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「白書」と農政改革 

どこへいく? 食料自給率目標
平成20年度食料・農業・農村白書を読んで
大妻女子大学社会情報学部教授 田代 洋一

 政府が「農政改革」を主要項目に掲げ、新基本計画の論議も進むなか、20年度の食料・農業・農村白書が公表された。水田フル活用政策を「目玉」に自給力・自給率の向上を強調した。白書をどう読むか。田代教授に寄稿してもらった。

◆混迷する農政の反映?


 長年にわたり白書をウオッチしてきたが、今年の白書は率直にいってさえない。根本は農政が混迷しているからだろう。国会に「講じた施策に関する報告」を義務づけられた白書は農政の状況を反映せざるをえないが、もう一つの任務は「食料・農業・農村の動向」を冷静かつトータルに分析・報告することだ。それをしっかりやっていれば時々の農政の状況に振り回されて終わることはない。
 しかし最近の白書は、組替集計等に基づく切り口鮮やかな分析よりも、施策に関する色つきポンチ絵的な「図解」が多い。
 今年の白書の「新機軸」は冒頭に汚染米問題に関する「詫び状」を載せたことだ。詫びが先立っては白書の意気があがるはずがない。
 この問題の核心は農政トップに商品の販売者としての責任意識が決定的に欠如していたことだ。そんなトップを絶対に天下りなどさせないことが国民への謝罪であり、白書が冒頭陳謝する筋の話ではない。
 「反省」は無許可専従問題にも及んでいるが、その後も公益法人への天下り指定ポスト数の修正が最も多かったのは国交省と農水省であり(朝日、5月20日)、元農水次官の農林中金子会社への天下り問題もマスコミをにぎわした。農政の反省は口先だけといわれても仕方ない。

 


closag0906230501.gif◆食料自給率は政策目標のはず

 

 内容面での最大の特徴は、食料自給率から「食料供給力(食料自給力)」への書き換えだろう。昨年までの白書は「食料自給率の向上」を章節のタイトルに明記していた。それが今年は「食料供給力(食料自給力)の確保」や「食料自給力・自給率の向上」になった。その出所もまた、農水省の新たな基本計画の策定に向けての文書(08年12月)の副題の「我が国の食料自給力・自給率の向上」である。
 2005年の基本計画では、自給率向上の未達成を目標年次の引き延ばしでかわしたが、次の打つ手が見つからないのでいっそ自給率を目標から引き下ろしてしまえと言うことか。自給力のキーワードはモノ、ヒト、土地、技術だと白書はいう。そのような潜在能力の発揮の結果が自給率なのであって、潜在生産能力さえ確保しておけば敢えて自給率を云々する必要はないということか。
 自給率をめぐっては、カロリー自給率だけが注目されるきらいはある。生き物のエネルギー源という点ではカロリーは根源的なものだが、今日の食には野菜・果物・お茶等の無・低カロリー品も欠かせない。かといって金額表示だと今後の円高基調化では不都合だ。最終的には一品ごとの自給率が大切だが、国民にアピールするには煩雑過ぎる。
 そこで総合表示の自給率を分かりやすい政策目標とした掲げたのが新基本法農政の趣旨である。それを供給力=自給力などと言い換えたら、政策の具体的な数値目標を掲げられなくなってしまう。

 

◆欧米こそ手厚い農業保護


 白書は食料供給力を向上させるために農業予算の有効活用をうたい、国家予算に占める農業予算の割合等を表示している(表下)。日本の2.6%はヨーロッパより低いが英米豪よりは高いと言いたいようだ。しかし農業予算/農業総生産の割合をとって農業生産に対する財政寄与度を見れば、日本の27%に対してアメリカは65%、ヨーロッパも40%以上だ(2005年)。日本農業が過保護だなどというのはとんでもない神話で、先進国の現実はかくのごとく農業を手厚くサポートしているのである。ローマは一日にしてはならない。
 今年の白書の小さな新味は、農地1a当たり供給熱量の国際比較を行い、日本がダントツなことを指摘した点だ(表上)。面積には放牧・採草地がカウントされていないが、それを入れれば日本の優位性はさらに高まる。要するに水田農業の土地生産性が極めて高いということだが、それを「水田フル活用」という農政の論理にどう活かしていくかである。

 


closag0906230502.gif◆世界食料危機は分析できたか


 昨年の白書は世界食料危機の十分な分析をするにはタイミングが悪かった。今年はその点が補強されるかと期待していたが、相変わらずバイオ燃料化、中国等の経済発展、異常気象、輸出規制、投機資金等の並列に終わった。
 白書は「中長期的に需給ひっ迫→自給率(力)向上」ともっていきたいので中長期的要因を重視しているが、それでは途上国の「抗議運動や暴動」の直接原因は説明できない。暴動に至る価格暴騰の要因は投機マネーである。学界でも投機マネーの影響力を特定できないから犯人はバイオエタノールだといった非論理的断定が幅をきかせているが、中長期的(在庫)要因と直接的(プレミアム)要因を混同するものだ。
 そこにきちんとメスを入れたのは残念ながら農業白書でなく『通商白書2008』だった。そもそも両者はボリュームからして200頁と500頁の大差があり、国会提出か否かの自由度の差もあるが、ポンチ絵とデータに基づく図表ぐらいの差がある。
 なぜ投機マネーが重要なのか。今日の世界経済を牛耳っているのは国際過剰資本であり、その1/3が投機マネー化しており、マネーは有効な規制が導入されない限り間歇的にバブルを引き起こし、バブルは再生産が遅れる資源分野で起こりやすい。今後とも単純に短期要因として片付けられないのである。
 加えて世界金融危機は世界経済危機を引き起こし、農協金融から農家兼業、食料需要等に広範な経済的影響を及ぼしているが、農業白書にはそのようなマクロ経済の中で農業を考える視角が欠けている。

 


◆水田農業と担い手をめぐって

 

 「水田フル活用」が白書にとっても政策的な目玉であり、その点に異論はないが、いくつかの問題を感じる。
 第一は2008年度の区分出荷米の政府備蓄買い入れである。白書は制度上は60kg7000円のはずの過剰米を実勢価格で買い入れたと淡々と述べている。他方で米作付面積は依然として5.4万ヘクタール超過している。また政府自民党が内紛を演じている生産調整については「あらゆる角度から見直していく必要がある」にとどまる。
 過剰米を実勢価格で買い上げれば「生産調整にまじめに取り組んできた農家に報いる」ことになるのか。何とも締まらない話である。白書こそ米需給・生産調整、産地づくり交付金の実態的帰属と機能(地代化) 等について客観分析し、政策判断に資するべきではないか。
 第二に、一人当たり米消費量に歯止めがかかったとしているが、小麦価格の高騰にともなう一過的なものか否か、なお見極めを要する。
 第三に、担い手をめぐっては認定農業者の伸びを上回る集落営農の増大が見られた。経営所得安定対策への地域の対応は集落営農化だった。
 しかし各構成員がほとんどの作業を行っている組織が4割、機械を所有しているのが2割という調査結果が報告されている。要するに経理・販売一元化という交付要件をみたしただけで協業しない「ペーパー集落営農」が半分弱ということだ。その協業経営化が地域農政最大の課題といえるが、手がかりはない。
 集落営農組織の取組が5事例示されているが、ことごとく農事組合法人である。農政の立場としてはより経営成熟度の高い有限・株式会社形態の農業生産法人化を重視すべきだし、おもしろい経営が育ってきている。
 第四に、農協について担い手支援のみを取り上げているが、農協はついに減収増益路線から減収減益スパイラルに陥った。加えて農林中金の赤字により還元の先細りが見通される。農協経営全体を正面からとりあげるタイミングだった。

 


◆充実した農村地域分析

 

 今年の農村分析は中山間地域を中心にそれなりに充実していたことを最後に付け加えておきたい。ただし中山間地域直接支払いは持続可能性が課題であり、都市から地域づくりの専門家を派遣する等の支援が必要だが、明大農学部の地域リーダー育成の取組の紹介は適切だった。また、農地・水・環境政策については市民参加の実態をチェックすべきだった。
 最後にケアレスミス。加工・業務用野菜の割合が15年前から20% 減少したとあるが、割合なら「ポイント」だろう。農地かい廃について「耕作放棄と宅地等への転換が大部分」としているが、最大の要因は後の叙述にもあるように耕作放棄と「その他業務用地」であり、宅地ではない。先の集落営農の事例紹介記事では「農業組合法人」「大型農事機械導入」と「農業」「農事」が刷り替わっている。こんな揚げ足取りは恥ずかしいが、役所のケアレスミスも恥ずかしい。来年にかけて農政環境は大きく変わる。
 そういう時こそ、足元の現実をしっかりみつめた、気合いの入った緊張感ある白書を期待したい。

(2009.06.23)