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日本国際フォーラム政策委員会・政策提言

「グローバル化の中での日本農業の総合戦略」を批判する
愛媛大学特命教授  村田 武

 本間正義東京大学大学院教授を主査とする日本国際フォーラムの農業問題調査特別委員会が既報(/news/news09/nous101s09012607.html)のように、基本計画の見直しをにらんで政策提言を行った。その狙いと日本農業への影響を村田武愛媛大学特命教授に分析してもらった。

日本農業の危機をさらに深刻化させる「輸出農業に展望を見出せ」論

グローバル化の中での日本農業の総合戦略

−提  言−
I .日本農業の基本的構想
   1.日本農業を成長産業として捉え、世界市場に進出せよ
   2.食料安定供給のため国内に21世紀型食料基地を構築せよ
   3.農地の利用は国土全体の利用計画の中に位置づけ効率的利用を図れ
   4.地域の活性化に農業を活用せよ
   5.コメの減反政策を抜本的に見直せ
   6.食料の安全保障は日常の安定供給と有事対策の両面に対応せよ
   7.世界に開かれた日本農業をめさせ

II .中長期的に推進すべき具体的施策
   8.食料基地は150万haを想定し、100ha規模の農業経営体1万を核とせよ
   9.食料基地は、農地利用を自由化した<CODE NUM=00A2>経済特区<CODE NUM=00A3>とせよ
  10.生産刺激的融資策を導入し、優秀な経営者には融資返済免除措置を設けよ
  11.農地と周辺環境のあり方を検討する土地利用計画を導入せよ
  12.コメ生産T200万トン体制に向けて減反廃止の工程表を作成せよ
  13.国民の経済的安全保障を担う省庁横断的組織を首相官邸に設置せよ
  14.日本の農業技術を世界の食料問題の解決に活用せよ

III .緊急に対策をとるべき施策
  15.農地移譲を条件に、撤退する農業者の早期離農を助成し農地集積を図れ
  16.農商工連携で農村に新たな雇用機会を創出せよ
  17.定年退職者の就農支援と多面的機能維持の納税・寄付制度の創設を
  18.若年層を中心とした農産物輸出の実務者育成を支援せよ
  19.コメ減反廃止を前提に生産数量割当の取引市場を創設せよ
  20.外国人農業労働者5万人を正規技術労働者として受け入れよ
  21.WTO農業交渉の決着に向けてリーダーシップを発揮せよ
(資料:「第31政策提言 『グルーバル化の中での日本農業の総合戦略』」(財)日本国際フォーラム)

「150万ha食料基地経済特区と
1万の100ha規模農業経営体」で日本農業を救えるか

「自給率向上は内向き」

愛媛大学特命教授  村田 武
 名うての新自由主義農業経済学者である本間正義東京大学大学院教授を主査とする財団法人日本国際フォーラム・農業問題タスクフォース(調査特別委員会)が、先月1月、「グローバル化の中での日本農業の総合戦略」という政策提言を発表した。財団法人日本国際フォーラム(今井敬会長)は知らなくても、1月26日の「日本経済新聞」「経済教室」欄の、本間主査自らの「世界経済危機下の日本の農政改革・『大規模特区』構築を軸に」でお知りになった方も少なくないだろう。
 この提言が、昨年秋の世界経済が金融危機・大不況に転落する以前の、すなわち新自由主義・構造改革政策の破綻が明らかになる前に発表されたものならば、これも新自由主義・規制緩和論者の大言壮語だと無視することもできよう。しかし、この提言は、この世界経済危機からわが国が脱出するには、外需依存経済構造を内需型経済に転換させる以外にないこと、農業については食料自給率を本格的に引き上げる方向への転換以外にないことが明らかになっているにもかかわらず、それに対するアンチテーゼとして、「日本農業のグローバル化」を主張している。日本農業の活躍の場を国際市場に求めることが21世紀型農業の実現の道であるというのである。自由競争の荒野に放り出すことが日本農業の展望を開く類の暴論が、日本国際フォーラム政策委員会の名で発表され、それが政府や国会での農政論議に影響を与えることは許しがたい。
 提言は、最近の食糧自給率向上の取り組みや国産食料へのシフトを「農産物貿易の縮小を指向した内向きな議論」だと批判したうえで、それを逆手にとって「農業への国際的関心の高まりは日本農業をグローバル化する好機」であり、「体質強化に取り組む絶好のチャンス」だとする。「農業への国際的関心」とは意味不明であるが、本提言の最大のポイントは、「グローバル化の中での日本農業の総合戦略」は「日本農業のグローバル化」だというところにある。

「日本農業のグローバル化」が
基本的構想

 提言は、I .日本農業の基本的構想と、II .中長期的に推進すべき具体的施策からなる第1部の提言と、第2部の論考からなる。提言は、冒頭の目次で列挙されているので、そのまま引用しておこう(左上)。
 さて、提言の出発点は、国際食料価格の変動で品目によっては内外価格差が縮小し、「今こそ日本農業が世界市場に進出し、成長産業に転じる絶好のチャンスだと捉えるべきだ」とするところにある。
 第2部の論考では、「日本農業は国際市場を相手に生産拡大と成長のチャンスを迎えている」として、その論証としてあげられるのが、(1)「国際食料価格の変動で内外価格差が見直され、コストダウンの努力次第で海外進出が可能な農産物が増えている、(2)「コメは高級品が世界の富裕な消費者に迎えられる一方、安価で収量の多い品種の需要も急速に拡大している、との認識である。さらにはバイオ燃料としての需要も見込まれる。日本農業が世界の食料危機を救い、バイオ燃料を通じた環境対策に貢献する道が開かれている。日本のコメ輸出による貿易拡大はコメの国際市場を安定化させる、といったことが臆面もなく語られる。なるほど、台湾や上海で売れている日本産野菜や果物はあろう。高級日本米も50トン、100トンは売れるであろう。だからといって、WTO自由貿易体制の限りなく低められていく国境措置のもとで、低廉外国産品によって価格破壊にさらされ、国内市場を奪われてきているのが日本農業の本質であることを偽ってはいけない。今日の日本農業の苦境からすれば、「輸出農業に展望を見出せ」論は非現実的であるだけでなく、日本農業の危機をさらに深刻化させる罪深い主張である(ゴシックでの強調は引用者による)。
 ちなみに提言は、その最後で、「WTO農業交渉の決着に向けてリーダーシップを発揮せよ」として、ドーハ・ラウンド「決裂直前の事務局長案の受諾」を要求している。ということは、関税の大幅引下げから除外したい「重要品目」の数が有税品目数の6%に留められ、「重要品目」の関税削減幅を一般品目の3分の1とした場合、代償として関税割当枠を国内消費量の4〜6%に相当する量、拡大しなければならない。つまりコメを重要品目にすると、現行の関税341円(1kg当たり)を一般品目(70%の削減率で102円になる)の3分の1の削減(23.3%)に留めて262円にする替わりに、関税割当枠は現在の76.7万トン(現在の国内全消費量935万トンの8.2%)プラス935万トン×最低4%=37.4万トン、したがってミニマムアクセス(MA)米は100万トンを大幅に超え114.1万トンになる。これまでと同じように、MAを「市場アクセスの提供」という国際基準ではなく、「国家貿易だから輸入義務だ」とするわが国の一方的かつ自虐的なMA全量輸入をすれば、いよいよ国内での米管理と米価維持はむずかしくなるだろう。提言は、ドーハ・ラウンドの妥協が生み出す焦眉の問題に目をつぶれというのであろうか。

「コメの減反政策の抜本的見直し」

 提言が第一に攻撃するのが、コメの生産調整である。生産調整によって優秀なコメ農家がその能力を発揮できず、「生産調整により人為的に高く米価が維持されるため、生産者は市場を通じて消費者の需要とニーズを適切に把握できない」ので、「コメの減反・生産調整を廃止し、コメ農家がのびのびと生産し、様々なコメビジネスを展開する環境を整えるべきである」とする。
 そこで提案されるのは、「コメ生産1200万トン体制に向けての減反廃止の工程表づくり」である。そこでは主食用米の消費量は減少の一途であるのに対して飼料用のコメ・稲の需要拡大、インディカ米の生産可能性の模索がいわれているところからすると、需要拡大や生産可能性のある飼料用米やインディカ米の増産のために減反部分を当てて1200万トン生産体制を実現せよということであろう。「工程表」など生ぬるいことをいう提言の泣きどころは、減反廃止を勇ましく要求するものの、飼料用米やインディカ米が生産費をカバーする価格を実現できることが1200万トン生産体制実現の条件であることを知っていながら、価格支持なり不足払いなりの政策を提案できないところにある。

「150万ha食料基地経済特区と
100ha規模農業経営体」

 「輸出農業に展望を見出せ」論が日本農業の危機をさらに深刻化させる罪深い主張であるというのは、それが世界市場に進出するための国内農業の体質強化の戦略として、構造不況業種の構造調整そっくりの政策を提案するからである。
 提言は、国内農業の体質強化戦略を全国的に展開することを放棄して、「農地の有効利用と農業投資を重点的に行なう地域を特定して、日本の食料基地を形成する」という。食料基地では、「大規模な農地の集積を行ない、高度な技術体系を導入し、低コスト高品質な生産システムを確立する。また、国際市場に迅速に対応するマーケティング機能を強化する。やがては輸出基地ともなる日本の食料基地を構築すべきである」という。おそらく食料基地を支える低賃金労働力であろう、「外国人農業労働者5万人の正規技術労働者としての受け入れ」も提案されている。
 食料基地は、中長期的には、現在の約460万haの農地の3分の1の150万haを指定してインフラ整備・環境対策を重点化し、100ha規模の農業経営体を1万程度育成するとする。食料基地は、経済特区として農地法などの農地規制の適用除外とする一方で、一定期間(たとえば30年)は農地転用を完全禁止するのだとのことである。
 460万ha―150万ha=310万haは構造調整の対象として日本農業からは排除されることになる。まさに我亡き後に洪水来たれということか。食料基地の指定は市町村またはその連合体の発意によるというが、提案者はそれが実現可能だと心底思っているのであろうか。未既地を開発特区として指定するのとはわけがちがうのである。
 提言は、100ha規模の農業経営体をつくるために、小規模農家の撤退を促し、「早期廃業の援助措置の導入」を求めている。まさに構造不況業種の構造調整である。そのようにしてまで生み出される100ha規模の農業経営体に対しては、提言は大型融資制度で生産刺激・規模拡大誘因政策と優秀な経営者へは融資の一部または全額融資返済免除措置を設けるとする。ただし、この政策はWTOの削減対象国内助成措置であるので、「期間限定の措置とする」と、用意周到である。提言者は、EUやアメリカの100haを優に突破する大規模経営であっても、激しい農産物価格変動のなかでコスト補てんの直接支払いに農業所得を依存していることを知っているから、このような融資返済免除をいうのであろうが、「優秀な経営者」がこの提言にミスリードされて農地集積・規模拡大を図るならば、早晩梯子を外される憂き目をみることになる。
 最後に今一度言いたい。空虚で見通しのない「農業グローバル化」論ではなく、苦境にある日本農業の現実を打破していく道は、輸入自由化を抑え、地域農業の活性化に苦闘する生産者に対するセーフティネットを張る以外にないことを農業経済学の一致点にすることであろう。

(2009.02.13)