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【提言】地域と命と暮らしを守るために 次代へつなぐ協同を  JC総研 研究所長・東京大学教授 鈴木宣弘

・相互扶助制度や組織こそがこれからの日本を守る
・真の姿を自らが伝える
・農協の役割を見つめ直そう
・誰のために頑張るのか

 幕末に日本に来た西洋人が、質素ながらも地域の人々が支え合いながら暮らす日本社会に「豊かさ」を感じたように、もともと我々は、貧富を問わず、またハンディのある人も、分け隔てなく共存して助け合って暮らしていける「ぬくもりある」地域社会を目指してきた。
 横暴な市場競争にゆだねるだけでは、ぬくもりある社会が崩れていくから、その限界を修正し、支え合える地域社会を維持するために、様々な制度や組織がある。農協組織もまさにそうである。

農業協同組合人として生きる

◆相互扶助制度や組織こそがこれからの日本を守る

JC総研 研究所長・東京大学教授 鈴木宣弘 幕末に日本に来た西洋人が、質素ながらも地域の人々が支え合いながら暮らす日本社会に「豊かさ」を感じたように、もともと我々は、貧富を問わず、またハンディのある人も、分け隔てなく共存して助け合って暮らしていける「ぬくもりある」地域社会を目指してきた。
 横暴な市場競争にゆだねるだけでは、ぬくもりある社会が崩れていくから、その限界を修正し、支え合える地域社会を維持するために、様々な制度や組織がある。農協組織もまさにそうである。
 しかし、貿易自由化や規制緩和によって、利益を拡大しようとする大企業などにとっては、人々が相互に助け合い、支え合う社会を形成するための制度・組織はじゃまである。特に、農産物自由化の見返りに利益を得ようとする人々が、従来から、農業や農協を「悪者」に仕立て上げようと、歪められた世論形成を展開してきた。
 その動きは、TPP(環太平洋連携協定)の交渉参加をめぐって、強化されつつある。そうした人々は、一部マスコミも一緒になって、情報を操作し、国民を欺いて、自分たちの利益を増やそうと手段を選ばない。真実を語ろうとする者を潰し、助け合う社会を守ろうとする制度や組織を執拗に攻撃する。
 つまり、裏返せば、実は、いまマスコミで批判されている相互扶助のための制度や組織こそが、これからの日本を守るのだということを認識すべきである。農協組織もそのことを強く認識し、へこたれることなく戦うべきである。


◆真の姿を自らが伝える

 TPPをめぐる議論では、農業関係者が農業の理解を求めようとすると、逆に批判の対象になるので、できるだけ「他分野も大きな打撃を受ける」という農業以外の話をしようとする動きもある。それも大事だが、農村現場の最先端で努力している人々が、自分たちの生産物の価値、農がそこにある価値について、「最前線で日々努力している自分たちが真の姿を伝えなくて誰が伝えるのか」という想いで、地域住民、国民と正しい理解を共有しなくてはならないときである。
 これまで、我々は、残念ながら、意図的に歪められた世論形成に押されて、農業・農村で踏ん張って、地域と日本の食とコミュニティを支えている人々の真の姿を伝え切れていないことを、農家、農協、行政、研究者も含めて、関係者の共同責任として反省し、いまこそ、流れを転換しなくてはならない。


◆農協の役割を見つめ直そう

 農協が拠って立つ農村現場を見つめ直してみると、農業所得の低迷は長期化し、経営環境は悪化している。例えば、最近の稲作経営では、0.5ha未満層は、所得がマイナス、つまり、稲作収入で支払経費をまかなえない状況であるが、飯米農家を含めると、この階層のコメ生産に占めるシェアは18%もあるというのが、農林水産省の推計である。同じく所得がマイナスの0.5〜1ha層の生産シェアは23%もある。1〜2ha層は19%、2〜3ha層は8%を占めるが、これらの階層も他産業並みの所得は得られない、つまり、企業的には赤字経営の状態である。これらを足すと、生産量で約70%に及ぶ経営が赤字である。
 しかも、食料関連産業の生産額規模は1980年の48兆円から2005年の74兆円に拡大している中で、農家の取り分は12兆円から9兆円に減少し、農業段階の取り分シェアは26%から13%に落ち込んできている。その分、加工・流通・小売、特に小売段階の取り分が増加してきていることが農林水産省の試算で示されている。このことから、特に最近の小売段階の取引交渉力が相対的に強すぎることが、いわゆる「買いたたき」現象を招き、農家の取り分が圧縮されている可能性が懸念される。
 そもそも、なぜ、農協には独占禁止法の適用除外が認められているのか。それは、個々の農家の販売力、取引交渉力が、農産物の買い手である卸売業者、加工業者、小売業者等に対して相対的に弱いので、不当な「買いたたき」に合わないように、組織的な共同販売(共販)を認め、それにより「集中度」(農協による販売シェア)が高まることを認めることで、対等な取引交渉力、ガルブレイス(1908―2006、ハーバード大学名誉教授)の言う「カウンタベイリング・パワー」(拮抗力)の形成を促す意図に基づいている。まさに、そもそも、農協設立の大きな目的の一つはこの拮抗力形成にあった。価格形成力を強化し、努力に見合った農業所得を確保する農協の使命を肝に銘じるときである。


◆誰のために頑張るのか

 いまから100年も前に、「農学栄えて農業滅ぶ」と警鐘を鳴らしたのは、「農学の祖」と呼ばれる横井時敬先生(1860〜1927年)であったが、この言葉は、いつ聞いても身につまされる。しかし、非常に畏れ多いことではあるが、よく考えてみると、この言葉はおかしい。なぜなら、農業が滅んだら、農学も滅ぶからである。農業が滅んで農学だけが栄えることはできない。つまり、横井先生の警句の先には、「農業滅んで農学滅ぶ」(鈴木宣弘作)が待っていることこそを我々は肝に銘じなくてはならない。
 これは、何も、大学の農学部にかぎったことではない。私は、しばしば、「組織が組織のために働いたら組織は潰れ、拠って立つ人々のために働いてこそ組織は持続できる」ということを、いろいろな場で申し上げている。どんな組織も、目先の組織防衛ではなく、現場で努力している人々が長期的に発展できるかどうかが、組織の将来も左右することを忘れてはならない。農協も同じで、「農業滅んで農協滅ぶ」となる。
 また、農産物を安く買いたたいて儲かっていると思っている企業や消費者がいたら、これも間違いである。それによって、国民の食料を生産してくれる産業が疲弊し、縮小してしまったら、結局、みんなが成り立たなくなる。
 日本では、自己や組織の目先の利益、保身、責任逃れが「行動原理」のキーワードにみえることが多いが、それは日本全体が泥船に乗って沈んでいくことなのだということを、いま一度、肝に銘じるときではないかと、自戒の念を込めて思うのである。
 とりわけ、組織のリーダー格の立場にある方々は、よほど若い人は別にして、それなりの年齢に達しているのであるから、残された自身の生涯を、拠って立つ人々のために我が身を犠牲にする気概を持って、全責任を自らが背負う覚悟を明確に表明し、実行されてはいかがだろうか。それこそが、実は、自らも含めて、社会全体を救うのではないかと思う。いくつになっても、責任回避と保身ばかりを考え、見返りを求めて生きていく人生は楽しいだろうか。農家の皆さんが困っているときは、「農協が何とかするから大丈夫だ」と言える農協でありたい。
 農業協同組合こそが、まさに、地域コミュニティの支柱として、地域の農業と、それを核にした地域住民の生活全体を支える地域協同組合としての役割を、今までも果たしてきたし、さらに、将来に向けて、そうした役割を今こそ強化し、大震災においても見直された「絆」を大事にする日本人の本来の生き方を取り戻し、日本の地域の再生に寄与する中心的存在となることが求められ、期待されている。
 農業協同組合の活動に対するメディアなどの意図的な批判も多く、一般の方々からも、そうした報道の受け売り的な批判を含め、農業協同組合組織に対するネガティブな意見を耳にすることが非常に多くなってきているのも、残念ながら事実である。
 こうした批判を払拭するためには、揺るぎない実績の強化によって、農家のみなさんと地域住民の信頼をさらに強固なものにし、国民全体に納得してもらうことが急がれている。

(2012.10.04)