コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
野田新内閣の3つの農政課題

 野田佳彦氏が新しい首相になって、新しい内閣が発足した。内閣には、経産相をはじめ、農政通といわれ、農村の状況や農政に精通している人が大勢入った。農水相は鹿野道彦氏が再任された。
 再任された農水相は、前の在任中に、コメの先物取引を認可した、という汚点を歴史に刻み、将来に混乱の火種を残した。だが、TPPに対しては慎重な姿勢を貫くなど、高い評価も得ていた。
 しかし、そうした一部の高い評価に安住するのではなく、政治を目指した若いころの高邁な精神に立ち返り、新鮮な感覚を取り戻し、新政府の先頭に立って農政を指揮し、果断に推進することを期待したい。課題は山積している。
 第1の農政課題は、当面する緊急課題で、東日本大震災からの復興と、それに続く原発事故による直接被害と風評被害への対策の機敏な実行である。
 根本的な農政課題は、食糧安保のための食糧自給率の向上に集約できる。この農政目的を、これまで通りに堅持できるかどうかが、新内閣の農政評価の分かれ目になる。
 具体的には、この農政目的にしたがって戸別所得補償制度をどのように充実させるか、という問題が第2の農政課題である。
 第3の農政課題は、TPPに加盟するかどうか、という課題である。TPP加盟と食糧安保が両立するかどうか、という問題である。

 国会は、参議院で少数与党という、ねじれ状態にある。だから、農政を進めるにも、与野党の間で協議したうえで実施することになる。この状態が、これからも続くだろう。この状態は与野党で議論を尽くすという点で、よい機会でもある。
 最大野党の自民党は、農村に堅い支持組織をもっている。それゆえ、農村の実態に明るい。与党はそうした野党の政策を、虚心に聞かねばならない。そうすれば、農政を互いに練り上げることができる。

 第1の課題からみてみよう。震災と原発事故の発生から、あと数日で半年が過ぎようとしている。だが、対策は遅々として進んでいない。
 これから1か月半かけて、復興予算の政府原案を作るのだという。予算が決まるまでには、2か月以上かかるだろう。政治は暢気なものだ。政争に明け暮れて、現地の窮状を全くみていない。腹立たしく思うのは、筆者だけだろうか。

 復興政策について、与野党の間でそれほど大きな違いはない。しかし、実行の迅速さには大きな違いが予想できる。それは、与党には現場の声が届きにくく、したがって、現場に受け入れられるかどうか、自信がないからだろう。
 だから、与野党の間で充分な協議をし、与野党で予算の大枠を決め、それを執行する組織を与野党で作ったらどうか。与野党のなかで最も実力がある人を最高責任者に選び、そこに、権限と責任を持ってもらい、予算の細目はそこで決め、協議の結果を直ちに実行する体制を作ったらどうか。
 このような体制が成功すれば、農政以外の他の分野での与野党協議の参考になる。ねじれ国会が今後も長く続くと予想されるなかで、政策運営の模範にもなる。

 第2の課題である戸別所得補償制度の評価は、与野党の間で大きな違いがある。野党は4Kという、ばらまき政策の1つとして、槍玉にあげている。
 新首相が就任早々に、順守するといった民主、自民、公明の3党合意では「農業戸別所得補償・・・については、政策効果の検証を基に、必要な見直しを検討する」ことになっている。
 この検討の過程で、野党はどのような主張をし、与党がどのような妥協をするのだろうか。

 この政策は2年前の政権交替のときの、与党の目玉政策だった。それまでの前政権の選別政策を否定し、食糧自給の向上に貢献する全ての農家を対象にした政策だった。
 野党はそれを否定して、以前の選別政策に戻ることを主張するのだろうか。そして、与党は政権交替のときの目玉政策を棄てる、という妥協をするのだろうか。
 いずれにしても、この論争は、国民の前に開かれたものにしなければならない。国民は、それを次の選挙で重要な参考にするだろう。そしてまた、この論争は、主要な3党の間だけで行われるのでなく、国会の場で少数政党を含めた全ての政党の間で行わねばならない。

 第3の課題は、TPPへの加盟問題である。この問題は与党の内部でも意見が2つに分かれている。そうしたなかで首相は就任早々に「早期に結論を得る」という発言をした。
 それに加えて、新しく与党の政調会長になった前原誠司氏は、以前に1.5%発言、つまり農業を犠牲にしてTPPに参加すべきだ、という趣旨の悪名高い発言をした人である。

 まさか、とは思うが、早ければ11月12、13日のAPECの首脳会議で、参加を決めるのかもしれない。また、9月下旬の、つまり、再来週の日米首脳会談で、参加を約束してしまうかも知れない。
 しかし、野党の中だけでなく、与党の中にも根強い反対がある。さらに、内閣の中にも慎重派の閣僚がいる。例えば、山岡賢次食品安全担当相、自見庄三郎金融担当相、鉢呂吉雄経産相、一川保夫防衛相、平野達男復興担当相などは慎重派のようだ。
 こうした状況の中で、早急に結論を出すとすれば、参加の見送りしかない。もしも拙速に参加を決めようとすれば、新内閣は、発足早々に閣内不一致の醜態を曝け出すことになる。多くの国民は、新内閣の最初の政策決定の試金石として、重大な関心を持って見守っている。

 

(前回 肉牛の出荷再開、だが風評被害が心配

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(2011.09.05)