コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
TPP問題で思考を停止した朝日新聞

 先週26日の朝日新聞に、「関税ゼロだとコメの価格は?」という記事が載った。これは解説記事で、何かを主張した記事ではない。それだけに客観的な事実に基づき、また深い洞察力に貫ぬかれた記事であることが期待された。
 この設問の答えが、今後のTPP参加を検討するときに、極めて重大な影響を持っている。この点で、まことに時宜をえた主題といっていい。
 いうまでもなく、TPPは全ての関税をゼロにすることを大原則にしている。コメも関税をゼロにすることが、TPPの大原則である。
 この設問に対する答えは2つある。1つの答えは、「コメの価格は大幅に下がる」、という答えである。このばあい、それでも日本はTPPに参加するのかどうか、という判断の重大な材料になる。また、かりに参加するとしても、コメをTPPの大原則から除外して、コメの関税を維持できるかどうか、が決定的に重要になる。
 もう1つの答えは、「コメの価格は、それほど下がらない」という答えである。このばあいは、TPPの大原則どおりに、コメの関税をゼロにしてもいいことになる。そのかわりに、コメの関税をゼロにするまでの猶予期間として、充分な年数をとり、その間にコストを下げて、輸入米との競争に勝てるようにすればいい、という考えが成り立つかもしれない。また、その間は、戸別所得補償制度で補償すればいい、という考えが成り立つかもしれない。
 このような重大な設問なだけに、答えをだすまでの誤りを、見過ごすことはできない。以下で検討しよう。ここには、朝日新聞の思考の浅さや、知性の劣化ともいうべきものが垣間見られる。

 はじめに、この記事の結論を紹介しておこう。それは、「関税がなくなれば国産米の3分の2ぐらいの価格で外国産が入る」というのが結論である。前の分類でいえば、それほど下がらない、という結論である。だから、充分な対策を行えば、農業とTPPは両立できる、といいたいのだろう。
 TPP参加を主張する朝日新聞にとって、都合のいい結論だが、ここで思考を中断してはならない。これは、一部の専門家といわれる人の推論を、そのまま引き写したもののようだが、この推論には多くの誤りがある。
 この記事は、客観的な解説を装いながら、誤った推論で身勝手な主張をしている、ともいえる。

 わかり易い誤りから指摘しよう。ここで国産米は1kg当たり251円としている。これに対してMA米は1kg当たり167-170円だという。これを割り算すると0.67程度になる。だから3分の2ぐらい、というのだろう。
 だが、国産米の価格は、玄米1kg当たりの価格である。それに対して、MA米は大部分が精米で輸入されていて、価格も精米1kg当たりの価格である。つまり、単位が違うものどうしで割り算したことになる。これは、初歩的な誤りである。
 同じような誤りが、いわゆる専門家の主張の中で、随所にみられ、それがまかり通っている。そして、こうした粗雑な議論を、思考を停止した朝日新聞などは指摘できないで、見逃している。

 次は、重大な誤りである。170円程度で外国産の米が輸入される、というが、これは甘い、というよりも、根拠にした数字の解釈に誤りがある。
 この根拠は、MA米が170円程度だから、という。この点を考えよう。これはMA米の中のSBS米の価格である。
 SBSとは、日本人好みの米が、国際市場でどの程度の価格で買えるか、それを見るために作った制度である。だからSBS米の輸入価格が、日本人好みの米の国際市場価格だ、というのである。
 しかし、これは、建前だけで、実態を見ようとしない、あるいは、実態を見てしまうと都合が悪いから顔をそむける、という劣化した知性による机上の空論である。この価格は実際の市場価格から、かけ離れている。

 中国からのSBS米の実態を、やや詳しくみよう。先月末に発表された資料では、中国米の輸入価格は、精米1kg当たり169円だった。玄米1kg当たりに換算すると152円になる。一方、先週末の中国国内の市場をみると、浙江省の日本人好みの米は、精米1kg当たり4.26元 、つまり52円という安さだった。玄米1kg当たりでは47円になる。
 中国の国内市場で47円の安いコメが、日本で輸入すると、なぜ152円に跳ね上がるのか。朝日新聞は、このカラクリを見ようとしない。農水省のいうことを鵜呑みにして、そのまま記事にしている。また、専門家といわれる人のいうことを無批判に受け入れている。そうして思考をいっさい止めている。
 朝日新聞のような報道機関の社会的な役割りは、こうしたカラクリを、透徹した鋭い洞察力で、白日の下に曝け出すことではないのか。

 中国から日本までの正常な流通経費は、1kg当たり5円程度だろう。だから、競争が激しくなれば、輸入価格は50円程度になるだろう。
 つまり、日本がTPPに加盟して、コメの関税をゼロにすると、日本人好みのコメが、中国から玄米1kgあたり50円程度で輸入できることになる。
 この結論は、「コメの価格は、それほど下がらない」という、この解説記事の答えとは、全く違ったものである。「関税がなくなれば国産米の3分の2ぐらいの価格で外国産が入る」という、この記事の結論は覆って、「関税がなくなれば、日本の米価は5分の1にまで下がる」という結論になる。
 それでも朝日新聞はこの点に目をつむって、TPP参加をあくまでも主張するのだろうか。

 100年後はいざ知らず、10年や20年でコストを5分の1に下げることはできない。
 また、戸別所得補償制度の補償金額は、膨大なものになる。かりに、財源があったとしても、農業者にとって、収入の5分の1がコメ代金で、残りの5分の4が、政府からの補助金、という制度がいい、とは筆者は思わない。
 朝日新聞も、このように考えるなら、農業とTPPは両立できる、という考えと、だからTPPに参加せよ、という主張を取り下げるしかないだろう。


(前回 ソウル騒乱―韓米FTAで

(前々回 筒井副大臣の米粉300万トン宣言


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(2011.11.28)