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食料自給率を向上させたイギリス(上)

北出俊昭 元明治大学教授

 農林水産省はイギリスが食料自給率を向上させた理由として、(1)消費面では食生活に大きな変化がなかったこと、(2)生産面では一人当たりの農地面積が大きく、EC加盟により農産物価格支持と国境措置による手厚い保護を受けたこと、の2点を強調している(注1)。確かにこのことも重要であるが、それだけではなく食料自給率向上に対する政府の強い政策的意志があったことを見逃すわけにはいかない。ここではイギリスの資料・文献をもとにその問題について検討したい。

1. 世界大戦の経験を活かした食料確保対策

 現在、イギリスの食料自給率はカロリーベースで70%(03年)(注2)であるが、第1次世界大戦直前の1914年では国内農業は食料の42%を供給するに過ぎなかった(注3)。このため、イギリスは第1次世界大戦時には国内農産物の生産増大による食料確保対策を講じたが、第2次世界大戦時でも穀物、ばれいしょなどの増産対策を強化した(注4)
 イギリスは第2次世界大戦終了直後の47年に農業法を制定したが、この法律は2つの大戦時の経験を活かし、国内で生産することが望ましい国民の食料と農産物を生産することなどを明記した。こうした政策により、農産物の生産量は増大し、52/53年は46/47年対比で、小麦17%、大麦19%、牛乳23%の増加を示したのである(注5)
 50年代に入ると、食料需給が緩和したため、ドイツやフランスでは価格政策主体の農業政策から農業構造改善政策が重視された。イギリスでも同様で、47年のあとの57年農業法では農業構造改善を重視した。このような状況においても注目すべきは、労働党政権下の65年9月に決定された選択的拡大計画(The Selective Expansion Program)である。
 この計画は、(1)70年までの食用食料の需要増加の大部分を、輸入を減らし国内生産増加により充足できるようにすること、(2)飼養頭数増加で必要とされる飼料穀物の増加相当分を国内生産増で供給すること、などを目的としていた(注6)。これにより、イギリスでは小麦、大麦などの穀物をはじめ畜産物が増加し、需要量が増加したにもかかわらず食料自給率が向上したのである。これは、第二次大戦後から続けられていた食料安定確保のための農業生産に対する高支持高生産政策(high support high production policy)が継続されていたことを示すものといわれた(注7)

2. 「自国の資源から」を重視した食料確保政策

 イギリスは73年にECに加盟するが、その際、これまで採用してきた不足払い制度を共通農業政策(以下「CAP」)に変更する問題があった。
 もともとイギリスが不足払い制度を導入したのは、自由主義経済を原則とし、農業者の収入を維持しながら世界貿易を行い、国民に安い食料を供給することを基調としていたからであるが(注8)、イギリスがECに加盟するということは、価格制度だけでなく農業政策の基本理念の変更も受け入れることを意味したので、一部には批判もあった。また、加盟による農産物価格上昇への国民の不安とともに、農産物市場が広域化すると農業生産と所得が維持できるのかという不安が、とくに園芸特産地帯や条件不利な丘陵地に強かった。
 こうした批判や不安に応えるため、イギリス政府が75年に決定したのが「食料はわが国の資源から」(Food from Our Own Resources)であった。これを基本に国内農業生産の増大を目指すことを明確にし、そこで示した政策を今後政府自らが継続的に実施すべき目標と優先事項のガイドラインとしたのである(注9)
 EC加盟後は、当然、イギリスもECの方針に基づき政策を実施するが、そのなかで、93年1月のEU発足に向け、91年11月、「わが国農業の将来」(Our Farming Future)を策定した。ここでは、統合市場により競争が一層激しくなり、農業者と食品産業はその挑戦を受けることになると予測し(注10)、付加価値の高い農業生産(有機生産など)、健康志向の強まりに対応した新鮮で、低価格の食料生産を目指し、生産の効率化、生産物の多様化と品質の高度化などを一層促進することを強調した(注11)
 EU発足に先立ち、92年5月、EC農相理事会は穀物の支持価格を3年間で29%引き下げること、価格保証は少なくとも耕地の15%を生産調整した農業者を対象とすることなどを内容としたCAP改革案について合意した。イギリス政府はこの合意内容を歓迎し、これに対応するため新耕地援助計画(New Arable Support Scheme)を策定し、93年収穫期だけという限定付きであるが、対象作物の作付面積を基準に農業者に直接支払いをする所得補償対策を講ずるとともに、将来に向けた共同販売組織の強化などマーケティング対策、安全で高品質な農産物生産、などの強化対策を示したのである。
 この過程での注目すべき特徴は、イギリスが直面している統合市場の発足による農産物・食料市場の変化とそれによる競争激化は、農業者の自助努力だけではとうてい対応できる性格ではないとしたことであろう。こうした認識に基づき、政府自らすでに決定している「わが国農業の将来」の具体化の一環として新たに「食料はイギリスから」(Food from Britain)を強調し、主要な農産物の生産振興対策を強めたのであった。(以下、次回

(注)

(1)「第4回国際食料問題研究会資料」(2007年4月)
(2)同上
(3)Jonathan Brown「Agriculture in England-A survey of farming 1870-1947」(Manchester University Press 1987)52ページ
(4)B.A.Holderness「British Agriculture since1943」(Manchester University Press 1985)174ページの16表
(5)「Annual Review and Fixing of Farm Prices 1953」この「Annual Review」はその後名称が何回か変更されるが、ここではすべて単に「Review」とする
(6)「Review」(1967年)
(7)Martin J.Smith「The Politics of Agricultural Support in Britain-The Development of the Agricultural Policy Community」(Dar touth 1990年)125ページ
(8)同上、151ページ
(9)「Review」(1967年)
(10)MAFF「News Release」(1992年6月)
(11)同上(1992年2月)

(2008.06.13)