コラム

「正義派の農政論」

一覧に戻る

【森島 賢】
TPP問題の核心ー輸入米は旨くて安いけれど

 マスコミも輸入米が旨いことに、ようやく気づいたようだ。
 先週9日の朝日新聞は、スーパーの「西友」が、中国米の販売を始める、と報じた。早速買ってきた。5kgで1299円だった。袋に「中国吉林米」と書いてある。品種は書いてないし、何年産かも書いてない。やや過乾燥ぎみだが、味は予想したとおりに旨い。
 同じ記事の中で、「ダイエー」も検討しているという。回転ずしの「かっぱ寿司」と、牛丼の「松屋」も輸入米を使うようだ。
 日本の消費者は、これまで銘柄品志向といわれてきた。コメでは、コシヒカリ信仰ともいうべき志向をもっていた。だが、長引く低賃金とデフレの中で、低価格への要望が強まっている。
 こうしたなかで、この企画は成功するだろう。輸入米は安いだけでなく、輸入米のなかのSBS米は、たしかに旨い。日本米と比べても、それほど遜色はない。輸出国は、日本への輸出をめざして着々と技術開発を進めているからである。
 朝日新聞もいっているが、こうしたことは、TPPの議論に大きく影響するだろう。ことにコメは、農業分野で核心に位置する最大の論点である。いま重要なのは、こうした事実に基づいた議論である。
 この点で、つぎに望みたいことは、なぜ1299円なのかという、さらなる追跡である。それは、マスコミの最も得意なことだろう。
 筆者は、コメの関税がゼロになれば、輸入米は5kgで1299円どころか、500円で売っても、採算がとれると考えている。

 5kg1299円という価格を考えよう。国産米の小売価格は、最近の資料によれば、コシヒカリが2351円、ブレンド米が約1836円である。割り算すると中国米は日本米の55%から71%の安さになる。日本人にとって食味はあまり変わらないし、たしかに安い。
 だが、安さはこの程度ではない。いまの日本のコメの輸入制度のもとで、この程度の安さですんでいる。

 いま、日本の輸入米は一般輸入とSBS輸入に分かれている。このうち、一般輸入のコメは、主食用ではなく、加工用や飼料用の米である。だから、1299円の米は一般輸入のコメではなく、主食用のSBS輸入のコメである。そのことは袋に書いてある。このコメはマークアップという高い一種の関税を払っている。だから、この程度の安さである。
 だから、日本のコメの国内自給率は95%という高さだし、食糧全体の自給率は39%に保たれている。
 だが、関税がゼロになり、マークアップもなくなれば、輸入米はもっと安く日本で売られるようになるだろう。

 注目すべき国は中国である。中国では、日本人好みのコメが大量に作られている。輸出余力もある。 また、TPPには加盟しないだろうが、アジア太平洋地域の経済交流を強めようとしている。
 もしも、日本がTPPに加盟して、ゼロ関税のコメ輸入を承認すれば、やがて中国も日本に対して同じ要求をするだろう。日本は、その要求を拒めないだろう。
 アメリカやオーストラリアからの輸入米の関税はゼロで、中国やタイからの輸入米には差別的に高い関税をかける、というわけにはいかない。それが、自由貿易の大原則の「無差別原則」であり、「最恵国待遇の原則」である。

 いま、中国の国内では、コメは1kgあたり5元程度の価格で売られている。こうした事実を、マスコミがもっときちんと調査して伝えることを望みたい。そうしてTPP論議を事実に基づいた、実りある議論に深めるべきである。
 1元は約13円だから、1kgでは65円である。それを日本へ輸出するばあい、関税がゼロになれば、流通経費を加えても、日本では、5kgで500円以下で売られるだろう。1299円と比べて格段に安くなる。

 こうしたことを考えた上で、TPP問題を議論すべきである。
 TPPに加盟して、安いコメを自由に輸入し、消費者の目先の利益を追求して、日本のコメを壊滅させ、食糧安保を放棄する政策を採るか、それとも、消費者が国産米に対して、輸入米よりも高い金額を支払うことは、食糧安保のためのコストと考えて、食糧安保を重視する政策を採るか、そうして、日本の農村に明るい未来を切り拓くか。TPPの議論を、このような次元に高めるべきである。
 マスコミには、そうした社会的な責務がある。

 

(前回 所得補償制度にはトゲがある

(前々回 TPP参加の事前協議で軽くあしらわれた日本

(「正義派の農政論」に対するご意見・ご感想をお寄せください。コチラのお問い合わせフォームより、お願いいたします。)

(2012.03.12)