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【提言】新たな協同の創造と地域の再生を  増田佳昭(滋賀県立大学教授)

【2010年新春特集】滋賀県立大学環境科学部教授 増田佳昭
・農業と地域の危機にどう向き合うか
・地域に「新たな協同」を創造する
・仕事の仕方を変える
・地域とのネットワークの拡大と農政運動の協同組合的再構築

 昨年10月の第25回JA全国大会は、「大転換期における新たな協同の創造」を決議した。100年に一度とも言われるわが国経済・社会の大転換期に、「農業の復権と地域の再生」にJAグループが責任をもって関わることを、内外に宣言したものといってよい。
 「農業・食料関連産業の経済計算」によれば、わが国の農業純生産(生産農業所得)は、1990年度の6.1兆円から2005年度の3.4兆円へと「半減」した。農業純生産減少の相当部分は農産物価格低下によるものである。農業産出額に占める主業農家の割合は米では38%にとどまるが、野菜では82%、果樹67%、花き87%、畜産93%を占める。価格低下による農業所得の減少が、わが国農業の基幹をなす専業的農家群を直撃していることは明らかである・・・。

◆農業と地域の危機にどう向き合うか

 90年に14万あった農業集落は2000年には13万5000に減少し、10年間で5000集落が農業集落機能を喪失した。中山間地域における耕境の後退、耕作放棄地の発生は、農業の後退と地域社会の危機とが相まって進展していることを示している。
 こうした農業と地域の危機に、協同組合としての農協はどう向き合うのか、今回の大会決議が示したJAグループの答えが「新たな協同の創造」であった。「新たな協同」の姿は、大会決議でも必ずしも鮮明ではない。だが、JAが「単なる事業体」としてでなく、「協同組合」として地域社会に意義ある存在であり続けようとするなら、「協同」を追求し続けることこそが本来の姿であろう。
 「協同」とは、共通のニーズと目的を持った人々が心と力を合わせることである。「新たな協同」が意味するところは、組合員や地域の人々が人的なつながりを強めながら、農業と地域の課題解決のための多面的な活動と事業を創り出すこと、言い換えれば「地域力」や「組合員力」を高めていくことなのではないだろうか。


◆地域に「新たな協同」を創造する

 ところが、残念ながらそのような「協同」の力は、近年大幅に低下しているのが現実である。最大の要因は、正組合員の世代交代である。昭和一ケタ世代が戦後日本農業を担ってきたといわれるが、戦後農協運動を担ってきたのもその世代であった。現在の年齢でいえばほぼ75歳以上にあたる人々である。たとえばある県の06年度末のJA正組合員の年齢別構成を見れば、65歳以上が6割近くを占め、70歳以上が4割以上を占める。JA組織は昭和一ケタ世代のリタイアの最中にあるといってよい。また、今後15年程度の間に約半分の正組合員が世代交代するとみることもできる。
 昨今、組合員の高齢化や世代交代にともなう出資金の減額に頭を悩ますJAが少なくない。
 正組合員資格も農業の担い手もその次の世代に期待したいところだが、経営を継承すべき次世代はその数が少ないだけでなく、JAとの関係も相対的に希薄である。それどころか、農業経営の継承自体が困難なのが現実である。このような状況の下で、組合員の自然発生的な「協同」に期待することは困難で、「協同」再構築のための、JAの側からの主体的な働きかけが不可欠な状況にある。
 組合員の世代交代すなわちJA運動の担い手構造の大転換という現実を直視し、正組合員基盤の再構築と准組合員の拡大という組織基盤強化を進めるとともに、「新しい協同」を文字通り意識的に創り出すことが、農協の今日的課題となっているといえよう。組合員と地域に積極的に働きかけ、心と力を合わせて課題に取り組む「協同」の組織と活動を主体的に創りあげていくことを、農協運動の正面にすえることが求められているのである。


◆仕事の仕方を変える

 農業と地域の抱える問題が多面的なだけに、「新たな協同」の課題は実に広範にわたる。営農面に限っても、ア)主業的農業者の経営を守り発展させる課題、イ)直売所などを軸に小規模農家や兼業農家、女性グループなどの農業生産と所得を増やす課題、ウ)若者や退職者の就農をサポートする課題、エ)組合員の農地の管理や活用に関わる課題、オ)法人経営など新たな経営主体を育てる課題、などがある。さらにくらしの分野では、カ)いわゆる食農教育の課題、キ)高齢者の生活支援の課題、ク)子育て支援の課題、ケ)生活文化の向上を図る課題、コ)地域の環境を守る課題、サ)観光や文化など地域の価値を高める課題、シ)農業に限らず地域で所得機会を増やす課題、などが考えられる。
 最大の問題は、こうした様々な課題を具体的な「協同」に結びつけるためのJAの手法、あるいは仕事の仕方であろう。「課題」を「協同」に結びつける具体的手法がなければ、「新たな協同」も絵に描いた餅になってしまう。「具体策が見えない」、「取り組む余裕がない」というように、この点こそが大会議案への現場のJA組合長などからの懸念であった。
 このような「新たな協同」を育てるためには、これまでのJAの仕事の仕方を抜本的に見直す必要がある。従来通りの定型業務をこなすだけでなく、組合員や地域が抱える課題や問題を発見し、解決方法を模索し、それに必要な組織をつくるという、クリエイティブな仕事の仕方、そしてそれを担うスタッフ体制の確立なしに、「新たな協同」の創造は不可能といってもよい。
 難しそうにみえるが、こうした新しい仕事の仕方は、JAにとってけして未体験の領域ではない。たとえば、近年急速に広がり一つの業態として確立したJA直売所は、組合員の自然発生的な活動を基礎に、組合員とJAとが知恵を出し合いながら作り上げてきた「新たな協同」のビジネスモデルである。また、生活文化活動の分野では、組織者としての生活指導員の努力で「星の数ほど」の活動サークルを作り出しているJAも少なくない。さらに、担い手農家を主な対象に組合員のもとに足を運び、課題と要望を聞く活動をすすめているTACも徐々に成果を上げつつある。もともと、営農指導員の仕事もそのような性格のものだったのである。こうした経験則を積み上げながら、JAの新段階にふさわしい仕事の仕方を定式化していかなければならないだろう。
 JAにとって大事なことは、組合員の声を聞く仕事、組合員を組織する仕事、課題を解決するための具体策を立案する仕事、そうした仕事をJAの本来の仕事として位置づけることである。これらはすぐにJAの収益に結びつく仕事ではないが、この分野にきちんと人を配置することが必要である。生活指導員経費を「生活その他事業」に区分し、収支確立のために削減対象とするなどはもってのほかである。支所支店の統廃合によって要員面で比較的ゆとりがある今こそ、このような分野への積極的要員配置を行うべきだろう。
 と同時に、組合員と日常的に接触する渉外担当者や営農経済担当者をはじめJAのすべての職員が、組合員の声を聞きそれに答えることが本来の仕事だとする意識改革が必要だろう。JA職員は、組合員であり地域の生活者でもある。自らが肌で感じる課題をJAの活動や事業とどうつなげられるかという問題意識を持てば、課題発見はそう難しくないはずだ。


◆地域とのネットワークの拡大と農政運動の協同組合的再構築

 地域の期待に応えるという意味では、地域に関わる様々なネットワークづくりも意識的に取り組むべきだろう。JAひまわりが、商工会議所とJA青年部、女性部との交流や会議所青年部への職員派遣を行い、地元の寿司組合が町おこしで作ったいなり寿司を直売所で販売するなど事業面での提携を強めているのは、一つの典型例だろう。同JAでは、市長、市議会議員とJA役員との意見交換や情報交換を行うなど行政との連携も強めている。これらの活動は、これまでも多くのJAで多少なりとも取り組まれてきたことである。それらに意識的に取り組むことで、地域におけるJAの存在価値はいっそう高まるのではないか。
 最後に、JAグループが農業と地域に責任を持って関わるとしたら、農政運動の抜本的見直しは避けて通れないであろう。農産物価格の低落による農業所得の減少は、「六次産業化」や「農商工連携」などの小手先だけで対応できる問題ではないからである。冒頭に述べたように、15年間で農業所得が半減する事態に、JAグループは有効な農政運動を構築できてきたのかどうか、あらためて振り返ってみる必要があろう。構造政策がすべてを解決するかがごとき92年の「新農政」以降「担い手対応」に振り回される中、家族経営を守り、農業所得を確保するための農政運動がどれだけ取り組まれてきただろうか。今や農業産出額に占める米の割合は22%であるが、野菜は25%、畜産30%という状況にある。米以外の品目も含めた所得拡大、経営支援のための農政運動は切実に求められているのではないか。
 「政権交代」が実現した今こそ、地域や品目を基礎にした、農業者の思いが届く農政運動へと、農政運動の協同組合的な再構築が求められているといえるだろう。2010年は、農政運動再構築の正念場となろう。

(2010.01.05)