提言

JAの現場から

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集落営農で経済的・社会的メリット反当 4万円

岩手中央農業協同組合代表理事専務 熊谷健一

 日本の農政は昔から「猫の目農政」と言われてきた。小泉内閣時代には規制緩和「市場原理主義」が蔓延し「安価」「輸入だ」と、その歪みが世界食料危機と自給率低下を招いた。日本国民も農家も不信・不満だらけの農政にあきれ返っている。
 JA運動は教育文化活動でもある。単年度で収益に結びつくことはない。日本の農村、農業は大きく変わり、集落は1年間に1000集落以上も消え去っていると言われている。この対策に対応するために集落営農組合をつくり上げ、水田農業の共同作業や共同経営が必要なのである。

岩手中央農業協同組合代表理事専務 熊谷健一
くまがい・けんいち
昭和39年飯岡農協信用係、平成4年都南農協営農部長、6年同農協参事、11年岩手中央農協企画管理部長、12年同農協常務理事。20年同農協代表理事専務。

猫の目農政不安だらけ

 日本の農政は昔から「猫の目農政」と言われてきた。小泉内閣時代には規制緩和「市場原理主義」が蔓延し「安価」「輸入だ」と、その歪みが世界食料危機と自給率低下を招いた。日本国民も農家も不信・不満だらけの農政にあきれ返っている。
 農政は概ね5年毎に見直しが行われている。平成17年に策定されてから4年経過した。
 石破農林水産大臣がこの1年かけて農政審議会で議論すると言っている。その外に関係閣僚6人の会議も設置された。政府の諮問機関である「経済財政諮問会議」又与党は与党会議、野党は野党会議と農業政策は政治全体で検討されているかのようで大変ありがたいが、本当に日本農業の将来と農家、農村の現場での苦しみを理解しての議論なのか心配である。

米生産調整見直し選択制導入、今なぜ?

 石破農林水産大臣は米生産調整を見直し、参加・不参加を自由に選べる選択制にすると言う。それに対して自民党農業基本政策委員会では近藤農水副大臣が反対を明確にした。このことは、日本の農業の舵取り役の2人が話し合い、議論していないからではないのか。
 もちろん農業の将来でなく、WTO農業交渉対策や小規模兼業農家を切捨てるための議論である。選択は現在もやっている。新たな提案ではないのであり、選択制を導入しても米価が安定し、米づくり農家が増加することにはならない。しかも米づくり農家が春作業に入る時期になぜ今? 提案する以前に政府と自民党が統一した考えをまとめて農業団体と議論願いたいものである。

急転換、急発進の農政は事故のもと

 19年からスタートした水田農業経営所得安定対策の推進は、5年間にわたり集落毎に年間10回ぐらい組合員に説明した。そして、平成18年に206集落がようやく水田農業ビジョンを立ち上げた。19年には集落営農組合の実践に入った。この政策は確かに農地改革以来の農政転換であり、全農家を対象にするため全職員が全集落に出向き対応した。そして、小さい営農組合でも4〜50町歩。大きい営農組合は1000町歩、1000人以上の組合員で約8億円の取扱い金額となった。しかも何十回と「役員会」を開催し、「臨時総会」を経て運転資金を1円も借入しないで運営してきた。そして、総会を開催しほっとしている時に…。
 手挙げ方式で参加希望者のみ、あるいは機械利用組合だけまとめるのは全く簡単である。全農家に理解させ、実践させるこのエネルギーを考えて欲しい。スタートと見直しが同時とは何なのか。「ブレーキ」と「アクセル」を同時に踏めということか。同時発進はできないのである。しかも農業や農村には心のつながりというものがあるからである。最低でも5年以上の時間が必要である。

集落営農は心のつながりで

 JA運動は教育文化活動でもある。単年度で収益に結びつくことはない。日本の農村、農業は大きく変わり、集落は1年間に1000集落以上も消え去っていると言われている。この対策に対応するために集落営農組合をつくり上げ、水田農業の共同作業や共同経営が必要なのである。80歳以上の組合員に何回も言われたことは、「なぜ集落ぐるみで米づくりか。なぜ加入せねばならないのか。いくら経済効果があるのか。」と問われた。JAは平成18年に次のような項目を示して説明会に入った。
◇   ◇
『集落営農の組織化(加入すると)こんな利点・出来ることがあります (平成19年11月30日現在)』
(1) 品目横断的経営安定対策加入(ナラシ)による助成金が受けられます。(7,700円/10a)
(2) JA共同購入大口奨励金を受け取ることが出来ます。(1245円/10a)
(3) 全農担い手支援対策事業(スーパー対策)の助成が受けられます。(100円/10a)
(4) 農機具や施設への過剰投資を抑えることができます。
(5) 野菜栽培の団地化やグループ化による米以外の所得確保ができます。
(6) 農作業の特別料金(10〜25%割引)の設定ができます。(8000円/10a)
(7) 農業機械銀行事業や農地保有合理化事業により農作業や農地利用の効率化が図られます。
(8) 農地・水・環境保全向上対策事業の取り組みができます。(6000円/10a)
(9) 女性や男性、世代を超えて地域の労働力の活用ができます。
(10) 農地の荒廃を防止することができます。
(11) 学童農園による食農教育の活動を通して、食文化や郷土芸能等の継承ができます。
(12) 営農組合の経理事務をJAへ委託することができます。
(13) 肥料、農薬価格の引き下げによるメリットを受け取ることができます。(2595円/10a:未加入者共通)
(14) 特別栽培米加算金を受け取ることができます。(3738円/10a:取り組み者のみ)
(15) 購買代金支払い期日の延長による利息相当分が免除されます。(328円/10a)
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 上記のように営農組合加入者の経済的、社会的メリットを説明し、19年には米づくり農家の約80%、米づくり水田の約80%が加入手続きをしたことにより約70の営農組合と78人の認定農業者が誕生した。

食料と農村を誰が守るか

 盛岡から東京への新幹線で農村風景を見て感じることがある。日本の風景、すばらしい緑と自然が続いている。しかしこの自然を誰が管理しているのだろうと思う。このことに気付いている人は何人いるだろうか。政府の方々も考えたことがあるだろうか。「農家」の皆さんが農家組合の組織で話し合い、「県」「国」の土地を管理しているのである。国民の誰もが「農家が管理するのは当たり前」と思っているかもしれないが・・? 5年後、10年後に農家が減少し、集落が消えるとこの自然はどうなるのか。今から手を打ち、次世代対策について取り組む必要がある。
 政府は、賃金が高い非効率な仕事は低賃金の外国人労働者による企業的農業経営をと言う。それで良いのか。農業・農村には食文化がある。郷土芸能の継承がある。外国人労働者を一時的に雇い入れて文化を守れるのか。政府は1集落を1企業大規模農家に任せると提案する。この考え方は、平坦地農業は少し守られるが、中山間地農業、農村には導入不可能である。「水路」「けい畔」「草刈」を大型農家、企業農家は管理できるのだろうか。このような政策では「村」は消える。農村に定住できる政策を望む。その1つは、農村文化を築いた「結いの心」を基本とした方針が大切だということである。もう1つは、経済政策と考える。山間地、平坦地とを区別したコスト格差に対する支援策が必要である。もう1つは、この2つを組み込み集落組織が次世代に向かってのビジョンを示せる集落の育成でないだろうか。

全農家組合で食農活動を

 忘れかけている食文化の再認識、食農教育の実践活動が必要である。
 「経済合理主義」「市場原理主義」「低賃金外国人労働力導入」「大規模農家の育成」。全て経済合理主義だけで、食料の確保や国土の保全、後継者の育成はできないと思う。最も大切な「心」の育成、将来に向けたビジョンでありそれが抜けている。
 我がJAでは、全農家組合に子ども達を対象に食料の大切さを体験させる活動を展開している。米づくり・野菜づくり・自然観察など自然に親しむ体験活動である。親子やあるいは非農家と集落の農家とが交流し、農村や食の大切さ、そして人と人の絆について体験させている。11月の勤労感謝では、集いの中で子ども達に体験発表させている。1人1分以内で…。従来はJA管内の小学校から12人の選抜であったが、このやり方では時間がかかりすぎる。全農家組合で体験させる「点」から「面」の活動に切り替えて5年になる。

現実を見据えた政策を

 市場原理主義を以てしても、世界同時不況に対応することはできないと思われる。特に世界競争に強かった自動車、電気と政府が力を入れてきた産業は立ち上がれなかった。派遣労働者の打ち切り、雇用止め等、今まで農業農村を打ち砕いていた企業、農政も手のひらを返したように労働力の受け先は農業だ、日本の不況を救済してくれとは何事か。基本とする考え方が農政から抜けている。農村社会のあり方、それは「助け合い」「食文化」「結いの心」を育てることである。
 子どもの頃から食のありがたみや大切さを体験できる、させる教育が失われてしまっている。この心と体験の場を次世代に引継ぎ5年、10年後も日本の風景、美しい自然、日本の文化を継承し続けたいものである。

(2009.03.23)