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リーマンショック、最悪期は脱したが...

「雇用なき景気回復」が懸念
農業の出番、真剣に

 昨年秋のリーマンショックを機に世界は100年に一度と言われる経済危機に陥った。
 行き過ぎた市場原理主義が危機発生の要因だとして、その反省が経済界の一部や政府からも聞かれるが、この景気後退は、たとえば豚肉や牛肉の消費不振と価格低迷に代表されるように農業・農村にも打撃を与えるなど不安が高まっている。景気の底は脱したといわれるが、今後、経済状況はどう推移するのか。
 最近の経済・金融情勢について(株)農林中金総合研究所の南武志主任研究員に聞いた。

リーマンショック後の主要経済指標◆まれに見る落ち込み

 上図はリーマンショック後の主要経済指標だ。
 昨年(08年)9月を基準とした変化を見ると、たとえば「年越し派遣村」が社会問題となった失業者数は、年明け以降に増え続け08年9月からの変化幅で1年後に80万人超も増えた。
 日本経済が依存してきた自動車などの輸出は今年3月までに4割も減少。鉱工業生産も同じく3割の減となった――。
 今回の世界的な景気後退は1930年代の世界大恐慌と比較されることが多いが、当時の米国の生産の落ち込みは年率で2割減程度。それが持続したために3年間で半分程度までに低下した。これと比べると今回、日本ではたった6カ月で3割も減少(鉱工業生産)したことになる。「落ち込みのスピードは歴史上まれに見るものだった」と南主任研究員は話す。


◆消費不振は深刻・・・

 それでも図に示されているように4月以降、鉱工業生産と輸出は回復傾向を示している。危機発生以降、主要国が相次いで経済対策を打ち出すなどの効果もあって「景気の谷は3月に通過した」とみられるという。
 日本にとってこの持ち直しの要因のひとつは中国経済だ。2年間で4兆元(50兆円超)もの財政出動を決めたこともあって中国向けの輸出が伸びた。アジア新興国の牽引による景気回復である。
 もうひとつの効果は国内要因で、エコカー減税やエコポイント制だという。自動車の買い換え促進により、大幅に悪化した自動車産業は息を吹き返し、関連産業への波及効果も強まっている。
 もっとも最悪期は脱したかもしれないが、失業者数の増加傾向に見られるように経済状態の深刻さに大きな変化はない。「リバウンドによって”極端に悪い”状態からは戻っただけ。”非常に悪い”状態であることに変わりはない」。
 好調が伝えられる中国経済だが、南氏によると政策効果の日本への波及効果はかなり出尽くしているという。先頃公表された同国の経済成長率は前年比8%と高いが、昨年まで2ケタ成長を持続してきたことと比較すると、2%ポイント程度は伸び悩んでいるともいえる。
 南氏はこの2%分は、中国から日本、米国などへの輸出が伸びない分だと分析する。それは裏返せば、日米など先進国の消費不振を現している。


◆内需拡大への課題

 農林中金総研では09年度の日本経済の見通しを名目GDP▲4.0%、実質GDP▲3.4%と、2年連続のマイナス成長と予測する。10年度は実質GDPで0.9%成長と、プラスに転じると見るが、力強さは感じられない数字だ。
 回復が遅れる要因は外需依存型の経済構造が維持されており、内需回復が遅れていることに加え、自動車や家電などで日本の製造業は高付加価値生産にシフトしていることだ。たとえばエコカー以外の車が売れないのは米国の消費が盛り上がってこないため。中国など新興経済国では消費市場の急拡大が続いているものの、高付加価値財への需要はそれほど見込める状況ではない。そのため、日本経済の本格的な回復はやはり米国経済の持ち直しが前提になるという。


◆食品も押し下げ要因

 ただ、雇用環境は厳しく、賃金も大幅に減少している。一人あたり雇用者報酬は05年を100とすると1997年は108にまで上昇したが、現在は98。これは90年代前半の水準だ。
 こうしたなかモノが売れず、消費者物価は下落が続く。昨年夏までは原油や穀物高騰もあってエネルギーや食料品が値上げされた。しかし、賃金が上昇しなかったため、消費マインドは回復せず、そのまま経済危機に突入。その結果、一層の消費者物価の下落を招いた。8月分(代表的な生鮮食品を除くベース)は前年比▲2.4%と、統計開始以来の最大の下落率を更新した。今や食料品も物価押し下げ要因となっている。
 消費者物価の下落は企業の収益悪化、賃金減、雇用減につながる。そのため一定の物価上昇が必要であるとの見方もある。
 少子・高齢化で国内マーケットが縮小するなか外需依存型経済からの脱却に課題は多いが、南氏は「雇用の裏付けのある景気回復」が重要だとする。
 政府が10月23日にまとめた緊急雇用対策でも「雇用なき景気回復」の懸念を指摘。農林水産分野での雇用創造も柱の一つにした。具体策として直売所や地域ブランドの立ち上げ、農商工連携の担い手人材の育成などの研修もあげている。経済構造の変化を主導する農業・農村の役割が期待されている。

(2009.10.30)