コラム

「正義派の農政論」

一覧に戻る

【森島 賢】
大規模農家だけの減反選択制への転換

 先週、農水省は来年度予算の概算要求をした。これからの民主党農政が予算を裏づけた姿で、その輪郭を現した。目玉は戸別所得補償制度だ。来年は米だけを対象にして試行するという。
 この制度は2つに分かれる。1つは主食用の米に対する所得補償制度で、減反に参加した販売農家だけに補償する。減反は選択制になるといってよい。
 もう1つは、民主党が食料安全保障の観点で国家戦略にしている食糧自給率の向上のために、米粉米、飼料米、麦、大豆などの転作作物に対して助成する制度だ。減反に参加しなくても販売農家なら助成する。
 2つの制度はともに対象を販売農家に限定する。つまり、30a未満の小規模な農家は補償や助成の対象にしない。

 やや詳しくみてみよう。はじめに米の所得補償制度だ。この制度は販売価格が生産費より安いばあい、その差額を補償するものだ。10aあたり1万円、つまり1俵あたり1100円は必ず支払い、それでも販売価格の方が安ければ、その差額を追加して支払うというものだ。販売価格と生産費は過去数年間の平均で、全国一律で算定する。だから生産費を少なくするように努力した農家は、努力した分だけ所得が多くなる。
 ここで生産費の算定が問題になる。生産費は経営費に家族労働費の8割を加えるというのだが、それでは自作地地代見積り額などが入らない。また、なぜ8割なのか。さらに、どの経営規模階層の生産費にするのか。これらを慎重に検討すべきだろう。
 補償の対象は販売農家だけだ。括弧書きで集落営農を含むと書いているが、無条件で対象にするのだろうか。集落営農には規約を作っているだけの組織から、営農を一括して運営している組織までいろいろある。条件しだいでは骨抜きになる。
 対象にする水田は132haだという(日本農業新聞17日)。そうだとすれば、水稲の全作付面積は162haだから、その81%にすぎない。残りの19%の水田で米を作っている農家は補償されない。民主党は全ての農家に補償するといってきたが、断念したのだろうか。

 つぎに、転作の助成制度をみよう。助成の対象農家は減反に参加していなくてもよい。この点は評価できる。しかし販売農家に限定する。つまり全ての農家が対象になるわけではない。
 助成金の単価にも問題がある。米粉米や飼料米などへの転作助成は10aあたり8万円だが、小麦などへの転作助成は10aあたり3.5万円である。食糧の自給率を高めるには、小麦を増産するのは、米を増産して輸入小麦に代えるよりも効率がよくない、と考えたのだろう。
 だが、それほどの差があるだろうか。米の反収は530kgで小麦は406kgだ。助成単価ほどの差はない。自給率向上に貢献する程度に応じて助成するには、小麦への助成をもっと引き上げねばならない。そうすれば民主党の国家戦略である自給率の向上に添った制度になる。ばらまきという批判は避けられる。米と小麦とでは流通・価格制度が違う、というのだろうが、ここのところは分かりやすい透明な説明が必要だろう。

 2つの制度は、ともに対象を販売農家に限定するが、これは大きな問題点だ。民主党は当初、小規模農家を含む全ての農家を対象に考えていたのではなかったか。だから多くの国民の支持を得て、参院選と衆院選で大勝したのだ。この初志は捨てたのだろうか。ここは民主党の農政哲学が厳しく問われるところである。
 販売農家の定義を変えればよい、とする意見もあるが、「販売農家」は、その当否はともかく、世界農林業センサスで定義された言葉だ。官庁の公式文書だから1つの言葉で2つの定義があってはならない。定義を変えるなら言葉も変えねばなるまい。
 もう1つの問題は、この制度は減反がこれからも続くことを大前提にしていることだ。減反廃止は民主党の重要な政策だった筈だ。だが、そこへの展望が見えない。

                               ◇


 そもそも、この減反選択制は減反を農家1戸ごとの個々の自己責任で選択させる制度だ。だから、選択した結果、あるいは選択しなかった結果に対する責任を全て選択した個々の農家に負わせるものだ。これでよいのか。「自己責任」は民主党が最も嫌っている言葉ではなかったか。それは、強者が弱者をいじめるときの決まり文句だ。
 これは農家を1戸ごとに孤立させ、無益な競争を強いて互いに反目させる方向ではないか。それは互いに思いやる、やさしい協同の精神に逆行する方向ではないか。民主党の友愛精神に逆行する方向ではないか。
 農家に責任を負わせるから政治の責任はなくなるようにみえるが、そうではない。そのような制度を実施する政治に根本的な責任がある。
 このままでは、農家は減反農家と非減反農家との間で、また大規模な販売農家と小規模な非販売農家との間で利害が対立してしまう。こうした分裂を農村社会は受け入れるだろうか。民主党が目指す友愛社会はそうした社会なのか。
 最後にもう1つ。このように制度を整備したから、輸入自由化を受け入れてもよい、と民主党は考えているのではないか。そうした懸念は拭いきれない。


(前回 米粉100万トン・・・農政の大転換が始まる

(「正義派の農政論」に対するご意見・ご感想をお寄せください。コチラのお問い合わせフォームより、お願いいたします。)

(2009.10.19)