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【特別寄稿】 どうよむ? 09年衆議院総選挙結果  東京大学・鈴木宣弘教授

現場の閉塞感に応える明確なメッセージが求められていた
鈴木宣弘 東京大学教授
・農村現場の切実な声に率直に耳を傾ける
・明確なセーフティネットの強化
・効果が実感できるわかりやすさ

 8月30日に行われた衆院選は民主党が300超える議席を獲得、政権交代が現実のものになった。今回の総選挙では民主党の戸別所得補償制度をはじめ各党が掲げた公約では、農政も大きな焦点となり、農家、農村地域の人々の選択も注目された。
 新政権下での農政がどのように再編されるかが注目されるが、今回は総選挙結果をどう読むかについて、鈴木宣弘東大教授に寄稿してもらった。

現場の閉塞感に応える
明確なメッセージが求められていた

◆農村現場の切実な声に率直に耳を傾ける

鈴木宣弘(東京大学教授) 全国の農村現場を回ると、米価をはじめ、様々な農畜産物価格の低迷下で、努力に努力を重ねても農業で十分な所得が得られず、経営者の高齢化も進み、自身の生活や地域の今後に展望が持てないという不安が大きくなっていることが、ひしひしと感じられた。
 農水省の資料でも、最近よく紹介されるように、平成2年度に6.1兆円あったマクロの農業所得(農業純生産)は、平成18年度には3.2兆円と、15年間で半減している。以前は2万円を超えていた米価も、近年は1万円に近づいている。
 努力しても価格は下がり所得は減っていく――この閉塞感を打ち破り、将来に向けて安心して経営計画が立てられるような具体的でわかりやすく、かつ単年で消えるような対処療法的な施策でなく、持続的な支えとなる明確な政策メッセージを現場は求めていた。
 6大臣会合の特命チーム等における農政改革の議論では、この事態を放置すれば、日本の農業・農村の衰退、食料供給力のさらなる低下は避けられないと認識し、農業で十分な所得が得られ、農村現場に活気を取り戻すために、現場の声をしっかりと受け止め、現場で効果が実感でき、消費者、一般国民からも納得してもらえるような総合的な国家戦略としての政策体系が意識されていた。


◆明確なセーフティネットの強化

 今回の農政改革の議論の中で、当初から、3本柱として、強く認識されたのは、筆者の理解では、
 [1] 現場の農業者が経営能力を最大限に発揮できる環境整備、
 [2] 意欲的な経営者への最低限のセーフティネットの強化、
 [3] 農の持つ多面的価値への支払いの充実、のセットであった。
 まず、農業経営者が自らの判断でのびのびと創意工夫し、経営能力を十分に発揮できる環境整備が必要である。
 その場合、規模拡大によるコストダウンというのは有力な戦略の一つであることは間違いないが、経営戦略は多様であり、意欲ある経営というのを、一つの指標のみ、例えば、規模のみで判断することは難しいことも認識されていた。
 さらには、現在、多くの大規模稲作経営から、米価の下落に歯止めがかからないため将来的な経営計画が立てられないという深刻な悩みが聞かれるように、日本の土地条件の不利性等により努力で埋められない生産性格差等を踏まえて、意欲ある担い手が最低限の所得を得られるセーフティネットをいかに構築するかが問われている。
 さらには、担い手を支える産業政策とは別の視点から、中山間地域等を含めて、農業・農村の持つ多様な価値に基づいて、我が国に農業・農村が存続することを国民として支えることに合意が得られれば、こうした社会政策的な支援が真に「車の両輪」といえるような大きな柱になるように、大幅に拡充することが欠かせないとの認識もあった。
 つまり、経営の自由な創意工夫を高めつつも、しっかりとした下支えをセットにして、農業・農村が全体として活気を保ち、持続的に発展するようにしなければならない。
 また、それが消費者、国民全体から見てもメリットがあることなのだということを、明確な根拠と、可能なかぎりの具体的数字に基づいて示し、議論し、納得を得る必要がある。
 バラマキという批判を受けないようにするためにも、先の[2]、[3]に対応するように、直接支払いというのは、
 A.産業政策としての直接支払い=「担い手」が日本の土地条件の下で最大限努力しても埋められない生産コストの格差に基づき、再生産が可能な最低限の所得が確保できるような下支えを提供できる補填
 B.社会政策としての直接支払い=農にかかわる全ての生産者に対する、国家安全保障、国土環境、景観、地域社会の維持、文化・教育等に及ぶ多面的な「農の価値」に対する対価で、生産物価格に反映されていない部分を補填
 の二つに分けて、根拠の違いを明確にすべきであろう。
 コメの生産調整については、[1]にかかわる議論であるが、この点をめぐる対立が深まってしまったため、[2]の担い手へのセーフティネット対策の強化についても、コメの生産調整の議論とセットということで、議論が進められなくなったことは残念である。むしろ、先に、セーフティネット対策を具体的に提示できれば、しっかりとした下支えがあることが現場の安心感となり、経営の自由度を高める議論が冷静にできるようになったのではないかと考えられる。


◆効果が実感できるわかりやすさ

 また、大枠で、これが重要だという方向が出ても、それを現実的にそれぞれの施策に落としていく場合に、今あるそれぞれの農水省の各課で持っている詳細な事業があって、それはそれなりにすべて目的があるわけだが、そういうものに落とし込んでいくと非常に細かくなり、それが現場に行くと、その市町村で一手にそれを引き受けて、似たような事業がまた錯綜してしまうことが多い。
 市町村の担当の方が説明しても、農家の方もなかなかわかりづらいし、質問しても市町村の方も答えきれない場合がある。
 この辺りは農水省等も相当に努力されていると思うが、さらに、わかりやすさ、使いやすさ、ポイントを押さえて所得形成に届く重点化という点で改善がないと、結果的に現場で使いにくいというところを打破できない。
 こうした点で、民主党の戸別所得補償制度は、明確なセーフティネットをわかりやすく提示し得た点が農村現場に評価されたと考えられる。

(2009.09.18)