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農協の危機と「農業・農村協同組合]への道

農学博士 暉峻衆三
理念とかい離する日本の農協
危機から活性化へ転換を

日本で農協の危機がいわれるようになって久しい。かれこれ40年まえの、1970年代初めのころからだろう。米余りの発生と減反開始、都市化と農家兼業化の深まりなどがその背景にあった。その後危機は打開されるどころか、産出額、生産指数での日本農業の後退、農協の事業量の減少と販売・購買事業での赤字の累積が一段と進むもとで、今日、危機は格段に深刻化している。

◆市場競争と協同組合の宿命

農協の危機と「農業・農村協同組合]への道(暉峻)HP用.jpg 日本で農協の危機がいわれるようになって久しい。かれこれ40年まえの、1970年代初めのころからだろう。米余りの発生と減反開始、都市化と農家兼業化の深まりなどがその背景にあった。その後危機は打開されるどころか、産出額、生産指数での日本農業の後退、農協の事業量の減少と販売・購買事業での赤字の累積が一段と進むもとで、今日、危機は格段に深刻化している。
 ここで「農協」という場合、「協同組合としての農協」だということをまず明確にしておきたい。
 もともと「協同組合」は、資本主義市場(以下、市場)の欠陥のもとで生まれた。市場のもとで、小生産者や小営業者の状態、市民の生活が脅かされることに対して、それを防ぎ除去するために、農民を含む人びと(persons)が自発的に、少額資金を出資して事業体(enterprise)を起こし、相互に協同し(associate)平等の資格でその運営に参画して、地位の安定と向上を図ろうとしたのが協同組合だ。
 人間をモノとして雇用し、最大限の利潤追求にひた走る資本主義企業と違って、協同組合は事業体として採算性を重視はするが、参加する人間の自己充足を基準とし、収益の確保は従属的、限定的だ。以上が協同組合の大凡の理念だといってよかろう。
 だが、市場の真只中で企業との熾烈な競争のもとで事業展開しなければならない協同組合は、悩ましく、苦労の多い存在であり、ともすると自ら企業化する危うい存在でもある。生協は市場でスーパーやコンビニと激しく競っている。国民の大きな関心事である食の安全、安心に応える手法を生協が苦労して開発しても、それをビジネス化できるとみるや大型商業資本は素早く取りいれて自家薬籠中のものにしてしまう。それと競りながら生きていかねばならない生協も大型スーパー=企業化し、そのもとで人間的結びつきと協同組合としての理念が希薄化する危険に晒される。金融・流通部門に引きずられて合併を推進し大型化しつつある農協についても同様のことがいえよう。こうして、協同組合関係者は毎日毎日胸に手をあてて、自分たちの日々の事業とその方向が果たして協同組合の理念に叶っているか、逸脱はないか、一歩でもそれに近づくにはどうすべきかを厳しく自問自答し、苦闘しなければならない。市場競争に晒される協同組合の宿命といっていい。
 
◆理念とかい離する日本の農協

 こういった困難を抱えながらも、協同組合はこんにち、先進国を中心に多くの国と分野で結成され、事業を展開している。その国際的組織であるICA(国際協同組合同盟)は上述した理念を掲げ、協同組合を強化するための討議と、方向付けの意思表明を重ねてきた。ここで忘れてならないことは、日本の系統農協がこのICAの有力会員に名を連ねていることだ。農協は、その組織と機能の現状が果たして「協同組合としての農協」に相応しいかを不断に自己点検しなければならない責任を負っているといわなければならない。
 では、日本の農協の現状はどうか。残念ながら幾多の重要な面で理念からの乖離と基盤の脆弱化が進んでいるといわざるをえない。それをどう克服し、協同組合として活性化しうるかがいま厳しく問われているといえよう。
 もともと日本の農協は、戦時体制下に米を中心とする政府の食糧管理政策の一翼を担ってきた農業会(さらにその前身は農会と産業組合)が、戦後の占領期に農協として編成替えされたという歴史的系譜をもつ。戦後も、食糧管理が農林行政の重要な柱をなすなかで、その「別働隊」(東畑精一)という性格をぬぐえないできた。最近も、減反による米価維持策とからめて「農協=自民党=農水省の"農政トライアングル"」(山下一仁)として指弾されている。
 1995年、バブルがはじけ住専7社が経営破綻したとき、その借入残高13兆円の実に43%までが系統農協資金であることが明るみにでた。さらに、世界の超A級のグローバル機関投資家とされた農林中金が、これまた住宅関連のサブプライムローンがらみで投機的証券投資に走り、昨年9月、1兆6000億円もの含み損を抱えこみ、今年3月の連結決算では5700億円余の巨額の純損失をだしたことが明らかになった。系統農協へのしわ寄せは必至だ。 本来、農林業関連の内部的資金需要に応えてその発展に寄与することを目的とする系統農協の巨額の資金が、農林業と直接には無関係な分野に投機的に注入されるという現状。これも「協同組合としての農協」からの重大な乖離であり、深刻な危機の現れというべきだ。「系統農協は上から下まで、協同組合と云う意識を欠如しており、組合員による民主主義的運営という協同組合の基本原則を全く実現していなかった」(大内力)、という手厳しい批判が浴びせられている。
 
◆「視野」と「翼」を拡げる

toku277s0906040702.jpg これらのきびしい農協批判を農協関係者は黙過することなく正面から受け止め、どうすれば本来の農協に向けて一歩でも脱皮し、近づきうるかを真剣に考えるべきだろう。そうでなければ農協の未来は暗いといわざるをえない。農村の現場で、多くの農協関係者が農民や地域住民を糾合し、その要求(ニーズ)に応えつつ、農協を少しでも理念に沿って活性化したいと日々苦労している姿に接する。
 このようなとき、現状は農協の体をなしていないからこれを解体し、主業農家基軸の専門農協と金融・共済農協に再編すべしといった主張には組みし難い。農村の階層と要求が多様化したなかで、視野と農協の翼をさらに拡げて、「農業・農村協同組合」として活性化する道があるのではないか。自由化と大不況のもとで、農業所得のみならず、兼業所得も親への仕送りも減って農家経済全体、さらには農村住民の置かれた状況が困難の度を増しているこんにちだからこそ、視野を拡げた農協の役割が強く求められているのではないか。
 農業に心血を注ぎ、生活を依存する主業的農家や経営体の要求に応えられる農協にする必要があることは勿論だ。良質で安全かつ安心できる、地域の農産物や食品に対する消費者の要求はきわめて強い。それに応えての農民、農村サイドの運動や、自然や歴史とのふれあいを求めてのツーリズム関連の動きも活発化している。
 これらの分野ではとくに女性の役割が大きく、その自立化と農村の活性化に寄与している。こういった動きと可能性を敏感にとらえて直接、もしくはネットを通して農協の活動の活性化につなげていく道はまだ多いのではないか。
 都市化と混住化、兼業化が進むもとで、准組合員の比率が過半に達する勢いで増えている。これをただ農協事業の拡大という点から安易に放置するならば、これまたあるべき農協からの一層の乖離となる。自主的参画こそ本来の農協の生命なのであり、正組合員化による活性化が強く求められよう。
 
◆危機から活性化へ転換を

 農村で労働者層が増大するなかで、彼らが協同して農作業や食品の生産・販売、土建、ツーリズムなど農村関連の事業を起こし、就業する要求と機会も強まっている。中山間地域をはじめ農村で高齢化が急進するなかで、医療と介護、福祉関連の事業を強化する要求も切実、広範だ。それは農村に高齢の親、兄妹を残してきた都市住民の願いでもある。こういった問題を、農協が自治体やNPOなどとも連携しながら農協の活動につなげ、活性化していくことが今後ますます重要になるだろう。
 以上は総じて「農業・農村協同組合」としての内実を強めつつ農協の活性化を図る方向だといっていい。いずれも、多くの手間を要し、収益性にも限界がある事業だろうが、組合員の自己充足を生命とする協同組合としての農協の活性化に繋がるだろう。農協の危機が深まっているいまこそ、農協関係者には、協同組合の原点にたって、広い視野と鋭敏な感覚で農業と農村の現状と要求をとらえ、農協を活性化する努力をさらに強めてほしいと願っている。

 (略歴)
(てるおか しゅうぞう)
大正13年生まれ。東京帝国大学農学部農業経済学科卒業。東京教育大学、信州大学、宇都宮大学教授、東亜大学大学院教授。
日本経済学会連合理事(?1987年3月)、日本農業経済学会副会長(?1986年)、農業・農協問題研究所理事長(?2004年6月)などを歴任。
現在、日本農業経済学会名誉会員、農業・農協問題研究所特別会員、農学博士(東京大学)
主要著書:『現代資本主義と食糧・農業』上下(共編著)大月書店 1995年『日本の農業 150年―1850?2000年―』(編著) 有斐閣 2003年 など多数。

(2009.06.03)