コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
低米価政策の行きつく先は1俵3500円

 全国各地の農協では、今年の米の概算金を、軒並み大幅に下げていて、現場は大混乱である。農協は、いまの米価の下落に強い危機感を持っていて、先行き不透明だから、概算金を下げざるをえないのである。
 こうした事態をみて、野党は政府に対し、余剰米を買い取って米価を回復せよ、と要求している。しかし、政府は静観を決め込んでいる。何故か。政府はFTAを経済成長戦略の柱に据えていて、農業が、その推進のための障害にならないように、と考えているからである。静観の根は深い。
 FTAを締結すれば米の関税が下がる。そうなると輸入米の価格が下がるから、国産米の価格も下がる。しかし米価が下がっても、戸別所得補償制度で生産コストを補償するから、いいだろうという訳だ。だから米価の下落を静観しているのである。
 政府は農業者に対して、これからは米価は下がるのだ、ということを納得してほしいのだろう。この政策の行きつく先は、どうなるか。

 理屈だけ聞いていると、このやり方も1つの政策だ、所得が補償されるならいいではないか、と思うかもしれない。しかし、この理屈に具体的な数字を当てはめると、事態は一変する。
 FTAの締結で米価が下がっても、生産コストを補償する、というのだが、米価はどこまで下がるか。それに対して生産費はどれ程か。
 輸入を自由化するのだから、国産米の価格は輸入米の価格まで下がることを想定しなければならない。それは以前、この欄で書いたように3500円(以下、すべて玄米60kg当たり)である。
 一方、生産費は農水省の最近の資料では1万6497円である。

◇   ◇

 ここで、すこしわき道にそれるが、戸別所得補償制度は生産コストを補償するというのだから、生産費と価格との差額を交付するのかと考えるが、そうではない。だいたい、コストなどと片仮名を使うときは、眉に唾をつけた方がよい。
 戸別所得補償制度でいう生産コストは、生産費ではなく、経営費に労働費の8割を加えた額である。この額を農水省の資料でみると1万3703円である。一方、価格は1万1978円である。
 つまり、生産費の満額を補償するのではなく、この差額の1725円(1万3703円?1万1978円)を補償するに過ぎない。残りの2794円(1万6497円―1万3703円)は、農業者に負担を強いる金額になる。図で示した通りである。そのうちの一部は、変動部分として交付金に加算されるが、当初はそうではない。
 農業者に犠牲を強いる点は、見逃せない重大な問題だが、ここでは指摘するだけで、次へ進もう。

◇   ◇

 価格が3500円になったら、どうなるか。政府の交付額は1万203円(1万3703円―3500円)になる。
 財界やマスコミは、交付額の多さが問題だというだろう。1万203円という多額の交付をして、3500円の価値しかない米を生産するとはなにごとか、税金のむだ使いだ、止めてしまえ、という激しい批判を浴びせるだろう。
 だが、3500円という市場価格は正当な価値ではない。市場では評価できない多面的な価値が米にはある。だから、正当な価値を市場の外部で政治が評価し、その分を政府が補償するのは当然の正義である。
 食糧安保を、国家の存立にかかわる最重要な政治課題とする欧米では、国民の支持のもとで、この当然な政策を実際に実施している。
 だが、食糧安保を重視しない日本の財界やマスコミは、激しい批判をやめないだろう。こうした批判に曝されて、農業者は生産意欲を失うだろう。その結果、食糧安保は危機に瀕するだろう。

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 ではどうすれば良いか。それには、市場価格の不当な下落を放置するのではなく、正当な価値に近づけるように、市場の外から政治が介入するしかない。
 具体的な政策としては、政治が需要を増やすことである。備蓄のための需要を増やすのでもよい。米粉や飼料の需要を増やすのでもよい。そうすれば市場価格は正当な価値に近づけられる。
 当面の間、近づききれないのであれば、その部分をしばらくの間、戸別所得補償制度で補償すればよい。
 そして、何よりもだいじなことは、市場米価をさらに下げるようなFTAの締結を避けるように、智恵をしぼることである。

市場価格と補償金額の現状と目標

(前回 米価対策が国会論争の見どころ
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(2010.10.04)