コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
棚上げ備蓄で米価が上がる

 先月、農水大臣が国会で、170万トンの棚上げ備蓄を明言した。「現時点で」と断った上ではあるが、それが適当だと言った。
 棚上げ方式に変えることは高く評価できる。だが、選挙公約の300万トンから大幅に縮小することは評価できない。
 棚上げ方式になれば、備蓄米は市場から隔離されるし、しかも、300万トンといえば、1年間の需要量の824万トンと比べて少ない量ではない。市場の空気は一気に変わって、品不足になり、売り手市場になって、これまでの買い叩きへの嘆きは悪夢のように消える。そして、米価は農業者の言い値通りになって、元に回復する。
 そうなれば、安心して米作りに励めるから、大勢の若者たちが農業を始めだすし、耕作放棄地は解消するだろう。いままでのような、ちまちました対策は要らなくなる。
 だが、300万トンではなく、170万トンになっても、こうした期待を持てるだろうか。

 棚上げ備蓄とは、よほどの米不足にならない限り、備蓄米は主食用としては売らないという方式である。何年か備蓄した後は、米粉や飼料米など主食用以外の米として売るのである。この方式こそが、備蓄の本来の方式だろう。
 いままでは、いわゆる回転方式で、売れる米から順番に主食用などで売っていた。これは備蓄ではなく、単なる在庫というべきものだった。だから、備蓄量、つまり実際には在庫量、が多くなると在庫圧力で米価が下がった。これからは、そうならなくなる筈である。
 このことは、大いに高く評価できる。だが、手放しで喜んでよいか。

 農水大臣は170万トンといっている()が、現在はどうなっているか。農水省の資料によると、政府はいま、国産米で84万トン、輸入米で95万トンの在庫米を持っている。合計すると179万トンである。だから現在よりも、減らすことになる。いままでの回転方式なら、市場への供給量が増えて、米価はさらに下がってしまう。だが、棚上げ方式に変えるから、米価は下がらない、というのだろう。
 ここで期待したいのは、棚上げ方式による備蓄米の放出基準を明確にし、透明にすることである。通常は主食用として売らないことは、もちろんだが、そもそも備蓄は米が極端に不足したばあいに、主食用として売るためのものである。ここを、うやむやにしておくと、また以前のように、回転方式に戻ってしまい、米価下落の原因になり、農業者の不信を深めてしまう。
 市場は、この大臣の発言に対して、反応をみせなかった。市場が大臣を信頼していないからだろう。明確な基準作りは米価回復のためだけでなく、政治の信頼回復のためにも重要である。

 その基準作りは、たとえば、米不足で米価が2倍になるまで備蓄米は放出しない、というように透明な、市場で分かりやすい基準を作ることである。そして、政治への信頼を回復するには、この基準を愚直に実行することである。
 そうすると、また以前のように大量の政府米を抱え込む、という批判が出るだろう。これに対しては、たとえば、古々々米になって備蓄の役割が終われば、主食用などで使われないように全部を粉砕して、米粉や飼料として安く売り、新米で補充する、という明確な基準を作ることである。そうすれば、輸入小麦や輸入飼料を減らすことができ、わが国の食糧自給率を向上できる。
 さっそく、この基準を適用し、いまある古々々米より古い米の44万トンを粉砕して、新米と入れ替えることである。そうすれば、新米が不足して、すぐに米価は上がる。
 大量粉砕の場面を公開して、政権が交替し、農政が大転換したことを印象づけるのもいいだろう。

 それと共に大事なことだが、選挙公約の300万トンの棚上げ備蓄構想はどうなったのだろうか。300万トンを3年間で古い順に更新すれば、毎年100万トンの新しい新米の需要が生まれる。そうなれば、市場は急速に逼迫し米価は暴騰するだろう。
 米価の暴騰は好ましくない、というのなら、戸別所得補償制度の変動部分の補償金が要らなくなる水準で米価の上昇を止めるのも1つの方法だろう。それには減反を緩和するしかない。
 そうすれば、変動部分の補償のために準備した予算は要らなくなる。要らなくなった予算は、古々々米になった備蓄米を、米粉や飼料米で安く売るときの差額の穴埋めに使える。その方が上策だろう。
 今すぐでなくても、せめて、4年後にそれを目指す、と明言すれば、米価の下落が抑えられる。そうすれば、農業者だけでなく、食糧安保を願う多くの国民からの、力強い支持が得られるだろう。

ココをクリックすると2月9日の衆議院予算委員会の録画動画が出ます。急に大きな音がでますが、始まってから15分後に、この発言があります。


(前回 米の国際競争力―読者の論評への答え(1)

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(2010.03.01)