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【提言】人間らしい生活ができる協同の空間づくりを 岡田知弘・京都大学経済学部教授

特集・地域と命と暮らしをまもるために 協同の力で人間を主人公とした被災地の復興を
・生きることを許された者の使命とは?
・東日本大震災の地域性と歴史性
・震災復興をめぐる二つの道
・「人間の復興」に向けて

 2011年3月11日に発災したマグニチュード9.0の巨大地震は、大津波を引き起こして三陸海岸から房総半島にかけての多くの沿岸集落・市街地を呑みこみ、阪神・淡路大震災をはるかに上回る2万人を超える死者・行方不明者をだす戦後最悪の惨事となった。
 さらに、この東日本大震災は、福島第一原発の炉心溶融・放射能漏れ事故や石油貯蔵所、市街地の火災を引き起こし、とくに原発事故は放射能の大気、海洋への拡散を通して、土壌、飲料水、農作物、水産物の放射能汚染を広域的に広げてしまい、4カ月を経過した時点においても、未だ収束する見通しが立たない。このため、10万人近くの被災者が、長期にわたる過酷な避難生活を強いられている。
 また、東北・北関東の生産拠点、インフラの破壊に加え、電力供給能力の縮減は、首都圏の生活や産業活動に多大な影響を与え、中小企業・業者、農家の経営や雇用もピンチに陥っている。

◆生きることを許された者の使命とは?

 被災地では、未だ瓦礫の処理も終わっていない。が、行政は復興計画を策定する段階に入っており、国や県レベルで復興計画の検討が本格化している。6月25日には、政府の復興構想会議が、「創造的復興」の観点から、提言を発表した。
 そこでは、「開かれた復興」をすすめるために、漁港再建の「選択と集中」や農業経営や漁業経営体への民間企業参入を復興特区によって図る等、震災を「TPP対応型」(米倉日本経団連会長)の構造改革再始動の好機とみなす考え方が押し出されている。
 だが、そのような構造改革こそが、地域経済や社会を崩壊させ、災害に弱い国土構造や地域をつくりあげてしまったのである。今後30年内にプレート連動型の巨大地震が発生する確率は80%を超える。そのような巨大地震の危険を考えるならば、これまでの東京一極集中型の国土構造や成長戦略、食料主権や国土保全機能を蔑ろにしてきた農林漁業政策、原子力に依存したエネルギー政策、地方自治制度改革を、根本的に見直すことが求められているといえる。
 今回の大震災で命を失った多数の犠牲者のためにも、一人ひとりの住民の命と暮らしが最優先される国を、住民の生活領域である地域から再構築していくことが、同時代に生を受け、生きることを許された私たちの歴史的使命ではないだろうか。


◆東日本大震災の地域性と歴史性

岩手県宮古市田老地区の津波被害 いかなる災害も、地域性と歴史性を有する。災害は、特定の自然現象が、特定の地域空間の人間社会に加える、人的・物的な損害であり、とりわけ震災や津波災害は強い地域性を有する。
 一方、復興構想会議の提言にも見られるように、「被災地=東北」という言説が意識的に流布されている。だが、これは不正確な認識である。というのも、人的・物的被害は、18都道県に及んでいるうえ、人的被害は東北のなかでも、宮城、岩手、福島の3県で99.7%を占める。しかも、各県のなかでは、三陸海岸の自治体に特定化された津波災害、内陸部での地震動による土砂崩れ、液状化といった、各地域固有の災害現象が起きており、「東北」という大くくりの地域把握ではすまされない、多様性と複雑性を有した災害の複合体として捉えるべきであり、基礎自治体を中心にした個別被災地ごとの復興政策の立案と実行こそが求められる。これを軽視ないし無視して、「TPP対応」「構造改革」を推進するというのは、復興政策として大きな問題がある。
 しかも、災害は、いつでも、その時代の社会構造の弱い環を直撃し、解決すべき社会問題を露にする。今回の東日本大震災は、経済のグローバル化と構造改革の遂行のなかで地域産業が後退し、過疎化と高齢化が進行し、コミュニティ機能が弱まり、買い物難民、医療崩壊、ガソリンスタンド難民が問題化していた東日本の農山漁村地域を直撃した。しかも、「平成の大合併」で基礎自治体の規模が広域化し公職員数が減少した被災地域では、災害の把握からはじまり孤立集落、家屋の確認、救援物資の配給にも困難を来しているところが多い。また、原発の「安全神話」を信じ、電源立地交付金や電力会社の寄付金等に依存していた原発立地自治体は、原発事故による強制退去という最悪の事態に陥った。
 さらに、経済のグローバル化の利益を一身に受け、東北や関東地域から水、空気、食料、エネルギーを得てきた東京圏の経済生活は、それらの供給がストップしたり、汚染されることにより、大きく混乱し、東京一極集中という現代日本の地域構造の脆さを一気に露呈することになった。これらの問題を生み出した政策を、さらに推し進めるのではなく、根本的に検証、見直すことこそ求められているのである。

(イメージ写真)
岩手県宮古市田老地区の津波被害


◆震災復興をめぐる二つの道

 他方で、震災からの復興は、ビジネスチャンスの一挙的創出という側面をもつ。今回の復興市場は20兆円を超えるともいわれている。政治面では、震災復興という「国難」を打開するための挙国一致的で集権的な政権への待望が強まり、国民意識の統合によって、これまで成しえなかった思い切った制度改革や行財政の再編への動きも加速する。
 現に、菅直人民主党政権は、震災前からの懸案であった、消費税率の引き上げを基調にした税制・社会保障制度の一体改革、TPP(環太平洋連携協定)への参加、そして道州制導入やさらなる市町村合併を、大震災を機に、自民党との大連立政権形成も視野に入れて推進する構えである。
 その背後には、日本経団連や経済同友会による、構造改革や道州制を求める要求があり、巨額の復興事業に期待をかける思惑も見える。
 例えば、4月6日に発表された経済同友会の「第二次緊急アピール」では、「東北の復興」にあたっては、「道州制の先行モデル」をめざすべきであり、一方で「規制緩和、特区制度、投資減税、各種企業誘致策などあらゆる手段を講じ、民の力を最大限に活か」しながら、「農地の大規模化、他地域の耕作放棄地を活用した集団移転、法人経営の推進、漁港の拠点化など大胆な構造改革を進めることによって、東北の強みを活かしながら、『強い産業』としての再生をめざす」べきだとする。これでは、被災地の復興はもとより、日本の持続可能性の再構築にも逆行することになる。
 実際、阪神・淡路大震災の際にも、「創造的復興」のかけ声の下で、震災前から計画されていた神戸新空港の建設や都市再開発事業が真っ先に行われ、被災者の生活や住宅の復興が後回しにされた。しかも、復興需要の9割が被災地域外企業によって受注され、被災者のくらしや住宅の再建、地域産業の再生がすすまず、10年以上経過しても「7割復興」と呼ばれるような状況に留まったうえ、600人を超える仮設住宅居住者が孤独死を遂げた苦い歴史的経験を有している。
 古くは、関東大震災の際にも「帝都復興」を最優先すべきだとする為政者の考え方があった。だが、これに対峙する形で、「人間の復興」という復興理念が提唱されたことに注目したい。
 これは、福田徳三・東京商大教授が使った言葉である。福田は、『復興経済の原理及若干問題』(1924年)という本のなかで、「私は復興事業の第一は、人間の復興でなければならぬと主張する。人間の復興とは、大災によって破壊せられた生存の機会の復興を意味する。今日の人間は、生存する為に、生活し、営業し労働しなければならぬ。即ち生存機会の復興は、生活、営業及労働機会(此を総称して営生の機会という)の復興を意味する。道路や建物は、この営生の機会を維持し擁護する道具立てに過ぎない。それらを復興しても、本体たり実質たる営生の機会が復興せられなければ何にもならないのである」と明快に述べた。
 この「人間の復興」という考え方は、時代を超えた普遍性を有しており、東日本大震災からの復興における基本思想として据えなければならない絶対的視座である。


◆「人間の復興」に向けて

 この「人間の復興」への道は、現に、2004年の中越大震災の折に全村離村を強いられた山古志村(現・長岡市)で、実践されたものでもある。仮設住宅生活のなかで「山古志に帰ろう」という合意を広げ、防災面に配慮しながら高齢者を含む住民の生活、住宅、生産基盤の再建を一体として図る復興計画を、昭和旧村ごとにつくり、3年後に7割の住民が村に戻ることができたのである。(関連記事・山古志村からのメッセージ
 東日本大震災の被災地域のなかでも、農山村部では、この山古志の経験がひとつの指針になると考えられる。また、都市部、市街地においても、小学校区などのコミュニティ単位での復興計画づくり、そこでの住宅を中心とした生活基盤と経済活動の再建を一体としてすすめていくことが求められているのではないだろうか。
 実際、被災2カ月後に現地で調査したところ、大船渡市や陸前高田市に隣接する住田町で、町が主導して、地元産材を生かした木造戸建仮設住宅を、被災者を雇用しながら建設を開始していたほか、三陸海岸のいたるところで、協同の養殖筏を組み、少なくなった漁船を協同で活用する方法で、非被災地域の支援を受けながら、水産業の復興に向けた地域内再投資力形成の取組みが広がっていた。
 何よりも、被災住民の基本的人権と、生活の再建、そのための住宅、生業、医療、福祉の再建を最優先し、被災者や基礎自治体での復興への取組みを最大限尊重し、県や国は、それを強力にバックアップすることが求められる。復興利得をねらう企業参入を規制することも必要である。だが、行政の取組みには限界がある。被災地の住民や経営体の再生のためには、被災地内外の協同の取組みを深化・拡大することこそ、精神面も含めて深い傷を負った被災者の「人間の復興」をすすめる大きな力となるのである。
 東日本大震災地域において、それぞれの地域の個性に合わせて、「人間の復興」を基本にした地域再生が、域外からの支援を得ながら、被災住民と基礎自治体の主体的な取組みによって可能になれば、それは構造改革によって疲弊しきった非被災地域を含めた日本社会全体を、人間らしい生活ができる協同の空間へと大きく変革していくことにもつながるといえよう。


【著者紹介】
1954年富山県生れ。京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。岐阜経済大学助教授を経て、京都大学経済学部助教授、同経済学研究科教授。専門は、地域経済論、農業経済論。日本地域経済学会理事長、自治体問題研究所理事長。主著に、『日本資本主義と農村開発』法律文化社、1989年、『地域づくりの経済学入門』自治体研究社、2005年、『一人ひとりが輝く地域再生』新日本出版社、2009年、『増補版 道州制で日本の未来はひらけるか』自治体研究社、2010年、『TPP反対の大義』(共著)農文協、2010年、『TPPで暮らしと地域経済はどうなる』(共著)自治体研究社、等がある。
岡田知弘
京都大学経済学部教授

おかだ・ともひろ
1954年富山県生れ。京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。岐阜経済大学助教授を経て、京都大学経済学部助教授、同経済学研究科教授。専門は、地域経済論、農業経済論。日本地域経済学会理事長、自治体問題研究所理事長。主著に、『日本資本主義と農村開発』法律文化社、1989年、『地域づくりの経済学入門』自治体研究社、2005年、『一人ひとりが輝く地域再生』新日本出版社、2009年、『増補版 道州制で日本の未来はひらけるか』自治体研究社、2010年、『TPP反対の大義』(共著)農文協、2010年、『TPPで暮らしと地域経済はどうなる』(共著)自治体研究社、等がある。

(2011.07.26)