コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
コメの先物でマネーゲームか

 農水相は、今週中にコメの先物取引を認可する意向のようだ。たった1回、与党との協議を行っただけで、こうした重要なことを決めようとしている。
 内部の議論をほとんどしないままで、唐突に重要なことを決めようとするのは、首相をはじめ、いまの内閣の困ったお家芸なのだろうか。しかもいまの政府は、もはや死に体になっている。その上、農水相は次の首相の有力候補だという。
 食糧法を持ち出すまでもなく、米価を安定させることは、政府の責任である。それなのに、政府は、この責任を放棄しようとしている。
 政府は、米価が不安定になっても戸別所得補償制度で農家の所得を安定させるからいい、と考えているようだ。だが、食糧法はそうなっていない。第1条には法の目的として、「主要食糧の需給及び価格の安定を図り、もって国民生活と国民経済の安定に資する・・・」と書いてある。米価の安定こそが農家経済にとっても、国民生活にとっても重要だと考えるからだろう。
 それなのに、政府はコメの先物市場を認可し、米価を乱高下させて、投機マネーのマネーゲームの場にしようとしている。

 コメの流通の過半を占めている農協は、先月に反対声明を出している。また、自民党は、さっそく農水相に反対を申し入れた
 農水相も四面楚歌と感じているようで、「認可をしないというようなことの考え方に立つということは、なかなか、難しいことではないかなあ・・・」などという歯切れの悪い発言にみられるように、それほど積極的とは考えられない。
 しかし、事は重大である。

 もしも、仮にコメの先物取引を認可すると、米価はどれほど乱高下するだろうか。
 第1図は、世界の中で最も大きな穀物の先物市場であるシカゴ市場で、コメの先物価格がどの程度に乱高下するかを示したものである。棒グラフの上端がその月の高値で、下端が安値である。
 また、第2図は、日本の中で最も大きな穀物の先物市場である東京市場で、トウモロコシの先物価格の乱高下の様子を示した。2つとも最近の約3年半を示してある。

コメの先物価格、シカゴ相場08年1月から11年5月

トウモロコシの先物価格、08年1月から11年5月

 2つとも、1年の間に価格が2倍になったり、半分になったりすることがある。1.5倍になったり、3割下がったりすることは、めずらしくない。
 コメの先物取引が認可されれば、米価もこのように乱高下することを予想しなければならないだろう。いまの米価は、約1万4000円だから、2万8000円になったり、7000円になったりすることを覚悟しなければならない。

 これは、いわゆるゼロサムゲームだから、誰かがトクをすれば、その分だけ誰かがソンをする。もっと正確にいえば、取引の仲介業者だけは確実にトクをする。だからゼロサムゲームではなく、取引者全体のソンは取引者全体のトクより仲介業者のトクの分だけ多くなる。
 その上、コメはいうまでもなく日本の主食である。取引金額はトウモロコシなどよりも莫大な金額になるだろう。だから、仲介業者は手ぐすねを引いて待っている。

 いま、投機マネーは世界中で行き場を失っている。日本にコメの先物市場ができれば、そうしたマネーが大量に集まってくるだろう。
 先物市場ができれば、農業者はそこでリスクを回避できる、と推進派はいうが、それほど甘いものではない。相手は世界の先物市場で百戦錬磨の相場師である。農業者はひとたまりもなく大損をするだろう。「先物買いの銭失い」になるだろう。

 先物価格は、いうまでもなく現物価格に連動する。もしも連動しなくて価格差ができれば、相場師はそこでひと儲けができる。いわゆるサヤトリである。先物価格と現物価格が同じになるまで、サヤトリができ、儲けができる。そして、結局、同じになる。
 農業者が先物取引に参加しなくても、現物価格が変動することで、直接に影響を受け、実際の米価も乱高下することになる。

 米価の乱高下は、食糧法の主旨に違反するだけでなく、戸別所得補償制度に直接影響するだろう。
この補償制度には固定部分と変動部分があるが、固定部分は、いわゆる生産費用と米価の中期的にみた差額を補償するものである。変動部分は短期的にみて、それでは足りない部分を補償する。
 だから、米価が下がる過程では、変動部分が多くなる。しかも、この1年間の実績をみると、補償分は米価の下落で埋められた。つまり、米価は実際に下がったのである。

 やがて、多くなった変動部分は無くしてしまえ、という乱暴な主張がでてくるだろう。変動部分は先物市場でヘッジ(損失の回避)せよ、と主張するだろう。市場原理主義者は、自己責任だ、という得意な常套句を使って脅すに違いない。
 そうなれば、生産費を補償するという点で高く評価された戸別所得補償制度は根元から崩壊する。そして、農業者は先物市場に翻弄される。
 こんなことを検討する暇があるなら、震災と原発事故と風評被害に苦悩する農業者に対して、一刻も早く政治が手を差し伸べるべきだろう。


(前回 原発の風評被害が続いている

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(2011.06.27)