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【農産物販売と小売業界】フロンティア・マネジメント(株)代表 松岡真宏氏に聞く  消費者のより近くへ 小売業はそれを実現するための手段

・財布のなかでのシェアが変化した
・単身世帯の増加で「もの」から「こと」へ
・新しい付加価値をつけシェアを奪う
・厳しい百貨店やGMSの経営
・低くなっている業態の垣根
・生活シーンやスタイルに合わせた提案を

 いま私たちを取り巻く環境は大きく変化してきている。とりわけ農産物や食品を販売する小売業の変化は大きいといえる。その変化を的確にとらえなければ、農協の販売戦略はたてられないといえる。とくに最近の景気の悪さもあって「消費は低迷」しているといわれることが多い。だが、長年にわたって日本の小売・流通業をみてきた松岡真宏氏は、消費構造の変化に小売業が対応しきれていないと指摘する。そこで、松岡氏に最近の小売業の問題点とそこでの農産物や食品販売の課題を聞いた。

◆財布のなかでのシェアが変化した

 ――松岡さんは、最近の小売業について、一般に言われているように「消費が低迷してから苦しくなっている」のではなく「消費構造の変化に対応していないからだ」と指摘されていますね。
 松岡 この20年くらいの日本の消費動向を総務省の「家計調査」でみると消費支出は落ちていません。つまり財布の中身は大きく変わっていませんが、その財布の中でシェアをみると、アパレル(衣料)に対してお金を使わなくなって、4割以上減っています。食品も1割くらい減っています。一方では、保健医療や通信費が伸びています(図1)。
 そして過去20年間所得はほとんど伸びていないので、新商品が出てくると、みんなが新商品を買うようになり、衣料のような必需品がしわ寄せを受けてきています。
 最近は「もの」から「こと」へといわれますが、「こと」つまり「サービス」の家計支出に占める割合が80年代は48%でしたがいまは55%くらいを占めています。その結果、百貨店や量販店など「もの」をメインにしている小売業が厳しくなってきています。

日本の家計消費の推移


◆単身世帯の増加で「もの」から「こと」へ

 ――そうした構造的は変化が起きてきた要因はなんですか。
 松岡
 日本の社会は大家族から核家族化することで、新しい世帯ができ家電商品などが売れましたが、95年ころを境に単身世帯が増えてきていますし、核家族自体も減りつつあるので、2020年には単身世帯が全世帯の17%を超えると予測されています(図2)。
 単身世帯では2人以上世帯に比べて「サービス支出」の割合が大きいので、「もの」への支出が下がります。
 ――高齢者の単身世帯も増えていますね。
 松岡
 現在の日本の単身世帯比率は、欧州に比べればまだ低いといえますから、それほど異常な事態ではありませんし、これからも単身世帯で暮らしていけるサービスが増えていくような気がします。
 ――その場合のサービスとは…
 松岡
 もともと家の中や、地域共同体で行われていたものがどんどんサービス業に移行しています。その典型がデイケアサービスや介護事業です。あるいは最近東京では、「かけっこ教室」や「逆上がり教室」などいままでは兄弟同士や地域で無償で教えられていたことが、「プロ」が出てきて有償化されているのが、いまの流れだといえます。

世帯数の推移


◆新しい付加価値をつけシェアを奪う

 ――そうしたなかで衣料品の消費がもっとも落ち込んできた…
 松岡
 衣料品への消費支出はこれ以上は落ち込まないと思います。そうすると、日用雑貨や加工食品のように、中国やタイなどでつくって持ってこられるものが、低価格競争の脅威にさらされる可能性が高いです。
 ――そうならないためには何が必要ですか。
 松岡
 例えば同じ家電商品でも、かつて花形だった液晶が低価格の波にさらされている一方で、スマートフォンに代表されるような新商品が喜んで買われています。それをまとめて「家電はだめだ」「食品はだめだ」というのは、乱暴な議論だといえます。
 ――食品の場合も他の商品と同じだということですね。
 松岡
 食品も昨年あるいは一昨年と同じものを出していけば当然値段は下がっていくと思います。商品そのものだけではなく、商品の付加価値も含めて、どうやって新しい付加価値を提供して財布のなかのシェアを取っていくかです。
 ――食品でも生鮮野菜ではすでに家庭用は5割を切っていて、確かに変化してきていますね。
 松岡
 野菜という素材そのものから、加工するなど付加価値をつけて売っていくという大きな流れの変化のなかで、どこまで生産者が踏み込んでいくのかで、ずいぶん違ってくると思います。
 そう考えてくると、よくいわれている「大規模農家にして低価格にすればいい」という話では、絶対に中国には負けます。だから、農家の規模が大きいとか小さいとかいうことが問題ではなくて、付加価値をつけることに取組めているかどうかだという気がします。


◆厳しい百貨店やGMSの経営

 松岡 いずれにしても、所得が増えないという制約のなかで、消費者が消費するものを変化させていて、それに対応できない小売業が厳しくなっています。
 百貨店の売場の月坪当たり売上げをみると、1965年が12万1000円でしたがそれが90年には56万円まで上がりましたが、いまは85年以来の7兆円割れになり、10年の坪当たり売上げは26万6000円と35年前(74年)のオイルショックの時の水準近辺まで低下しています。ここまで下がれば利益はでません。
 百貨店の場合は売場面積自体が減り始めていますから多少競争は緩やかになってきたともいえます。
 問題は量販店(GMS)で、売上げが横ばいですが、売場面積がまだ増えています。80年代は500万平方mくらいでしたが、現在は2500万平方mと30年間で5倍になっていますが、売上げは2000年ころからほとんど頭打ちで、月坪当たり売上げは90年代前半のピーク時の55%にまで低下していますから、いまは非常に厳しい状態だといえます。
 ――今後は…。
 松岡 
いまは金利が1%なので利益率2%のお店でも維持できていますが、80年代のように金利が5〜6%になったら非常に厳しくなります。
 そうしたなかで「地方スーパー(SM)は非常に伸びています。それからコンビニエンスストア(CVS)が東日本大震災以降、生活インフラということで脚光を浴びていますが、ドラッグストアの方が売り場面積は増えてきています。


◆低くなっている業態の垣根

 ――業態の垣根が低くなってきているという印象がありますが…
 松岡
 小売業のなかの境だけではなく、レストランでパック食品が売られていたり、ファーストフードから宅配するなど外食産業との境もなくなってきています。
 食品スーパーでは惣菜に力を入れ、中食のシェアをいかに取るかを考えていますから、従来の業態としての切り口よりも、それを超えてどういう商品を出して消費者の財布のシェアを奪うかという競争になってきているということです。「消費者により近い」ところが勝っています。
 ――もう少し具体的にいうと…
 松岡
 日本は単身世帯が増え、コンビニエンスストア(CVS)がSMに近くなっているように「日々買って食べる」生活スタイルが主流になってきています。
 ――そうしたなかで食品の位置づけは…。
 松岡
 GMSは食品の利益で経営を維持していますから、食品を中心に競争が激しくなっていくと思います。昨年と同じ一昨年と同じ商品を出しているとどんどん価格は安くならざるをえないでしょう。


◆生活シーンやスタイルに合わせた提案を

 ――食品は電化製品と違いそう大きく変わることは難しいと思いますが。
 松岡
 それでも昔に比べれば、食生活はずいぶん変わったと思います。素材売場をみてもパプリカやアボガドなど昔はなかった食材がたくさん並んでいたり、トマトの種類がたくさんあり、食生活は豊かになっています。
 トマトの場合、生食だけではなく加熱用があったりして「もの」だけではない付加価値、つまり食べ方や効能など人びとが興味あるものを総合的な情報として提供できれば、値段が下がるというプレッシャーから逃れられる可能性があるのではないでしょうか。
 ――その場合の情報というのは…
 松岡
 レシピや効能だけではなく、生活シーンや生活スタイルに合わせた提案です。トマトはトマトで変わらないけれど、その打ち出し方を毎年新しいものに変えていくことが大事だと思います。
 ――生産された農産物の質がよいから売れるはずという発想だけではだめ…。
 松岡
 農業もビジネスというか産業にすることが大事です。
 ――そのときに小売業の変化を的確につかまなくてはならない…。
 松岡
 小売業は売るための手段です。GMSにするかSMにするかは手段の選択にすぎませんから、消費者が求めるものをつくり消費者に届けることです。そのときに、生産者の思いを含めて、消費者にとってどういう価値があるかをきちんと届けることです。
 ――いま農協も「6次産業化」ということで付加価値をつけた販売に取り組み始めてはいます。
 松岡 
そのときに、こういう素材があるからとか余っているから何か売れるものをつくろうという発想ではなく、消費者が何を求めているかを知り、それに応えるためにはどういう素材を開発し、どういう付加価値をつけるかを考え、実行することだと思います。
 ――どれだけ「消費者の近く」に立てるかということですね。
 松岡
 その通りです。
 ――今日はありがとうございました。


【略歴】
フロンティア・マネジメント(株)代表 松岡真宏氏まつおか・まさひろ
東京大学経済学部卒業。(株)野村総合研究所、バークレイズ証券会社を経て、1997年にUBS証券会社に入社。99年に株式調査部長兼マネージングディレクターに就任。この間、流通業界を中心に証券アナリストとして活動。03年(株)産業再生機構に入社し、マネージングディレクターに就任。07年にフロンティア・マネジメント(株)を設立し、代表取締役に就任し現在にいたる。
主な著書に『小売業の最適戦略』(日本経済新聞社 98年)、『百貨店が復活する日』(日経BP社 00年)、『問屋と商社が復活する日』(日経BP社 01年)、『逆説の日本企業論』(ダイヤモンド社 03年)、『流通業の「常識」を疑え!』(日本経済新聞出版社 12年)がある。

(2012.04.12)