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今年度の成長率はゼロ%台  南武志・農林中金総合研究所主任研究員(調査第2部部長代理)

・国内景気、再び停滞状況に
・大震災の世界経済への影響は限定的
・第二次補正予算の財源問題が焦点
・電力不足の影響がどう出るか
・公的支出が経済を下支え
・風評被害で輸出は低調
・年度下期以降は復興需要が本格化

 東日本大震災は、東北地方の農林水産業に大きな影響を与えただけでなく、部品メーカーの操業停止による自動車など製造にも打撃を与えた。また、原発事故は農産物以外にも風評被害をもたらしている。
 今後、政府は6月にも復興に向けた構想を示す予定で、それにともなった第2次補正予算編成なども今後の経済に大きく影響を与えそうだ。被災地の復興に向けた着実な歩みが期待される2011年度はどのような経済見通しとなるのか。農林中金総合研究所の南武志・主任研究員(調査第2部部長代理)に解説してもらった。

復興需要が本格化しても厳しい経済見通し


◆国内景気、再び停滞状況に


今年度の成長率はゼロ%台 3月11日の東日本大震災発生直前までの日本経済は、欧米など海外経済の持ち直し傾向が再び強まってきたことを受けて、輸出・生産に牽引される格好で、2010年夏から続いてきた足踏み状態からの脱却を模索している最中であった。
 しかし、震災発生後、被災地やその周辺に集積されていた多くの部品メーカーなどが操業停止を余儀なくされ、国内ばかりか海外の完成品メーカーも生産活動に大きな支障が出ている。
 さらに、それに伴って需要水準も大きく悪化、特に東日本を中心に娯楽目的での消費活動に対する自粛ムードが強まった。直接被害のない西日本においても観光業などには悪影響が及んでいる。このように国内景気は再び停滞状態に陥っている。
 また、東京電力の原発事故は収束までにはかなりの時間がかかると考えられており、当面は地域経済のみならず日本全体に対して多大な影響を及ぼすことになるだろう。すでに世界各国では、日本からの輸出品に対して規制を導入する動きがあるが、今後、様々な面で「日本離れ」、「日本外し」が長期化するリスクもある。また、供給能力の上積みなどにより、状況が好転する見通しが出されているとはいえ、今夏における電力不足問題をどう乗り切るかなど、数多くの課題が山積されている。
 これらをうまく切り抜けない限り、国内経済の再建はなかなか進まず、停滞が常態化してしまう恐れもある。

 

世界経済の動向
◆大震災の世界経済への影響は限定的


 2009年半ば以降、世界経済全体としては回復基調にあるが、先進国・地域ではそのテンポは緩慢で、08年秋のグローバル金融危機によって発生したマクロ的な需給バランスの崩れた状態が続いている。 一方で、新興国・資源国経済は底堅く推移しており、一部に景気過熱感やそれに伴うインフレ懸念が発生している。また、先進国は財政赤字の膨張傾向への警戒が強まる反面、ひと足早く利上げに踏み切ったユーロ圏を除き、金融政策は歴史的な緩和策を継続中である。
 これに対して、新興国ではすでに金融政策は引締め方向に動いている。すぐには顕在化することはないと思われるが、こうした「二極化現象」は将来にわたってリスクを蓄積していく可能性もあり、その動向には十分注意を払う必要があるだろう。
 世界経済の当面の見通しとしては、先進国経済が徐々に回復力を強めていく反面、新興国では景気過熱やインフレを抑制するための金融引締め策によって成長がやや鈍化する面があると思われるが、全体的には堅調な成長が続き、原油などの資源価格も高値圏での推移が続くものと予想する。東日本大震災の世界経済全体へ与える影響については限定的なものにとどまると見られる。

 

震災復旧・復興に向けた政府の動き
◆第二次補正予算の財源問題が焦点


 政府は、被災地の復旧・復興を全面的に支援することを表明した。そうした活動には当然資金の裏付けが必要だが、わが国の財政事情もかなり厳しい状況にあることは周知の事実である。
 2011年度の一般会計予算(当初ベース)では、92兆円余の歳出規模に対し、デフレ継続とそれに起因する景気の長期低迷により租税収入は40兆円弱しか見込めず、両者の差額のほとんどは国債発行で賄われている。
 しかし、11年度の日本経済は予算編成時の想定よりも大幅に落ち込むのは必至であり、このままでは歳入欠陥の恐れもある。ちなみに、11年度当初予算に基づけば、12年3月末時点で国債発行残高は668兆円(対名目GDP比率で138.0%)に達する見込みである。
 今回の大震災の被害額は巨額で、かつ被災地が広範囲に渡っていることもあり、「復旧」から「復興」に至るまでにある程度の時間がかかると考えられている。そのため、政府・与党は、1995年1月の阪神・淡路大震災時と同様、複数に分けた補正予算編成を行う方針を示しており、当面の災害復旧費などを盛り込んだ4兆円規模の第1次補正予算は、5月2日に成立した。
 一方、本格的な復興のための公共事業を盛り込む第2次補正予算の編成については紛糾が予想されている。最大の焦点は財源問題であり、時限的な復興税の創設案などが浮上しているが、与党内でも異論が多く、今後の議論の行方が気になるところである。

生産・輸出の動向

当面の経済見通し
◆電力不足の影響がどう出るか


 最後に、当面の日本経済の先行きを主要部門別に見ていきたい。まず、家計部門であるが、エコカー購入補助金や家電エコポイント制が10年度内に終了したことに伴い、耐久財については11年度前半を通じて低調に推移することはすでに震災前から見込まれていた。一方、震災後は東日本を中心に一部の食料品・水・防災用品などで買い溜め的な行動が起きたため、一部の非耐久財についても4〜6月期にかけて小幅ながらも反動減が出る可能性もある。
 そのほか、夏場に向けては再度電力不足問題への意識が強まると見られるが、それに対する節電努力に伴って再び自粛ムードが強まることになれば、娯楽関連を中心とした消費が落ち込んだまま推移する可能性もあるだろう。一方で、震災からの復興が先行き順調に進めば、住宅再建とともに、耐久消費財についてもある程度の需要が見込まれる。 ただし、沿岸部周辺の復興計画や二重ローン問題などについて慎重に議論する必要があり、住宅などの回復時期が後ズレする可能性もあるだろう。

 

◆公的支出が経済を下支え


 次に、企業部門であるが、東北・北関東エリアに集積していた部品メーカーが直接的な被害を受けたほか、被災地以外の製造業でも部品調達が遮断されるなどの二次的な悪影響も出ている。それらは復旧に向けて努力しているほか、被災地域以外での生産代替も進行していると考えられるが、夏場にかけての電力不足問題が順調な持ち直しにとっては大きな障害となるのは必至である。
 産業界ではピークタイムの電力需要をその前後にずらすなどの対応策を強めていくだろうが、順調な生産を阻害する要因となるものと思われる。それゆえ、年度上期中は生産活動や設備投資行動の停滞が余儀なくされるだろう。
 一方、公的需要については、復旧・復興に向けた公的支出が拡大するのは確実であり、一定程度、国内景気を下支えすることとなるだろう。ただし、復興に関するマスタープラン次第では、その時期が後ズレすることもありうるだろう。

 

◆風評被害で輸出は低調


 最後に、輸出入であるが、被災による生産停止に加え、原発事故などによる風評被害も考えられることから、輸出は当面低調に推移する可能性が高い。輸入に関しては、本来は国内需要の悪化に伴う減少圧力がかかる半面、海外製品などでの代替に伴う需要が一時的に高まることが考えられる。それゆえ、輸入は輸出と比べて減少幅は小さく、11年度前半にかけては貿易収支の黒字幅が縮小するだろう。一方で、海外経済の堅調さや海外中央銀行の金融緩和政策からの転換、さらに内外金利差拡大予想により為替レートが円安気味に推移すれば、投資収益の受取額を膨らませる効果がある。さらに、震災に伴う日本への義援金送付などにより、海外からの所得移転も一時的に拡大するだろう。それゆえ、経常収支黒字の減少幅は限定的と思われる。
 以上を踏まえながら、11年度の日本経済の見通しを述べてみたい。

震災後の経済見通し

◆年度下期以降は復興需要が本格化


 大震災発生によって国内需要水準は大きく落ち込んだが、4〜6月期にかけて、生産再開とともに、需要水準も徐々に回復が始まると思われるが、マイナス成長となることは否めないだろう。その後、7〜9月期にはプラス成長に転じると想定するが、サプライチェーン障害や夏場の電力不足問題もあり、力強さは伴わないだろう。
 一方、年度下期以降は復興需要が本格化することで、景気浮揚が進展していくものの、11年度を通じての経済成長率は0%台となるだろう。一方、12年度については復興需要が成長率を押し上げることになるだろう。
 物価に関しては、大震災発生後もマクロ的な需給バランスは依然として崩れたままという認識は変える必要はなく、物価のベース部分に対する下落圧力は根強いと思われる。
 しかし、最近の国際商品市況の高騰によって一部の食料品やエネルギー関連の価格が上昇傾向を強めており、物価指数全体の下落傾向には歯止めがかかってきた。さらに、11年度入り後は、10年度に行われた高校授業料の実質無償化に伴う押下げ効果が剥落することもあり、代表的な全国消費者物価(生鮮食品を除く総合、以下同じ)の前年比下落率はプラスに転じるだろう。 とはいえ、景気停滞が当面続くことから、企業が投入コストを最終財・サービス価格に十分転嫁することができない状況が続く可能性は高く、先行きプラス幅が加速的に高まっていくことはないだろう。

(2011.05.23)