農政・農協ニュース

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国産の安定供給に欠かせない生産と消費の支え合い 「どうする日本の食と農」

−食料・農林漁業・環境フォーラムが10周年記念シンポ

    農業や農村問題などの認識を共有し、WTO農業交渉などで国民各層の相互理解と支援を広げるため設立された「食料・農林漁業・環境フォーラム」が設立10周年を迎え、それを記念して9月27日、シンポジウム「世界の食料需給がひっ迫しているなか−どうする日本の食と農」を東京・大手町のJAビルで開いた。食料の安定確保のためには国内生産が重要との意識が高まっているが、農業は担い手不足、耕作放棄地増大など多くの課題を抱えている。シンポジウムでは「食の自給なくして国の自立なし」、「国産を食べるという消費者の意識、姿勢が大事」との意見のほか、苦境にある農業など「第一次産業の現場からの迫力ある声をもっと発信すべきだ」との指摘もあった。

◆食料は生命財

養老孟司東大名誉教授
養老孟司東大名誉教授

    シンポジウムでは同フォーラム代表の養老孟司東大名誉教授の基調講演「最近の食料問題で見えること」(要旨別掲)に続きパネルディスカッションを行った。
    パネリストは若林裕子・生活クラブ生協連消費委員長、竹村英久・JA全青協会長、見城美枝子・青森大学教授、鈴木宣弘・東大教授で、農政ジャーナリストの中村靖彦氏がコーディネターをつとめた。
    最近の世界的な穀物需給ひっ迫の影響について、酪農経営をする竹村会長は配合飼料価格が1年で1.5倍上がったが、それだけでなく牧草の需要も高まり価格が上昇、それに対して乳価は就農した9年前にくらべてキロあたり3円上がっただけで、経営は厳しく四国でも農家戸数が「どんどん減っている」現状を訴えた。稲作で出るわらやホールクロップサイレージの栽培で自給飼料を増やしているが、配合飼料原料を国産で作るとなるとコストが高く「制度で支えるか、価格転嫁するか」しなければ生産活動の持続が難しいと話した。
    見城教授はテレビ番組の取材で世界を回った経験から「アフリカなどで難民が発生するのは食料の自給ができないため。何事も食料から。いざという時は自分の国を優先するから争奪戦になる。今の世界の状況は薄い氷の上に立っているような感じでは」と指摘し、貿易自由化など市場経済だけでは生産者がやっていけない現状のなか「食料は経済財ではなく生命財だと考え直す必要がある」と指摘した。
    また、生活クラブの若林消費委員長は食料品価格の値上がりはとくに若い組合員家庭にとっては痛いが、生活クラブ生協では生産現場での農業者との交流を通じ「生産者が来年も元気に生産できる価格を決めている」ことを紹介、「国産は高いというがその価値を考えれば高くはない」と話した。その価値のひとつとしてあげたのが、畜産と稲作と同生協が連携して実現している「米育ち豚」の取り組み。飼料用米を生産と利用の先駆的な例だが、「耕作放棄をしないで田んぼの維持につながる。国産飼料で自給率も向上する」と話した。

◆輸出規制の教訓

    東大の鈴木教授は、竹村会長の指摘に関連して、乳価はキロあたり生産者段階で3円、小売りでは10円の値上げとなったが、米国では生産者30円、小売り25円と生産者に手厚く引き上げされていることを紹介。「日本でも国内農業が大事だといわれるようになったが、実際は生産が疲弊している。日本人は支え合いがないのが現状ではないか」と指摘した。とくに流通業では、時間がたてば穀物価格が下がるだろうとの予測や、あるいはそのうち政府による追加的支援があるのではといった考えから「自分たちの目先の利益しか考えていない。全体としてサステイナブルに、という視点がないのが情けない」と批判した。
    また、世界的な食料価格高騰は「輸出規制が簡単に行われたためであることもしっかり認識すべき。どこの国も自分の国民が大事。この権利は規制できない。今回は在庫があるのに輸出が規制された。お金があっても買えないという状況がと教訓にすべき」と話し、実際に食料不足にならなくても不安が生じれば「輸出規制によってひっ迫する。不足しなくても食料は戦略物資になる。備えをどうするか、日本は気楽に考えてきたのではないか」と語った。

◆担い手への支援

    国産食料の安定的な確保と自給率向上のための課題として議論になったのが農業への支援策。
    竹村会長は「高齢者が増えて耕作されない農地が出てきているがとても規模拡大できない。若い農業者でも今の状態では生活できす3、4年でやめる。最低賃金が議論になっているが、農家はその水準を下回っている。支えがないと子どもたちに農業を、といえない」と現状を訴え、若林委員長は「自分のこどもに農業をすすめられないと聞くと寂しくなる。国産を食べ続けるという消費者の意識が大事になる」と話した。
    鈴木教授は「生産者の自助努力は大切だが、本当に保護されていたらこうはなっていない。支援が必要だ」と話し、竹村会長も「若い農業者を残すには10年先を見据えてある程度集中した支援が必要。それも環境維持、生物多様性の保護など農業の持つ環境面への支払いがあってもいい」と提言した。
    鈴木教授もスイスでは「規模拡大してコストダウンという路線ではなく、生物多様性、アニマルウェルフェアなどに着目した直接支払いで農家を支えている」と指摘、このシンポジウム直前に調査で訪問したスイスの農家では環境支払いで年700万〜1500万円を受け取っていたことを紹介。「環境保護など直接支払いの理由が国民にも明確。日本では直接再生産に結びつく支えが少ない」と強調した。また、見城教授は「太陽光利用など農業も環境配慮型に積極的に取り組み、気がつけば産業の最先端にいるという農業になってほしい」と話した。
    こうした声をふまえ竹村会長は「JA全青協は日本の食料を守っていきたいと考えている。子どもが大人になったときに食べられなくならないように取り組む」と話した。

基調講演
「最近の食料問題で見えること」概要
養老孟司代表(東大名誉教授)
    
    若い人が農業をやらないのは人が嫌がる仕事はしないという風潮がそのまま続いてきたから。しかし、それが変わるだろう。
    原油価格の高騰で不景気に陥っているが、経済の根本にエネルギーがあることを見落としてはならない。結局、GDPとはエネルギー消費に比例しており、つまり、経済成長とはもっとエネルギーを使わせろということ。
    第1次オイルショック後、原油価格が下がったときに新しい仕事が生まれた。コンビニと宅配便だ。安価なものをいたるところに運ぶというこの仕事は運ぶコスト、石油が安かったから生まれた。それで経済成長したが、原油がピークアウトすれば供給できない。エネルギーを不相応に消費する産業は長続きしない。
    地味だが確実で生き物を扱っている第一次産業に注目したい。人間の営みとしては一次産業が基本。人間にとって頼りになるのは現場、モノ、事実だ。しかし、一次産業から離れると(モノの)感覚から切り離され情報化社会になった。しかし、実態と情報の関係を考えると情報とはすべて過去のものだ。情報に頼るというのは後ろ向きになって前に歩くようなもの。私たちは前を向いて歩いていかなければならない。
    あまり評価されていないが日本の農業の水準は世界的にも高い。若い人に地味だが確実な仕事として農業をやってもらいたい。

(2008.10.08)