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「日本の貢献は国内自給率を高めること」――食料安全保障 国際シンポジウム(米国大使館主催)より

・食料生産、2倍必要
・深刻化する水不足
・貿易をどう評価するか?
・海外依存度を減らす
・技術だけで解決できるか?

 4月7日、東京都内で米国大使館主催の「食料安全保障国際シンポジウム」が開かれた。日米の農業関係専門家が増大する世界人口に対応し、どう食料安全保障を確保するかを議論。シンポジウムでは赤松農相と来日していたトム・ヴィルサック米国農務長官も講演した。シンポジウムの一部を紹介する。

農業投資の増大も課題

 

◆食料生産、2倍必要

 

シンポジウムでは「国際食料市場を拡大すべき」との日本の研究者の報告もあった イリノイ大学のロバート・トンプソン氏は農業と食料をめぐる世界の課題を報告した。
 世界人口は2005年の65億人が2050年には91億人と1.4倍に増えると国連は予測している。とくに途上国で26億人にも増える。現在の中国の人口が13億人とされているから、今後40年間で地球上に中国と同程度の国が2つ出現するのに匹敵する。
 現在の飢餓・栄養不足人口は10億人超で、1日に日本円にして120円(1.25ドル)以下で生活している人は世界で14億人いる。2ドル以下では26億人と人口の40%を占める。経済発展がめざましい国であっても、たとえば中国ではその割合は36%、インドでは76%にもなるという。
 トンプソン氏は食料安全保障は、こうした貧困問題と切り離すことができず、十分な食料を得るための人々の所得増加が課題となると指摘。そのため40年後に必要となる食料は、単なる人口増加よりも所得の伸びが影響し、世界全体で現在の2倍の生産量が必要となると強調した。FAOは1.7倍増が必要と予測しているが、それを上回る見込みを示した。

 

(写真)シンポジウムでは「国際食料市場を拡大すべき」との日本の研究者の報告もあった


◆深刻化する水不足

 食料増産のためには農地拡大が必要だが、
「最大でも12%拡大」にとどまるという。ブラジルやアフリカのサブサハラ地域で輸送などのインフラ整備が進めばこれ以上の拡大可能性はあるとするが、もっとも深刻なのは農業生産のための水だ。
 2009年には世界人口のうち都市部に住む人口が初めて50%を超えた。今後もその割合は増え続け2050年には70%に達する予測もあるという。現在は淡水の70%を農業用として使っているが、都市部人口の増加と、それにともなう工業化で農業用に回せる水が減る。トンプソン氏は「水1滴あたりの生産性」という視点からの節水技術の検討や、農業用水の有料化なども必要になると話した。
 そのほか、気候変動の影響で大きくなる「気象のぶれ」に適応できる品種改良、栄養分の改善、農薬使用の軽減、労働力の削減などの観点からの遺伝子組み換えなどバイオテクノロジーの重要性を強調した。
 また、途上国の農業生産支援のために農業投資を増やす必要性も訴えた。ODA(政府開発援助)のうち農業分野援助は1985年には13%だったが2007年には4.6%にまで低下している。

◆貿易をどう評価するか?

 ただし、こうした技術開発や援助を充実させても、「人口が増加する地域と農地拡大が可能な地域は合致しない」ことから、トンプソン氏は「自給自足は無理。貿易に頼らざるを得ない。国際貿易の重要性が増す」としてWTO(世界貿易機関)交渉(ドーハ・ラウンド)の成功が大事と強調した。
 トンプソン氏の報告を受けたパネルディスカッションに日本からは農研機構・作物研究所の岩永勝所長が参加。
 世界の農地拡大が期待できないなかで、持続的な単収増加を追求する「第二の緑の革命」が世界に求められていると主張した。
 1960年代の緑の革命は、「奇跡の小麦」の開発に代表されるように多収品種の開発とその栽培技術、灌漑の整備など「単純なテクノロジーのパッケージ」で食料増産を実現できた。
 しかし、第二の緑の革命では、アフリカの畑作地帯など天水農業地帯での食料生産、人口増加地帯の南アジアでのさらなる収量増加といった地域ごとに課題が存在することや、気候変動への対応、量だけではなく安全性の確保、農業者にとっての収益性確保など、取り組むべき課題はさまざまだと指摘。
 これらを解決するには「緑の革命といっても単色ではなく、地域の多様性に応じた改善を積み重ねた虹色の改革が必要」だとし、それらを通じた各国での食料自給力の重要性を強調した。

 
◆海外依存度を減らす

 そのような改革に日本は超多収性栽培技術などの研究成果だけでなく、伝統作物、小農経営や農村文化、農産加工や人材育成などの面でも世界に貢献できると話し、日本としては「国内自給率を高めることが世界の食料需給ひっ迫を回避し食料安全保障に役立つ」などと話した。。
 そのほか米国からは藻類をバイオ燃料原料とする試みを実践しているサファイアエネルギー社からもエネルギーと食料安全保障の両立をめぐる報告などがあった。
 同社はバイオテクノロジーによる塩水での栽培や乾燥地帯での農業を研究しているといい、新たな農用地や用水を獲得することによって、増大するエネルギーと食料の需要の両方に対応できると報告。新技術によって農業生産を拡大できると強調した。

◆技術だけで解決できるか?

 米国の専門家らの報告では、遺伝子組み換えなどバイオテクノロジーよる食料増産が可能になることや、世界の食料安全保障のためには国際貿易が重要になるなどが強調された。
 ただし、途上国の実態から技術だけで「解決できるか疑問」とする指摘もあった。
 米国インディアナ州にあるパデュー大学のゲビサ・エジェタ氏は、農業と科学への投資増大が世界の食料安保と政治的安定につながると指摘しながらも、「科学は信じているがそれだけで解決できない」とコメントした。
 例に上げたのが実験ほ場で収量増を達成しても現場ではそれが実現できないこと。農地管理の状況や、その技術が農業者にとって経済的に有利かどうかなど、研究成果を現場に役立てるには「社会経済的な環境整備が大事。農業者の現実を見る必要がある」といい、食料安保のために優先順位は「政治的サポートとコミットメント(責任)。そのうえでの科学の力と人々の活力だ」と指摘、食料安全保障に対する世界の政治的意思の重要性を強調した。

(2010.04.19)