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【緊急特別寄稿】「朝日新聞」のTPP・通商国家論を斬る  大妻女子大学教授 田代洋一

・朝日新聞の異常な動き
・「通商国家」論を煽る
・日本は「通商国家」か?
・「韓国に遅れるな」の問題点
・「開国」ではなく「亡国」
・日本農業は自壊するか
・全販売農家への所得補償は間違いか?
・朝日新聞の歴史を振り返る

 元旦の主要全国紙は社説でTPP(環太平洋連携協定)への参加と「開国」による日本の改革を主張した。この問題では大メディアのほぼすべてが足並みをそろえる。しかし、その主張を吟味するといかに問題が多いかが明らかになる。関係者が"「語り部」となって"(JA全中・茂木会長)日本のとるべき道はどこにあるか広く説くためにも、メディア分析と反論は一層重要になっている。本紙もその役割の一端を担い国民的運動づくりに少しでも貢献したいと思う。今回は昨年末の朝日新聞社説を田代教授に緊急に分析してもらった。

◆朝日新聞の異常な動き


大妻女子大学 田代洋一教授 最近の朝日新聞は様子がおかしい。これまでの全国紙にはそれなりに政治的ニュアンスの相違があったが、朝日の急旋回で論調は全く似たり寄ったりになった。大新聞が一致して世論を形成し、政治を動かすようになったら恐ろしいことだ。しかし既にそれが「メディア選挙」に現われている。
 その朝日新聞が2010年12月20日付けの社説に「TPPと農業 衰退モデル脱却の好機だ」を掲げた。座視し得ない内容なので、年頭に当たりその主張を吟味したい。


◆「通商国家」論を煽る


 社説の論旨は次の通り。(1)資源に乏しい日本は通商国家として生きるしかないが、FTA戦略で韓国等に後れをとり、衰退モデルに陥っている。(2)TPPはそれを挽回する絶好のチャンスだが、そのためには農業改革が必須。(3)日本農業はTPPがなくても10年で自壊するが、それをもたらしたのは減反政策だ。(4)民主党の戸別所得補償は零細農家を温存し、農地の貸しはがしを引き起こしている。減反政策を廃止し、所得補償の対象を主業農家に絞り、アジア富裕層に向けてコメを輸出すれば、「貿易自由化はけっして怖くない」。
  朝日は、以前から生産調整廃止論(2008年3月18日)や、「安いコメで発展する道を」(2010年9月27日)などを主張していたが、10月はじめの菅首相のTPP参加表明から一段とその主張を強め(10月5日)、船橋洋一主筆(当時)の「日本@世界」の「通商国家の原点に返れ」「日本もTPPに積極的に参加を」(11月3日)で一挙にボルテージを高めた。
 11月8日の社説は「通商国家の本気を示せ」とオウム返しし、社外筆者による「経済気象台」も「TPPで新たな国造りを」(11月19日)と一色に染め上げている。


◆日本は「通商国家」か?


朝日新聞は2010年12月20日付けの社説に「TPPと農業 衰退モデル脱却の好機だ」を掲げた 朝日は「通商国家たれ」と主張するが、その定義はない。経済史的には古代のフェニキアや近代のスペイン、オランダのような中継貿易国家・商人国家を指すのが常識だろう。
 いま仮に輸出依存度(輸出額/GDP)を指標にとると、世界平均は25%、ドイツ40%、中国36%、韓国39%に対して、日本は16%、アメリカ8%だ(2007年)。過剰消費のアメリカを別にすれば、日本は貿易依存度がヨーロッパ・アジアに比べてかなり低い国だ。日本は、相対的に見ればそれなりに豊かな内需に依存した「もの作り」国であり、それを「通商国家」と言うなら、世界中が通商国家になってしまう。
 「だからもっと貿易依存度を高めろ」というのが趣旨なら、それは内需拡大を見限って外需依存度を高めろという主張に等しく、世界金融危機後の世界経済の課題に逆行する。


◆「韓国に遅れるな」の問題点


 朝日は日本がFTAで韓国に遅れをとっていると財界と一緒になって騒いでいる。確かに韓国の2010年の輸出は対前年比29%と著しい。しかしそもそも前述のように日韓は経済構造が違う。そのうえ輸出の伸張は、FTAもさることながら、ウォン安によるところが大きい。
 この4年で46%もの円高ウォン安、半値への切り下げである。これでは例え日本がTPPで工業関税を引き下げさせても、為替レートでふっとんでしまう。
 一種の為替ダンピング輸出だが、韓国を責めるのは筋違いであり、円の独歩高こそが問題の根源である。
 円の独歩高は、米欧の不況もあるが、(1)日本のグローバル企業が輸出のために非正規労働力に切りかえて国内賃金を引き下げる→消費不況→デフレ(物価下落)、(2)実質金利=<名目金利+物価下落率>なので、デフレだと高金利になる、(3)高金利をめざして海外から資金が殺到し円高化する、という国内論理も作用している。だから為替レートを正常化するには、国内賃金を引き上げ、内需を拡大してデフレを防ぐ必要があるが、通商国家論はそれに逆行する。
 なお、11月10日の朝日「時時刻刻」は、自由化により韓国の養豚農家が10年で7割も減った事実を伝え、「日本の将来図を示しているかもしれない」と警告している。つまり朝日は、一方では貴重な情報を報道しつつ、他方では自らそれを無視して「農業なき通商国家化」を説くわけである。
 食料やエネルギーの自給率の低い日本は、貿易である程度の黒字を稼ぐ必要がある。しかしその最大の相手はもはやアメリカではなくアジアだ。そのアジアは中韓、ASEAN諸国とも今のところはTPPにそっぽを向いており、TPPとは日米豪FTAでしかない。興隆するアジアに背を向け、沈みゆくアメリカにすがるTPP参加の道は、通商国家としてさえ愚策である。


◆「開国」ではなく「亡国」


 通商国家論は、小泉元首相の農業「鎖国」論や菅首相の農業「開国」論に通じるが、日本農業の平均関税率は11.7%で農業輸出大国EUの19.5%よりはるかに低いことは、農業関係者には周知のことだ。
 コメの高関税を槍玉にあげるが、多くの民族・国民は雑食で、「主食」という概念をもたない。手元の和英中辞典を引いても、「主食」のズバリの訳語はなく、「日本人は米を主食とする」の例文が載せられているだけだ。
 アメリカもセンシティブ(重要)品目である酪農品等はFTAの例外措置にしており、既に十分に「開国」している日本が主食の米を自給したからといって「鎖国」には当たらない。主食まで海外に委ねるTPPは「開国」ではなく「亡国」である。


◆日本農業は自壊するか


 日本農業はずっと以前から「あと5年、10年で自壊する」といわれ続けてきた。放っておいてものたれ死にというわけだ。にもかかわらず「どっこいおいらは生きている」。それが自壊論に対する何よりの反証だ。高齢者は意外に元気だし、直売所は「元気なおばあさん」に支えられている。
 土地利用型農業では、旺盛な拡大意欲をもつ家族経営や農業法人が着実に育ってきているし、中山間地域、高齢農家、兼業農家等も集落営農(法人)を組織している。地元企業等も耕作放棄地対策に立ちあがっている。自壊論はこのような日本農業の現実をみないで統計的平均値だけで「オオカミが来た」と煽る。
 統計的平均値が示すのは、いま日本農業が世代交代期にあるということだけだ。世代交代はたんなる個別経営のそれではなく地域農業の担い手の交代として着実に進んでいる。
 減反が日本農業を自壊させると朝日は言うが、米を自ら集荷・販売している農家も加工米等で生産調整に対応しており、その他の多くの土地利用型農業経営は労力分散のために転作を経営に取り込んで複合化を追求している。生産調整が規模拡大を邪魔しているというのも神話に過ぎない。


◆全販売農家への所得補償は間違いか?


 朝日は、戸別所得補償が東北等で貸しはがしを引き起こしているという(12月19日)。 筆者はこの間に府県の少なからぬ農村を歩いているが、実際の貸しはがしに出会ったことはない。規模の大きい東北では、まだ機械を有して自作復帰しうる中規模農家が少しはいるかも知れないが、圧倒的多数の貸し手は貸しはがして自作する条件にはない。
  米価下落や自由化による価格下落は、全ての販売農家を直撃する。それを全ての販売農家について補償することは整合的であり、決して間違っていない。自民党農政のように一部の規模階層に限定する選別政策の方が間違っている。
 民主党農政の間違いは、戸別所得補償の一点豪華主義に陥り、焦眉の課題である担い手育成、農業継承者・新規就農者支援など独自の構造政策をないがしろにしているところにある。また戸別所得補償政策だけでは米価下落を招き、過剰時の政府買い入れ等の価格支持政策が不可欠である。
 担い手に「経営リスクは何ですか」と聞くと、「政権が最大のリスクだ」という。プラス「メディア・リスク」だ。それらの果てのTPPという外因こそが日本農業を壊滅させる。
 米を輸出産業にするのも結構だが、その前に十分な食料自給力を付けることが先だ。低自給率をそのままにして輸出に奔走するのは一種の飢餓輸出だ。またコメの輸出先でダンピングを余儀なくされている現実も朝日はみようとしない。


◆朝日新聞の歴史を振り返る


大メディアに対抗する情報の発信・普及が欠かせない情勢になっている。写真は昨年の11月のTPP参加断固反対集会後のデモ 以上は社説そのものへの反論だが、根はもっと深い。
 第一に、「通商国家」論は日米同盟強化、日米安保堅持、辺野古移転といった対米一辺倒論の一環に過ぎない。
 第二に、その日米安保一辺倒論は反小沢キャンペーンと表裏一体である(『週刊金曜日』9月17日号)。小沢と朝日の確執は1990年前後の小沢の自民党幹事長時代からだが、それだけでなく小沢の安保相対化(駐留なき安保)論がアメリカと朝日の気にくわない。
 第三に、実は朝日は1990〜92年のガット・ウルグアイラウンド末期に、日本農業は「内部から危機に近づいている」「コメ市場開放に積極姿勢を」等、今と全く同じ主張を社説で執拗にくり返していた。つまり船橋一人ではなく、朝日そのもののDNAである。
 第四に、朝日は「不偏不党」のポーズをとりながら、現実には一党一派に偏した報道に傾き、それがあたかも抗しがたい真実であるかのごとくに世論を誘導する。朝日の「不偏不党」は、90年余前の米騒動の時に大阪朝日が発禁処分をくらいそうになり、それを避けるために掲げたスローガンであり、その下で朝日は右傾化していった。
 海外の新聞は政党色を正面に打ち出しており、日本の1000万部にも達する新聞の方が特異である。その大新聞もインターネットの普及で存亡の危機にあり、いよいよ広告収入(スポンサー)に頼らざるを得ないのだろうか。メディア分析、そしてメディアに対抗する情報の発信・普及が不可欠である。本年の本紙と本紙読者の奮闘に期待したい。なおTPPについては『TPP反対の大義』(農文協)に本紙執筆者が多数登場しているので参照されたい。


(写真)
大メディアに対抗する情報の発信・普及が欠かせない情勢になっている。写真は昨年の11月のTPP参加断固反対集会後のデモ

(2011.01.11)