農政・農協ニュース

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「遺伝子組み換え技術の正確な情報を発信したい」遺伝子組み換え研究の最前線

    地方自治体職員や教育関係者を対象にした「遺伝子組み換え技術に関する意識調査」によると、中学高校の家庭科や社会科の教員の7割以上に「遺伝子組み換え作物は危険」だというイメージがあり、地方自治体職員の半数が「遺伝子組み換えは人体や環境に悪影響がある」と回答したという結果が出た。
    7月24日に発表されたこの調査は、内閣府が新しいバイオテクノロジーの推進には国民理解が不可欠だとして行ったもの。ところがネガティブなイメージが先行していた。
    こうした中、実際の安全性や消費者にとっての有用性などについてはほとんど知られていないと、バイオテクノロジーの科学的で正確な情報を消費者に届けるために活動をしているバイテク情報普及会は8月5日、多くの研究機関があつまっているつくばで、メディア向けに遺伝子組み換え研究の説明会を開いた。

◆食べるだけで花粉症が抑制されるコメ

閉鎖系温室の様子 天井も床も外部と遮断された中で栽培されている
閉鎖系温室の様子
天井も床も外部と遮断された中で
栽培されている

    (独)農業生物資源研究所のほ場で栽培されていたのは花粉症緩和米。
    見た目は一般的なイネとなんら変わりはないが、1日1合ずつ1週間食べ続けることで花粉症を発症しなくなるというコメだ。体内にスギ花粉が入ってきた時に、アレルギー反応を引き起こさせないようにするエピトープというタンパク質を多く含むような遺伝子操作をしている。
    食べるだけで花粉症が抑制されるコメということで、実用化されれば巨額なビジネスになると見込まれる。そのため、24時間体制で監視カメラや赤外線装置が作動し、厳重な警備体制が敷かれていた。
    平成17年からほ場での栽培が始まり、実用化も近いという。ただし厚労省の判断では食品としては認められず、医薬品としてしか販売できないということだ。
    遺伝子組み換え農作物(以下、GMO)は、世界的な食料危機への対抗策としても期待されている。
    (独)国際農林水産業研究センター(JIRCAS)では塩害や乾燥に強く、悪条件下でも生育する作物を研究、栽培していた。塩害や乾燥への耐性を持つDREB遺伝子を発見し、それをダイズやイネなどに注入することで、従来では穀物を栽培できなかった土地でも育つように品種改良した。
    DREB遺伝子を組み込んだ農作物はいまだ試験栽培の段階なので、ほ場での栽培はしておらず、実用化まではさらに5〜10年はかかる見込み。しかし研究者の中島一雄氏は「世界から飢えがなくなる日が来るように願ってやっている」と目標を語った。
    遺伝子組み換え技術は地球温暖化対策にも応用されている。
    (独)森林総合研究所では篠原健司氏が中心となって、対温暖化や荒漠地の緑化対策として遺伝子組み換えポプラやユーカリを研究している。塩害や乾燥に強い遺伝子を注入することで、条件の悪い土地でも生育できる樹木を作ろうという試みだ。また生育速度の速いスギを作るなど、バイオマス資源としても役立てたい考えもある。

◆数年の安全性実証実験を経てからほ場栽培へ

花粉症緩和米 見た目は普通のイネとなんら変わりがない
花粉症緩和米
見た目は普通のイネとなんら変わりがない

    GMOがほ場での栽培に至るまでには、長い時間をかけて安全性の実証実験が行われる。安全性が確認されるまでは、種子が外部に飛散したりすることがないように、細心の注意を払って試験栽培を行う。
    実験室での試験やシュミレーションによる分析で、他の生態系に悪影響を与える危険がないことが確認されてから栽培が始まるが、第一段階は閉鎖系温室での栽培だ。二重扉の厳重な温室で外気や虫などの侵入と種子などの流出を防ぐ。温室内で使用された水も全て管理されている。
    閉鎖系温室で安全が確認された後には、特殊網目窓で外部と区切られた非閉鎖系温室に場所を移して栽培される。そこでの試験栽培を経てから、ようやく屋外の隔離ほ場に移される。
    隔離ほ場での栽培までいけばほぼ安全面はクリアしたということで、この日訪れた(独)農業生物資源研究所では、ほ場を一般公開し市民への情報公開を推進、年間4000人ほどが来訪している。遺伝子組み換え技術やその有用性の正確な情報を得ることで、イメージを変える人も多くいるという。

◆「世界的には普及しているGMOだが、日本では拒否姿勢が目立つ」

「日本の消費者はGMOへの拒否姿勢が強い」と石毛理事長
「日本の消費者はGMOへの拒否姿勢が強い」と
石毛理事長

    様々な展開が期待され世界的にも研究がすすんでいる遺伝子組み換え技術だが、日本では一般的に拒否姿勢が強く普及が遅れていると語ったのは、(独)農業生物資源研究所の石毛光雄理事長だ。
    「米国のトウモロコシ、アルゼンチンのダイズ、カナダのナタネなどは大半がGMO。07年現在では、世界23ヶ国で1億1430万haもGMOが栽培されている。中国や韓国でも国をあげて研究を支援しているが、日本では予算額はなかなか増えない。やはり食に関する技術にははナーバスになりがちだ。
    例えば、欧州では南米から持ち帰ったジャガイモが一般に浸透するまで100年かかった。理由は聖書に記載されていない不気味な形状の作物だから。しかし大飢饉を機に、毒はなくその上美味しいと認められ、ようやく市民権を得た」。
    GMOの現状も似たような状況だと言える。1973年に本格的に研究が始まって35年経ったが、科学的に安全性が実証されていても不信感は拭えない。しかし一方では世界的な食料危機を背景に、GMOへの理解と期待も高まりつつある。
    石毛氏は「開発者としてさらなる努力をして、消費者へGMOへの理解が浸透していくようにしたい」と目標を掲げ、「今後も正確な情報を発信していくことでGMOへの拒否姿勢を変えていきたい」と述べた。

(2008.08.12)