コラム

「正義派の農政論」

一覧に戻る

【森島 賢】
TPPは中国包囲網

 明日から、いよいよアメリカとの間でTPP参加の事前協議が始まる。
 TPPの狙いは、中国をアジア太平洋地域の中で、さらに世界の中で孤立させることである。それをアメリカが主導している。アメリカは、中国をアメリカ化したいのである。
 かつて、日本はABCD包囲網に囲まれて、世界の中で孤立させられた。当時、アメリカ(A)と英国(B)と中国(C)とオランダ(D)が共同して、日本を包囲し、日本のアジア侵略を食い止ようとした。日本は孤立に耐えかねて、あの悲惨な戦争に踏み切った。そして、敗戦後アメリカ化された。
 TPPには「価値観を共にする」国々が加盟しているし、加盟させようとしている。日本もその有力な候補の1つである。そうして「価値観が違う」中国を孤立させ、アメリカと同じ価値観に変えさせようとしている。日本が、このような狙いを持つTPPに加盟することは、中国と敵対することになる。
 だからといって、日本はアメリカと敵対して、中国の肩をもて、と主張するつもりもない。そうではなくて、アメリカと中国の間の架け橋になることを主張したい。
 両国は、それぞれ長所を持っている。日本には、両国の長所を生かして、アジア太平洋地域を豊かな地域に発展させる役割がある。それは日本にしか出来ない役割である。
 農業の分野をみてみよう。

 アメリカ農業は、開拓の歴史だった。それまでの原野や森林を切り拓いて、豊かな、そして広大な畑地や牧草地、放牧地に変えてきた。それは、それまで住んでいた先住民を無法に放逐した歴史でもあった。その上で大規模な農業を営んできた。それは、世界の農業の中でみると、カナダや南米やオーストラリアなどと同じ新大陸型の大規模農業である。
 大規模なのでコストが低く、世界の他の旧開国との競争で常に勝ってきた。アメリカ農業のキーワードは競争である。それは、努力した者が報われる、という公正な社会である。すくなくとも建て前はそうである。
 それは個人間の競争である。他人と同じことをしていたのでは勝てない。また、公正な競争のためには、競争の場である市場には過度な制約がなく、原則は自由でなければならない。だから、アメリカ主導のTPPは、すべての農産物の関税をゼロにする、という無謀な原則をもっている。

 一方、中国農業は、水田開発の歴史である。「水を制する者は国を制する」という言葉は、中国からきている。それは治水だけでなく、黄河や揚子江の流域の水田開発でもある。
 水田農業には、用水を確保するための共同作業が不可欠である。水を制御し、利用するのは個人ではできない。他人と互いに協力しあわねばならない。日本も同じだが、中国を中心にする東アジアの水田農業のキーワードは協同である。これは、農業だけでなく、東アジア社会のキーワードでもある。それは、絆の社会であるし、思いやりの社会である。

 TPPが目指す「価値観の共有」を、競争か協同か、という争いにしてはならない。まして、中米間の覇権争いにしてはならない。そうではなくて、競争の価値観と協同の価値観を互いに認め、尊重しあい、また、両者の長所を、ともに取り入れた新しい価値観を、世界に先駆けて、この地域に創り上げねばならない。
 アメリカがTPPで目指している自由競争はいいが、競争一辺倒で、他国の食糧主権を侵すような制度にしてはならない。そのために他国の農業の存続を危ぶませる制度を目ざしてはならない。
 また、中国のように、食糧主権を守り、食糧自給率を95%以下には下げない、という農政はいいが、そのために政治が市場に過度に介入してはならない。

 いまのTPPは、アメリカ色が強すぎる。アメリカの独断専行が跋扈している。それを阻止する有力な手立てがない。日本の多くの国民が、TPP加盟に反対している理由は、ここにある。それは、全ての農産物の関税をゼロにする、という極端な原則に象徴されている。これでは、食糧主権は守れない。
 アジア太平洋地域の経済圏を作るのなら、TPPではなく、APECが主導するFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)を目指すべきである。TPPも将来はFTAAPを目指すというが、TPPを出発点にしてFTAAPへ到達することは不可能である。そうではなくて、ASEAN+3を経由してFTAAPへ到達するのが本道だろう。そうして、各国とも農業の多様性を認め、互いに相手の食糧主権を尊重しあうべきである。
 そのさい、アジア太平洋地域以外の世界の国々と敵対するような経済圏を目指してはならない。世界経済のブロック化という第2次大戦の前夜のようなキナ臭い状況を招いてはならない。

 

(前回 所得補償制度は両刃の剣

(前々回 消費増税ではなく 高齢者の労働力化を

(「正義派の農政論」に対するご意見・ご感想をお寄せください。コチラのお問い合わせフォームより、お願いいたします。)

(2012.02.06)