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【提言】農産物の安全性とJAグループの役割 JA富里市常務・仲野隆三氏

福島の原発事故から学ぶ
・この難局にいかに打ち勝つか
・閉そく感からの脱却
・流通で起きていること
・自ら切り開く努力を

 大量の放射性物資の放出を引き起こした原発事故は土壌や農産物の汚染という農業に大きな打撃をもたらしている。国が定めた暫定規制値を超える放射性物質が検出されたものは出荷制限を受けることになったが、安全とされた農産物まで多くの産地で価格下落など、いわゆる風評被害に悩まされている。
 こうした事態を私たちはどう打開していけばいいのか。JA富里市の仲野隆三常務は「自ら行動して消費者に訴えることが大切」と強調する。

自ら行動して消費者に訴える


JAの役職員・組合員の力で
信頼の確立を


◆この難局にいかに打ち勝つか


JA富里市常務・仲野隆三氏 3月11日宮城沖を震源としたマグニチュード9.0の巨大地震は、激しい大地の揺れと巨大な津波を引き起こし、東北や関東沿岸の港町と農地を破壊するなどして多くの人命を奪い、その生活基盤までを失わせるにいたった。
 これに追い打ちをかけたのが東京電力の福島第1原子力発電所の事故である。巨大津波により原子炉をコントロールする電源がすべて停止、原子炉や使用済み核燃料の貯蔵プールの冷却が不能となった。この結果12日から15日にかけて原子炉建屋が水素爆発を起こし大量の放射性物質が大気中に放出された。
 安全だと言い続けられてきた原子力発電所が、コントロール出来ずにメルトダウンを起こしてレベル7の危機的状況に陥ったのだ。水素爆発で飛び散った核種は風下となった東海や関東、東北など広範な地域にフォールアウト(降下)して長期間にわたり多くの人々や動植物等に影響を与えることになり、さらに水や土壌を汚染した。
 3月17日、政府は食品衛生法に基づき「暫定規制値」を設け、さらに19日に茨城県産ホウレン草から暫定規制値を超えたヨウ素131が検出された。21日には原子力災害対策特別措置法に基づく暫定規制値を超えた野菜類の「出荷制限と摂取制限」が指示され、福島、茨城、群馬、栃木そして千葉の5県で暫定規制値を超えた野菜類が次々と公表されると、これをきっかけに放射能汚染のない野菜類までが流通段階で引取拒否や返品、さらに買い叩きに遭うなど風評被害が一気にひろがった。
 福島原発事故はいまなお終息しておらず、機械施設はむき出しの状態であり、汚染された街並みや農地、水さらに山林は今後数十年の歳月を要さなければ2011年3月11日以前の環境にもどらない。いま私たちは放射能被害と風評被害から逃げることが出来ない状態にあるが、むしろ逃げるのではなくこの難局に際していかに打ち勝つか、直接消費者に安全性を訴えるための行動を起こさなくてはならない。そのためにJAと組合員は何をすべきかここに提言したい。

 

◆閉そく感からの脱却


 4月下旬切羽詰まった状況のなか「風評被害を吹き飛ばせ!」と東京交通会館前で野菜の安全性を訴えるべく福島と茨城県のJAや行政のとった行動が記憶に新しい。
 1999年の所沢ホウレン草のダイオキシンや東海村JCOの臨界事故などの報道を見るといずれもその直後に風評被害が発生し、多くの組合員が販売先から受託拒否や返品に遭うなどして、その憂き目をみている。
 情報過多社会ではショービジネス化するニュース報道が風評被害を助長しているのではないか、”報道に迷わされている”、果たしてこのまま組合員やJAは押し黙ったままでよいのか、それで消費者に組合員の気持ちが伝わるのか、そんな切羽詰まった状況から福島県と茨城県の仲間達は”現状打破のために”消費者に訴える行動を起こしたのだと考える。
 特産野菜を持参して組合長が先頭に立ち放射能線量計を野菜にかざして消費者に安全性を訴える姿は、多くの消費者に理解されたのではないかと思った。また、この行動は多くのマスメディアで取り上げられ、野菜類に対する放射能の疑念が少しづつ解かれたのではないかと考える。
 風評被害は、放射能という「見えない恐怖心」によって生みだされた“野菜は大丈夫だろうか”、という消費者の疑念にある。その意味で当初政府から発表された暫定規制値などは曖昧な情報として映ったのではないか、またマスメディアも断片的な情報を報道して疑念を増幅させた責任がある。リスクコミュニケーションとして暫定規制値以下の野菜や、出荷や摂取制限が解除された野菜など詳細な情報を国民に知らせるのもマスメディアの役割だと科学ルポライターの松永和紀氏は述べている。
 マスメディアの報道のあり方も、彼らにとって情報とは「悪い情報は稼げる」であり「良い情報は稼げない」など報道の姿勢について松永氏は厳しく指摘しているが、まさにその通りだと思う。風評被害を打破するには妙手はないと考える。 放射性物質の検査数値など科学的なデータも揃えることは必要だが、最も有効な方法は「自らが行動し消費者に訴える」ことだと思う。この行動をマスメディアが国民に伝え、その取組みを多くのJAがリレーションすることで、さらに多くの国民が知り疑念が払拭されるのではないかと考える。誰かが何とかするとか、してくれるとかではなくJA役職員が先頭に立って行動しなければ風は起こらないのである。

 

◆流通で起きていること


「買い控えを吹き飛ばせ! 福島・茨城の農家を応援しよう」と東京交通会館と銀座農園が4月1日から東京・有楽町駅前の交通会館マルシェで開いた農畜産物直売イベント 風評被害が吹き荒れている4月から5月に首都圏の量販店や外食産業、さらに卸売市場に緊急調査を行った。大手量販店(Y社)は消費者からほかの野菜も危ないのではないかと抗議されるなど、野菜仕入れには相当悩んだという。現在も暫定規制値以下の野菜を仕入れ販売を行っているが、課題は消費者に対して安全性の根拠が曖昧だと信頼されないため、具体的には行政から公表されている出荷や摂取制限情報に目配りをするなどして野菜を仕入れているのが現状である。
 直販取引では契約農家を守るため独自に放射能検査を実施して、安全性を確認してから広告掲載するようにしている。また併せて店員に対して正しい情報を伝えて消費者に説明できるように対処している。今後長期間にわたり農畜産物など食品は放射能とむき合わなければならない。その対応ができるJAや組合員等との契約取引を考えたいとしている。
 関東、東北などで外食産業と契約栽培をしている組合員や農業法人は最も厳しい状況にある。3月17日大手外食産業は自社農場を閉鎖して、周辺農家との契約取引も停止したと報道、そのコメントは「消費者に安全な料理を提供するのがレストランのつとめ」として安全な食材を海外に求め、国内では西南産地に契約農場を移すとしている。中小の外食産業は行政の放射能検査だけでは納得せず、直接組合員に放射能検査を要求しているのが実態である。
 加工卸会社や企業は組合員に契約野菜を検査しなければ取引はしないと迫り、組合員が行政やJAに相談するケースが増えている。一例として、取引業者は行政の放射性物質検査(モニタリング)以外に検査を求めてくるため、組合員は個人で検査費用(1点2万6千円)を負担しなければならない。さらに検査で暫定規制値を超過すれば取引は停止される。そのうえに個人検査であるため原子力特別賠償措置法(補償)の対象にすることが難しい。理由は、行政の定めたもの以外は受け付けてくれないからだ。さらにJA販売事業を経由していないと対応してくれないなど課題もあるが、出資者が組合員であればその利用如何に関係なく、その相談に対応するのがJAの責務であり、営農指導部署で対応させる必要もあるのではないか。
「買い控えを吹き飛ばせ! 福島・茨城の農家を応援しよう」と東京交通会館と銀座農園が4月1日から東京・有楽町駅前の交通会館マルシェで開いた農畜産物直売イベント 最後に4月20日時点での卸売市場での野菜流通について概観したい。業務関係は外食産業の一部や、コンビニ(物販・加工含め)での制限がやや厳しい。学校給食は産地によって厳しく納品制限が求められている。一方、産業給食は比較的に緩やかな対応が利く。量販店取引では基本的に市場流通品は取り扱うが、乳幼児等のいる消費者はかなり過敏な状態にあるので産地はモニタリングされているものを調達する。ただ主婦層など年齢が高い層ほど被災地への応援として消費する傾向が強くなっているようだ。

(写真)「買い控えを吹き飛ばせ! 福島・茨城の農家を応援しよう」と東京交通会館と銀座農園が4月1日から東京・有楽町駅前の交通会館マルシェで開いた農畜産物直売イベント

◆自ら切り開く努力を


 野菜の放射能汚染の拡大によって3月4月にかけては風評被害により販売面で苦しんできた。その後も神奈川、静岡の新茶や東北地方の草地や肉牛などから暫定規制値を大幅に超過してセシウムが検出されている。セシウムは東北、関東、東海一帯に降下しており土壌表面に吸着され、カリとの疑似性から僅かだが作物に吸収されると考えられる。その意味では今後とも多くの農畜産物からセシウムが検出される可能性があると考える。
 対策として自主検査の取組みについて考えたい。多くの組合員の気持ちを代弁すればあまり騒ぎ立てず、静かに時が過ぎ行くのを待つ、と考えるのだが、これまで述べてきたように安全性なしには消費者と「食と農業の信頼関係」は作れないと考える。
 またJA役職員は放射能検査が「やぶ蛇となる」ことを恐れ消極的な意識に陥ると思うが、これまで農薬等のポジティブリストへの対応にあるようにトレサビリティーは多くの組合員に定着している。その延長線で農畜産物等の放射能検査をJAが行政と連携して自主検査すべきではないか、そのことで風評被害に対してとってきた行動がそこに生かされるのではないかと思うし、そうすべきだと考える。

(2011.08.04)