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最近の経済・金融情勢を探る

中国向けの輸出が減 日本への影響が懸念
(株)農林中金総合研究所 調査第二部主任研究員 南 武志氏

 政府は3月の月例経済報告で最近の景気を「足踏み」と判断するなど6年以上にわたって拡大局面が続いてきた日本の景気が停滞、さらには後退局面に入るのではないかと懸念が出ている。
 もっとも戦後最長の景気拡大といわれても、賃金は伸びず家計に元気はなく、さらにこのところの食品値上げなどで景気の良さなど実感できないという人は多い。農業生産の現場にとっては米価の下落の一方、原油や飼料・肥料原料の高騰などが経営を直撃し苦境に立たされている。今後、日本経済の動向はどうなるのか。最近の経済・金融情勢の特徴と見通しについて、(株)農林中金総合研究所調査第二部の南武志主任研究員に聞いた。

米国経済の減速で1ドル90円も

◆日本の景気は後退するのか?

南 武志氏
南 武志氏

 2002年から始まった今回の景気拡大局面について、南主任研究員は「輸出に依存しきった景気拡大。家計消費は弱いまま推移し、国内消費は盛り上がりに欠けるため景気回復が実感できない。そこが最大の特徴です」と指摘する。
 02年から07年までのGDPの平均実質成長率は2.1%。1986年から91年までの「バブル景気」のそれは5.4%で当時の半分以下だ。また、これまで戦後最長だった65年から70年の「いざなぎ景気」の成長率は11.5%を達成した。今回は拡大期間は長いけれども経済成長の勢いはまったく違う。
 しかもこの成長率への寄与度をみると「輸出」が60.6%を占める。すなわち、輸出企業では外需依存で成長が続いてきたものの、企業から家計への波及は進まず賃金は伸びていないというのも特徴だ。そのため家計に支えられるサービス業、あるいは農業にも恩恵は行き渡っていない。
 こうしたなか昨年夏に表面化した米国のサブプライムローン(低所得者向け住宅ローン)破綻問題をきっかけに金融不安と米国経済の減速への懸念が高まり、日本経済への影響が懸念されてきた。実際、4月16日に米連邦準備理事会(FRB)は、全米で個人消費が低調に推移し、金融不安を背景に貸し渋り傾向も進むなど、米国景気は一段と減速していると指摘した(『日本経済新聞』4月17日夕刊)。
 今後、米国の景気減速の影響も含めて日本経済はどうなるのか、気になるところだ。
 南主任研究員によると、月1回行われる国内のエコノミストへの最近のアンケート調査によると、およそ4分の1が「すでに景気は後退している」と判断しているが、残り4分の3も判断を迷っている可能性が高いのでは、という。
 その理由について「今回の景気拡大のメカニズムは確かに世界経済に支えられているが、その意味ではサブプライムローン問題で世界経済に牽引力がないことは懸念材料。しかし、今は、一般的な景気後退局面とは異なる状態にあることが、判断に迷うことにつながっている」と指摘する。
 具体的には、景気先行的な指標といわれる鉱工業在庫率が高まっていないことだという。グラフ1に示されているように過去の景気後退局面では、在庫率が上昇している。それにともなって生産も落ちた。
 しかし、02年からの拡大局面では在庫率の上昇は見られず、景気後退が懸念される現在も「企業部門には在庫を調整するほどの過剰感はない。」これが一般的な後退局面にはないのではないか、という理由である。

◆米国より懸念される中国経済の動向

 在庫率が上昇していない原因は、バブル崩壊後の失われた10年や、その後のITバブル崩壊を経ているから、輸出は好調に推移しても在庫が積み上がっているのは一部業種に限られ、全体として企業行動は慎重なまま、設備投資も活発ではないという。また、雇用についても慎重に推移、団塊の世代の大量退職を見据えれば労働力はむしろ不足気味。過剰な資本ストックがないことから、「今後、半年間は厳しい展開ではあるが、停滞はしても雇用調整をともなうような後退はないのではないか」というのが南主任研究員の見方で、政府が判断したように景気の「踊り場」が続くという認識だ。
 ただし、懸念される動向として注目しておくべきことは、中国経済の動向だという。
 これまで日本経済には米国経済が影響すると考えられてきたが、輸出依存の今回の景気拡大局面では、むしろ米国への輸出数量は減っている。グラフ2に示されているように、景気拡大が始まった02年以前のほうが輸出量は多い。米国への輸出はもともと悪化していたということになる。

 一方、中国への輸出量は00年を100とすると昨年は3倍を突破した時期もある。07年の貿易統計でも日本の輸出先は米国(20.1%)を抜いて中国(20.7%)と初めてトップになった。
 ただし、中国への輸出数量はここに来て陰りを見せている。グラフ3に示されたように08年に入って落ち込みがはっきりしてきた。

 また、もうひとつ注目されるのは、グラフ1とくらべてみると、中国への輸出量の伸びが停滞した時期は、今回の景気拡大局面での04年と06年に「踊り場」と言われた時期と重なることが見て取れることだ。それだけ中国向け輸出に景気が依存していたといえ、今回の輸出減速がどう日本経済に影響するか懸念される。
 中国は今年8月のオリンピックに向けて社会資本整備を進めそれが中国の好調な成長となって現れていたが、その社会資本整備も一段落する一方、加熱した景気のために物価が上昇、インフレ懸念も高まったことから中国は金融引き締め政策をとった。南氏は「それらが重なり合った効果がじわりと効き始めたのではないか」といい、オリンピックまでは持つ、といわれた中国の景気も目前にして赤信号が点った、との認識が広がっている。
 中国向けの輸出は鉄鋼や化学、素材などいわゆるオールドエコノミーだ。日本製の品質の良さが評価されて輸出が伸びたが、この輸出が現在の日本の景気そのものを支えてきたことになる。その点では米国よりも中国経済の動向のほうがわが国に与える影響は大きく、今後が注視される。

◆ドル安は今後も進む

 一方、米国の金融不安にともなって円高ドル安が進行し、3月17日には一時ドル95円まで急速な円高が進んだ。その後、やや落ち着きを見せ102〜103円になっているが、今後さらに円高は進み、「1ドル90円の局面もあり得る」という。
 ところで、「円高」と言われているが、他の通貨とのレートを見ると、たとえば、対ユーロでは163円などの水準。南氏は円の実効為替レートは過去10年平均とくらべて、13%の「円安」にあることを指摘している。ユーロのほかカナダドル、豪州ドルなど資源国通貨に対しては円は強くはない。
 つまり、現在、進行している事態は「ドルの独歩安」である。その背景にあるのが米国景気の減速と金融システム危機への不安。そのため米国は5.25%から2.25%へと利下げを行っているが、今年はさらに2回の利下げをするというのがマーケット関係者の見方だという。これがドル安をさらに進行させるのではないかという根拠だ。
 ただ、すでに指摘されているように米国の金融不安から「ドルがドルを生む」世界から逃げたドルは原油や穀物などの商品市場に大量に流れ込んでいくという世界経済の様相がはっきりしてきている。新興国経済の成長は続くとみられており、原油をはじめ素原材料への需要は根強く、相場が下落する可能性は少ないという。
 そのため、いわゆるドル安(円高)が進むと、一方で原油高にもなりかねない。2月の消費者物価指数は総合で対前年比1%上昇したが、エネルギーと食料品をのぞくと、小幅ながらマイナスだ。「物価が上昇している最大の要因は原油高」ということだが、裏返せば国内需要の足腰は未だ弱く、原油、原材料価格の上昇が最終消費材の値上げにつながれば生活への影響も大きい。米国からの輸入品について円高還元セールも行われているが、それはごく一部のこと。たとえばユーロ高を考えればヨーロッパ旅行にはこの円高は何のメリットもない。
 むしろ日本の輸出企業の5割近くが決済通貨をドルとしているといい、南氏は円高による業績の悪化も懸念する。輸出に依存した日本の景気にとって、やはり「円高」は経済への影響の懸念材料になる、というのが見方だ。

(2008.04.24)