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【提言】 世界の協同組合運動の歴史と期待・村田武(愛媛大学教授)

・グローバル金融資本主義と2012国際協同組合年
・地球温暖化との闘いの先頭に協同組合
・ドイツに「エネルギー協同組合」設立運動の波
・再生可能エネルギー事業の展開を
・総合農協の総合性をさらに強化

 アメリカ金融大手リーマン・ブラザーズの2008年9月15日の破綻が、またたく間に欧米金融機関の信用不安に広がり、株価暴落をともなった世界金融危機は、各国の金融機関への公的資金の投入では収束せず、「100年に一度」といわれる歴史的な世界同時不況となった。そして、この4年間、政府債務が巨額化し、金融機関の信用不安は解消されず、米欧金融当局の度重なる金融緩和による景気刺激も効果が薄く、世界経済は回復の糸口すら見えない状況にある。
 この世界同時不況が明らかにしたのは、現代の世界経済がグローバル金融資本主義としての性格を強めたことである。ひとつには、先進国大企業のほとんどが多国籍企業になり、製造業が国境を超えてグローバルに編成されるようになった。
 いまひとつは、国際基軸通貨国アメリカの金融資本の主導のもとに世界的な金融自由化が進み、グローバルな資本移動を基本とする国際金融システムが構築された。そして、多国籍企業化した大企業が、国内の労働集約的な生産工程を低賃金の発展途上国に移して逆輸入で競争する戦略を採用したことで、先進国の産業空洞化がひどくなった。つまり、多国籍企業の生き残り競争が、先進国における失業・国民生活破綻、地域経済の疲弊に直結することがあからさまになったのである。

グローバル金融資本主義の挑戦に
協同組合はどう応えるか

◆グローバル金融資本主義と2012国際協同組合年

むらた・たけし 昭和17年福岡県生まれ。京都大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程中退。金沢大学教授、九州大学農学部教授、同大学大学院農学研究院教授を経て、平成18年より現職。主著に『農政転換と価格・所得政策』(共著、筑波書房、2000年)など。 アメリカ金融大手リーマン・ブラザーズの2008年9月15日の破綻が、またたく間に欧米金融機関の信用不安に広がり、株価暴落をともなった世界金融危機は、各国の金融機関への公的資金の投入では収束せず、「100年に一度」といわれる歴史的な世界同時不況となった。そして、この4年間、政府債務が巨額化し、金融機関の信用不安は解消されず、米欧金融当局の度重なる金融緩和による景気刺激も効果が薄く、世界経済は回復の糸口すら見えない状況にある。
 この世界同時不況が明らかにしたのは、現代の世界経済がグローバル金融資本主義としての性格を強めたことである。ひとつには、先進国大企業のほとんどが多国籍企業になり、製造業が国境を超えてグローバルに編成されるようになった。
 いまひとつは、国際基軸通貨国アメリカの金融資本の主導のもとに世界的な金融自由化が進み、グローバルな資本移動を基本とする国際金融システムが構築された。そして、多国籍企業化した大企業が、国内の労働集約的な生産工程を低賃金の発展途上国に移して逆輸入で競争する戦略を採用したことで、先進国の産業空洞化がひどくなった。つまり、多国籍企業の生き残り競争が、先進国における失業・国民生活破綻、地域経済の疲弊に直結することがあからさまになったのである。
 また、新たな国際金融システムの構築は、巨額の貨幣資本の金融市場への滞留と国際金融における投機の横行という金融資本主義の暴走につながった。まさにグローバル金融資本主義の成立が生み出す矛盾がここにあった。
 09年12月に国連総会が12年を国際協同組合年と宣言する決議を採択した。これはまさに、このグローバル金融資本主義の暴走を押さえ、世界同時不況から脱出し、社会経済問題を改善するには、世界の協同組合運動の飛躍的発展に依拠せざるをえないという認識が国際社会の共有するところになったということだ。


◆わが国の協同組合へのグローバル金融資本主義の攻撃

 わが国は、グローバル金融資本主義の本拠であって、世界同時不況の発火点となり、大停滞と深刻な財政危機、国際基軸通貨ドルの覇権の大きな揺らぎに直面するアメリカの金融資本・多国籍企業・政府一体の、自国本位で他国に失業などの負担を転嫁させる「近隣窮乏化政策」の圧力下に置かれている。
 オバマ政権は、「5年間での輸出倍増」をアメリカ経済回復戦略の要とし、アジア太平洋経済協力(APEC)規模の自由貿易圏づくりをめざしている。もっかの焦点は、「環太平洋戦略的経済連携協定」(TPP)をアメリカ主導で拡大し、日本をそれに巻き込むことで、とくに金融・保険を含むサービスの、アメリカ並みの新自由主義的規制緩和による市場開放を日本に強制することにある。さらなる海外直接投資と外需依存型経済成長の追求をめざす日本の多国籍企業は、このアメリカに追随して、民主党政権に労働法制のさらなる改悪、医療制度や社会保障水準の切下げなどアメリカ基準への構造改革を迫っている。協同組合運動に対しては、農業協同組合の独占禁止法適用除外の廃止や農協の信用事業や共済事業の切り崩し攻撃となっている。
 だからこそ、「2012年国際協同組合年全国実行委員会」は、[1]協同組合を今後いっそう発展させるための基本的な理念と原則を明らかにし、[2]政府に対して、協同組合への新自由主義的構造改革攻撃ではなく、協同組合の自治と自立を尊重し、社会経済開発に貢献する協同組合の活動を支援する政府の役割を求める「協同組合憲章・草案」を国民的議論に付しているのである。
 農協陣営がTPPへのわが国の参加を阻止する闘いの先頭に立ってきたのは、グローバル金融資本主義の攻撃に真正面から対抗する意味で、2012国際協同組合年にふさわしい。というのも、TPPはまさにアメリカのグローバル金融資本主義的「近隣窮乏化政策」にわが国を引きずり込もうとするものであり、それとの闘いなしに、わが国が多国籍企業主導の外需依存型経済を脱し、国民生活と農業・中小企業・地域経済の再建への道はありえないからである。
 そして、11年3月11日の東日本大震災と東電福島第一原発過酷事故の結果、わが国におけるグローバル金融資本主義に対するいわば「生産点」の闘いとなったのが、電力会社による原子力発電中心の独占的発電・送配電の、再生可能エネルギー生産を取りこんだ多極分散型発電と発送電分離への転換である。これに関しては、内橋克人氏の「FEC自給圏」をつくろうという先駆的な提案が想起されるべきである。内橋氏は、「国民の生存権の基本を守る。生存権を脅かす類の国際協定があれば改めさせる。それが先進国の使命である。食(Food)・エネルギー(Energy)・ケア(Care)を自らの社会で確保する『FEC自給圏』を形成すべきだ」と主張されてきた。


◆地球温暖化との闘いの先頭に協同組合

 国連の経済社会委員会が、世界同時不況からの脱出、社会経済の改善には、協同組合運動とそれを支援する各国の政策が不可欠だと考えるにいたった背景に、いまひとつ地球温暖化を抑える国際社会の取り組み、とくに1997年の気候変動枠組条約に関する京都議定書(国連主催第3回気候変動枠組条約締約国会議で採択、2011年現在191カ国が批准)とEU指令によって、協同組合によるEU諸国での再生可能エネルギー生産が大きく前進したことがある。
 EUは京都議定書の温室効果ガスの5.2%削減という公約を共同で実施することとし、EU執行機関である欧州委員会が策定したEU指令に基づいて加盟各国の温室効果ガス削減目標の達成を指導した。EUの枠組みの基本は財政措置に関するもので、エネルギー資源に対する税制の統一化を各国に勧告した。EU燃料税の最低税率制度の適用を鉱油だけでなく、石炭・天然ガス・電力などすべてのエネルギーへの適用に変更したのである。これにドイツなどでは、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制をもった「再生可能エネルギー法」の制定があって、農村地域でのエネルギー協同組合づくりが急進展することになったのである(社団法人JC総研『ヨーロッパの農業協同組合の経験〜チェルノブイリ原発事故から再生可能エネルギー事業の取り組みへ〜』参照)。


◆ドイツに「エネルギー協同組合」設立運動の波

「村のお金は村の者に」というスローガンを掲げたライファイゼン・エネルギー組合の立ち上げ ドイツでは、あらゆる再生可能エネルギー発電の固定価格買い取り制度を導入した2000年「再生可能エネルギー法」(EEG)を契機に、エネルギー生産において再生可能エネルギーへの転換が進み、「エネルギー転換」といわれる時代を迎えている。そして、ドイツで新しく立ちあげられている協同組合の半ばは、農村での再生可能エネルギー協同組合である。新たに設立・登録されたエネルギー協同組合は、バイエルン州など南ドイツを中心に11年末で393組合を数える。
 08年に始まる世界同時不況のもとで、農村の再生と関わって新たな展開をみせるようになったのが、脱原発と再生可能エネルギー拡大戦略だといってもよい。エネルギー生産用に農村の土地が提供でき、再生可能エネルギー原料のバイオマス生産が環境保全につながることが注目されたのである。そして、再生可能エネルギーの地域供給をめざす「100%再生可能エネルギー地域」づくり運動が農村を先頭に始まった。「エネルギー生産を遠隔地の大電力会社から地域に取り戻そう」、「エネルギー生産から得られる利益を地域のものにしよう」と、この農村における「100%再生可能エネルギー地域」づくり運動を担う組織として一躍脚光を浴びたのがエネルギー協同組合だったのである。ここに今回のエネルギー協同組合設立運動の意義がある。
 ドイツの農村では、こうして地域のエネルギー資源を地域の所得源とし、地域経済循環の再生を図る動きが始まっている。そして、その担い手が、再生可能エネルギー協同組合であり、市民出資・ライファイゼン・バンク融資型のコミュニティ(農村自治体)所有協同組合が誕生しているのである。運動の発起人が農業者同盟であり、マシーネンリンク(農業機械利用仲介組織)、さらにライファイゼン・バンク(農村信用組合)であることが興味深い。農業者を支える協同組織が健在であって、それら協同組織の連携で、エネルギー生産を地域に取戻して地域経済循環を再生させようという動きがドイツ農村に広がっていることに注目したい。

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「村のお金は村の者に」というスローガンを掲げたライファイゼン・エネルギー組合の立ち上げ


◆再生可能エネルギー事業の展開を

ドイツの畜産経営者の間では、バイオガス発電が広く普及している。 わが国でも、中国地方の農協にみられるように、戦後農村の電化促進の期待に応えて、小水力発電事業に取り組んできた歴史をもつ。わが国農協陣営がその総合性を発揮して、脱原発と再生可能エネルギーによるふるさと再生に取り組んでほしい。
 固定価格買い取り制度をもった再生可能エネルギー法がすでに施行されている。小水力発電、畜産地帯での畜糞活用のバイオガス発電、間伐材等チップのバイオマス熱利用、風力発電、里山・荒廃地での太陽光発電など、それぞれの地域のエネルギー資源を生かした再生可能エネルギー事業の展開の先頭に農協が立つべき時代を迎えている。 

(写真)
ドイツの畜産経営者の間では、バイオガス発電が広く普及している。


◆総合農協の総合性をさらに強化

 カナダの協同組合運動家A・F・レイドローは、1980年のICA第27回大会(モスクワ)に提出した報告『西暦2000年における協同組合』で、多くの国でめざましい成果をあげている協同組合運動のトップに日本の農協を挙げた。そして、世界の協同組合運動が取り組むべきとした4つの「優先分野」の4番目「協同組合地域社会の建設」では、「日本の総合農協のような総合的な方法がとられなければならない」とし、日本の農協の事業方式を高く評価した。レイドローの遺言ともいえるこの報告での、わが国農協運動への期待を裏切ってはならない。今秋開かれる第26回JA全国大会がメインテーマとする「次代へつなぐ協同」の実践は、レイドローの期待を裏切らず、総合農協の総合性をさらに強化するという決意を世界の協同組合運動に表明するものであり、だからこそグローバル金融資本主義の挑戦・農協攻撃に対抗するわが国農協の2012国際協同組合年にふさわしい活動だと私は考える。
 そして、「地域でおぎないあい、外とつながりあう新たな協同」や「支店を核に、組合員・地域の課題に向き合う協同」には、教育文化活動の充実と強化によって、協同組合の理解促進と組合員組織の活性化が不可欠である。「次代へつなぐ協同」の実践には、近隣の先進農協、とくに教育文化活動の実践に心を砕き女性組合員との協働に成果を上げ、支店活動にも創意を発揮して地域農業振興の明確な計画を確実に実践している農協から学び合うことが、2012国際協同組年の目標であってほしい。


【著者紹介】
むらた・たけし 昭和17年福岡県生まれ。京都大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程中退。金沢大学教授、九州大学農学部教授、同大学大学院農学研究院教授を経て、平成18年より現職。主著に『農政転換と価格・所得政策』(共著、筑波書房、2000年)など。

(2012.10.11)