コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
赤松農政の課題

 新内閣が発足し、農水大臣は赤松広隆氏になった。鳩山総理がいうように、日本の政治は歴史的に転換することになった。農政もこれからは赤松農政といわれて、農政史の中で1つの画期をなすことだろう。
 赤松大臣はこれまで農政にあまり関わってこなかったようだが、それだけに新鮮な気持ちで、従来の農政にとらわれず根本から見直し、農業、農村の建て直しと、食糧自給率の向上に全力を投入してほしい。

 これまで長年続いた自民党農政で農業、農村は疲れ果ててきた。今度の総選挙で民主党が圧勝したのは、この辺で自民党は退場し、民主党に代わってほしい、という国民の切実な願いがあったからだろう。自民党の農政は、市場競争を煽り、強者が生き残ることがいいことだ、という原理に基づく農政だった。その結果、農業は衰退し、農村社会は分断され潤いをなくし、また、食糧の自給率は41%にまで下げてしまった。
 こうした中で、民主党は2年前の参議院選挙から、農業振興のための新しい所得補償制度の創設を公約し、農業、農村の復興と食糧自給率の向上を目指す政策を高く掲げた。これが農業者の心を捉え、それ以後、国政選挙で連勝した。
 赤松農政の課題は、この公約を誠実に実行することである。最大の課題は早急な所得補償制度の具体化である。この制度は、政府の生産計画に参加する販売農家を対象にして、市場価格と平均生産費との差額を補償する、という制度だが、ここには、いくつかの問題がある。

 まずはじめに、生産計画をどのように立てるか、という問題である。現在、米は生産計画があるが、主要な農産物の全てに生産計画をつくるとすれば、それは膨大な作業になる。その上、妥当な計画が出来上がるか、という懸念がある。
 次に、この制度の対象になる農家、つまり生産計画に参加する販売農家の数がどれ程になるか、という問題である。もしも大半の農家が対象にならなくなれば、大半の農家は期待が外れて落胆するし、自給率の向上はできなくなる。農業者や国民の赤松農政に対する期待は急速にしぼんでしまうだろう。
 次は補償額である。市場価格の確定には、それほど問題はないだろう。問題は平均生産費の算定である。ほとんどの農家の生産費をみると、労働や土地など多くは自給物の費目からなっていて、それを評価して積み上げるしかない。この評価が客観的でなければ税金のむだ遣いといわれてしまう。さらに、理論的にみれば、このばあい平均生産費ではなく、限界生産費であるべきだ、という問題もある。平均生産費の補償では半数の農家が赤字になってしまう。
 この制度は来年までの1年間をかけて設計するという。充分な検討を期待したい。

 所得補償制度に密接にかかわることだが、農産物の輸入自由化問題がある。民主党は自由化して農産物の価格が下がっても、所得を補償するからいいだろう、と考えているのではないか、という疑念がある。
 この点は今度の選挙中に自民党と激しく論争した点である。このとき民主党は公約の一部を改めたし、「米など重要な品目の関税を引き下げ・撤廃するとの考えを採るつもりはない」とした。赤松農政は、この公約を誠実に守らねばならないだろう。
 それと同時に、仮に自由化したばあい、どれほど価格が下がるのかを、充分に検討しておくことが重要と考える。これまで自民党は、自由化しても価格はそれほど下がらない、と考えていたように思われるからである。

 最後に言いたい。所得補償制度は農協を経ずに農家に直接補償することを強調している。これまで農協と民主党との関係は、それほど親密なものではなかった。それは太田原高昭教授が指摘するように、1党支配の国では協同組合は、どうしても政権党と緊密な関係を持たざるをえない。組合員の生活を守るためである。そのぶん野党とは疎遠になる。
 こうしたことを理解して、赤松農政は農協との関係を重視してほしいものである。農協はいまでも農村では頼りがいのある拠り所なのである。

 

(前回 民主党は農政の初心を忘れるな

(2009.09.17)