
 一方、政府は水田フル活用政策を21年度から本格的に打ち出し、飼料用・米粉用に転作を新規に拡大する場合や、不作付け地に作付ける場合を対象に10aあたり5万5000円を交付することが決まった。
 先進地、庄内ではこの対策で混乱を招きかけた。
 新たな「水田等有効活用促進交付金」は新規に取り組む生産者だけが対象で、これまで先駆的な取り組みを継続してきた生産者への支援はどうなるのか、という疑問が湧いたのだ。
 21年度は、継続的に取り組んできた生産者には産地確立交付金3万円と定着加算分6500円に、県単独助成が4000円加わるがそれでも4万500円にしかならず、新規に取り組む人と格差が生じる。
 JA庄内みどり遊佐営農課の佐藤秀彰統括課長は「助成単価が下がっても飼料用米を作付けしたいという声が多かった」というがこれでは意欲を削ぐ。後述するように経費を考えればもともと助成水準は決して高くないからだ。
 それでも飼料用米作付けをしたいという生産者の希望があるのは、大豆の連作障害を避けるため。一度、飼料用米に転換し、再び大豆を生産すれば安定した収量増が見込める。そのため飼料用米と大豆の輪作体系をつくることも遊佐町では目標にしている。輪作体系をどう支えるかという観点も重要なことが分かる。
 こうしたなか3月初め、新年度の交付額に再配分が決まった、とようやく現地に連絡があった。それによると農水省は先駆的な取り組み産地を継続させるため、生産調整の県間調整により減額された産地確立交付金を加算分にあてることに決め、遊佐町にも振り向けられた。それを継続的な取り組みをする生産者への上乗せ助成とすることにした。
 算定額は10aあたり1万4800円。この加算で5万5000円以上を確保でき、不公平感をなくすことができる見込みとなった(表下)

 ただし、この額は継続的に取り組む生産者の作付け面積が150haであり、それを分母として加算された交付金総額を割った単価である。関係者は生産者の納得が得られると、とりあえず胸をなで下ろすが、考えてみれば先駆的な取り組み面積がもっと多ければ交付金単価は低くなっていた。取り組が増えると助成金は薄まってしまうという構図は変わっていない。

◆乾燥代など差し引くと手取りは1kg15円

 前述のように収量700kgで試算すると交付金によって確かに10aあたり8万円を超す額となる。しかし、手取り額はずっと低いのが実態だ。
 1kg46円が飼料用米の価格だが、ここからカントリー・エレベーター(CE)などの乾燥コストや系統利用料などを差し引くと、生産者手取り額は15円にしかならない。単収が700kgだったとしても10aで1万円を超える程度。佐藤課長は昨年7月の本紙座談会08年7月30日号(http://www.
jacom.or.jp/series/shir167/shir167k08080510.html
)で「これでは1トン収穫できても1万5000円にしかならない」と指摘していた。
 そのため20年産対策では畜産対策に盛り込まれた飼料高騰緊急対策から飼料用米支援への活用が行われ、JAは1kgあたり25円を生産者に直接支払った。これで1kg40円の手取りとなったが、21年産では今のところこうした対策は検討されていない。
 もちろん収量を増やせばその分、手取りは増えることになるが、収量増には肥料の多投入が必要になる。肥料価格も高騰しておりコスト増は避けたい。
 一方でこの間の取り組みで、大豆の後作での飼料用米生産では比較的高い収量が見込めることが分かってきた。大豆生産時に投入された肥料がまだ生きているためだという。
 こうしたこともあって大豆と飼料用米の輪作づくりが地域農業の方向になってきている。
 JA庄内みどり遊佐支店管内では380haの大豆作付け面積がある。このうちの80haを飼料用米に回しながら輪作体系を構築、飼料用米作付けは最大300haとする方針だ。大豆と飼料用米を自給力向上への戦略作物とする取り組みで、大豆の生産で手取り確保にもつなげる。
 こうした輪作体系をつくるためJAでは新年度から受託組織(コントラクター)による飼料用米生産もめざす。生産規模が拡大するにつれて「育苗、田植えを個人でするのは限界」になってきたこともあるが、主食用米とのコンタミ(品種混入)防止、不正規流通の防止といった狙いもある。
 一定の生産者グループが専用コンバインで収穫すればコストダウンにつながり、また、コンバインを限定することでコンタミ防止にもなると考えている。ただし、自脱型コンバイン購入のためのリース事業がなければこれも進まないという。

◆ひっ迫する倉庫の運用

 生産量が増えて急速に問題になってきたのが収穫後の保管場所だ。20年産では約2000トン(遊佐と酒田計)の生産があったが、そのうちCEでの乾燥・籾すり後、北日本くみあい飼料に直送されたのは90トンほど。残りは配合飼料原料として注文があってから出荷されるが、JAや全農県本部の倉庫では不足し、営業倉庫とも契約して保管場所を確保した。しかし、民間倉庫の保管料は高く、農家手取りに影響することになる。
 JA庄内みどりでは遊佐支店管内に22年秋の稼働をめざして新規CE建設に着手するほか、県本部も21年産対応のために遊休施設に設備投資をして保管場所とする。当面はこうした対応を行うが、飼料米の保管と物流を主食用とは異なる方式で行うことも今後の大きな課題となっている。
 こうした課題がありながらも、とくに遊佐町の取り組みで見えてきたのは、飼料用米の取り組みは先に触れたように大豆の生産基盤の確保にもなっていることだ。
 それだけに「生産調整の選択制」といった議論には不信が募る。
 「かりに選択制となったら主食用生産が増えるだろうが、それによって大豆の生産は減る。現在は需要に見合った大豆を確保できており、これが崩れれば産地として信頼を失う。農政の目標は自給率の向上というなら、大豆も重要なはず。選択制の議論には総合的な視野が欠けていると思う」と佐藤課長は強調している。

 【3月3日会見の石破農相の発言の概要】

石破農相
 水田フル活用、水田全面活用というのは、非常に有力な考え方であって、これを21年度は強力に推進するというつもりでおります。したがって法案も出しているわけで、これが22年度以降も意味合いを失うとか、そういうものでは全くありません。この水田フル活用というのが軌道に乗るように、法案の成立に万全を期すということでありますし、22年度以降も、それを行っていきたいというふうに思っているところです。
 ただ、「それで本当に十分ですかね、水田フル活用政策というもので十分ですかね」、というのは常に検証が必要なことです。飼料米にしても、あるいは米粉米にしても、それがきちんと流通に乗り、商品化される、あるいは活用される、そしてまた所得が確保されるということについて、様々な努力をしていかねばならない。ただ、「それで十分なのかね、これで政策として十分ですか」と言えば、そこは今、断言はできないわけであって、自給率の向上、そして所得の安定のために、他にも取るべき施策というものがあるかも知れない。だから、そこに向けての探求というものは、等閑視してはいけないことだ、というだけのことです。

(2009.03.05)