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農薬行政の刷新がめざすものはなにか
国際的な調和と安全性の更なる確保というが

農水省は、農薬の毒性や残留性等に関する試験について、「OECDが国際調和を目指して、試験の実施や結果の評価に関するガイドラインなどの策定を進めて」いる。こうした「海外の動向を十分に把握するとともに、科学的な情報の収集・解析に基づき、リスクの程度を考慮するように農薬登録制度を改善することが必要である」と考えて、「その方向性を議論する」ために「農薬登録制度に関する懇談会」を昨年に設置した。

昨年12月5日の第1回懇談会以降、今年7月29日までに4回の懇談会を開催。さらに昨年11月29日と12月12日には「農薬製造事業者及び農薬関連団体との意見交換会」を開催するなど、農水省は積極的に「農薬行政の刷新」に向かって取り組んでいる。

この「農薬行政の刷新」が目指すものはなにかを懇談会の資料等から探ってみた。

◆今後検討される7つの課題

 懇談会ではどのようなテーマで「懇談」されているのだろうか。第3回懇談会で配布された「農薬行政の刷新計画工程表」によると、まず作物残留性試験へのGLPの導入薬効・薬害試験の実施要件の緩和があげられ、この2つはすでに今年4月から施行されている(GLP導入は3年の経過措置がある)。
 そしていま「懇談」の中心となっている話題はなにかというと1月の第3回懇談会配布資料の「20年度に議論する課題」でこう整理している。
1.農薬登録の際の作残試験(作物残留性試験)例数の取扱いについて
2.既登録農薬の作残試験例数の増加への適用に係る優先リスト及び検査基準の作成・提示について
3.加工調理試験のガイドラインの導入及び検査基準の見直しについて
4.家畜移行試験のガイドラインの導入・自給飼料作物の農薬登録に係る検査基準の見直し
5.発達神経毒性試験の要求について
6.農薬使用時安全に関するリスク分析の導入について
7.農薬制度の5年後見直しに係る検討について
 これが農薬行政「刷新」の具体的な内容ということになる。

◆安全性が担保されているのに試験例数を増やす

 懇談会に農薬工業会の技術委員長として参加している日本曹達(株)の服部光雄参与も国際的な調和の続伸食品の安全・安心の更なる確保をこの刷新のポイントとしてあげる。食品の安全・安心の更なる確保では、安全性試験要求項目の更なる増加とポジティブリスト制度の導入に加えて、1日当たり最大摂取量を評価する急性曝露評価手法の導入などがあげられている。
 例えば、第4回懇談会で話題とされた「作残試験」の「例数」は、いま日本では2例だがこれを8例に、というのが農水省の考えだ。なぜか。EUや米国など先進国ですべての作物農薬について2例という国はないから「国際調和」をはかるためには例数を増やしたいということのようだ。
 だが2例の試験例数であっても、国内農産物の残留基準違反はポジティブリスト制度施行後も1%以下と極めて低く「安全性」は十分に担保されている。
 服部氏は第4回懇談会でこの問題について「国際調和および統計的処理の視点であり、『安心』に係る問題である」とし、「食の安心の向上」と「国際的調和を図る」ために「妥当な範囲での例数増加は必要」との意見を述べた。

◆日本の状況を考慮し作物区分別試験例数を提案

 そのうえで、日本の食料自給率や農業事情、国土・栽培面積などを考慮して生産量を基準とした作物区分別の試験例数を提案した。
 それは、年間生産量300万トン以上の「超メジャー作物」(稲のみ)は6例、同30万トン〜300万トンの「メジャー作物」(バレイショ、ダイコン、キャベツ、タマネギ、ミカン、リンゴなど16作物)は4例、3万トン〜30万トンの「準メジャー作物」(ホウレンソウ、カキ、大豆、カボチャ、メロンなど33作物)は3例、3万トン未満の「マイナー作物」は2例というものだ。
 EUや米国などでも作物別に試験例数が決められており、「国際的な調和」がとれた提案だといえるのではないだろうか。
 この問題も含めて今後も懇談会では先にあげた「議論する課題」が検討され、順次施行されていくことになる。本紙ではそれぞれの課題について機会あるごとに取り上げていきたいと考えているが、これまでの経過をみて、いくつか気になることがある。

◆浮かび上がるいくつかの問題点

 まず第1は、農薬取締法は昭和23年施行以来何度も改定され今日の姿になっているわけだが、現在の農取法の何が問題なのかが具体的に示されていないことだ。諸外国との比較で違いは分かるが、それが国内における農業や食にとってどのように不都合なのかということは分からない。諸外国の経験に学び、よいところを取り入れることには原則的に賛成だが、それは日本の食や農業、農薬工業にプラスになるものでなければならないだろう。
 2つ目は服部氏も指摘していることだが、試験項目の増加などにより、採算性の取れない作物に対する農薬の開発が断念されるなど、農薬会社の開発戦略が制限され、農業生産に必要な防除資材が減少することだ。それは農産物の生産量(収量)の減少と品質の低下を招くことになり、農産物コストを上昇させ、自給率をさらに低下させる要因となる可能性があるということだ。
 服部氏は、EU各国で登録されていた全ての既存農薬が「最新の眼で再評価」された結果、「大部分は経済的な理由から、4分の3以上の農薬が市場から消えた」。その結果、南欧の農業国であるギリシャ、イタリア、フランス、スペインなどでは適切な病害虫防除ができなくなり困っているという。
 さらに、EUでは同一作物・病害虫対象では安全性が高い農薬のみを維持し、その他の農薬は排除する考え方の導入が検討されており、ヨーロッパ農薬工業会の試算ではさらに多くの農薬が市場から消え去ると推定している。
 「国際的な調和」をはかるために、EUと同様の考え方が日本に導入されると、日本の農業に適合する防除資材を提供してきた農薬会社が成り立たなくなるかもしれないということになり、それは日本の農業生産そのものを破壊する可能性があるということにもなる。今後の「刷新」の行方に、生産者も大きな関心を持ってもらいたいと思う。

(2008.09.24)