農政・農協ニュース

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【拡大版】JAは地域の生命線―<JAおきなわ編>「合併の苦難乗り越えて地域農業を牽引」

 JAおきなわは、平成14年に県内28農協が合併して、県単一農協として誕生した。合併からの数年間を砂川理事長は「言うも涙、聞くも涙」と語った。それから8年、さまざまな苦難を乗り越えて、沖縄の気候風土を活かした野菜や肉用牛を中心に、さらに地域の人びとに大きな支持をえているファーマーズマーケットなど新たな沖縄農業の地平を切り拓くとともに、いくつかの島や地域で人びとのくらしに欠くことのできないライフラインとしての重要な役割を果たし、「合併してよかった」という評価をえている。

砂川博紀・JAおきなわ代表理事理事長に聞く

農業産出額1000億円をめざして


◆県内農協の危機を回避するために

砂川博紀・JAおきなわ代表理事理事長 今村 有人の島だけで49もあり、気候条件も農業も多彩な県内を一つの農協に統合した理由をお話ください。
 砂川 昭和50年代には県内に53農協ありました。その当時から合併構想が進められ、平成12年には28農協になりました。そのうち広域農協が6〜7ある一方で小さな島々の農協や本島でも合併していない農協もありました。
 そうした28農協のうち8農協が債務超過に陥り、その総額は350億円にものぼりました。28農協のうち健全(青色)なのは3分の1、黄色が3分の1そして残りの3分の1が赤字でしたから、健全な農協に受皿になってもらう合併構想を作成し、13年1月に農協大会を開いて合併を決定。3月に全農協と連合会・中央会による合併推進局を設置。同時に、県知事を会長に農協組合長の代表、市町村の代表で構成する合併推進協議会をつくり、一気に進めました。
 今村 反対する農協はなかった…
 砂川 ありましたが、県知事や県のトップも説得にまわってくれ、14年4月1日にJAおきなわが誕生しました。17年8月には経済連と信連の事業を承継し、名実ともに一つの農協になりました。
 今村 さまざまな苦労があったわけですね。
 砂川 350億円の債務超過を埋めるために債務超過8JAの全組合員の出資金を1000円(1口)に減資しその減資額65億円を赤字の補填にあてました。さらに破綻した地区の役員責任を10年前まで遡って追求し、金額(1億6400万円)を確定して請求しました。そして全国支援248億円と県域支援33億円をいただきました。


(続きは シリーズ・【拡大版】JAは地域の生命線〈JAおきなわ編〉 で。)

(2010.10.29)