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2012年国際協同組合年に向けて 協同組合が創る社会を

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独禁法適用除外の解除論―「国連宣言」と逆行  JA全農・加藤一郎専務理事に聞く

・独禁法の適用除外は国際的に共通する考え方
・高シェアは安定供給求める組合員の結集力の結果
・肥料は「社会的共通資本」と見なす時代に
・新自由主義と市場原理主義の限界
・コミュニティの再生  協同組合の力で
・「辺境の地」を粗末にすると国、滅ぶ

 国連は2012年を国際協同組合年(ICY)とすることを昨年末の総会で宣言、各国政府に対して、協同組合の活動に関する法的行政的規制を見直し、適切な税制優遇措置などで協同組合の成長を高めるよう促した。
 しかし、わが国では行政刷新会議の規制・制度改革分科会で農協等への独禁法の適用除外見直しなどが検討事項とされるなど、協同組合の否定につながりかねない動きがある。
 とくに独禁法適用除外問題ではJA全農の事業に焦点が当てられ、政府の対処方針では「農業の健全な発展が阻害されるおそれがないか、実態の把握と検証を開始する」とされた。今回はこの問題をめぐってJA全農の加藤一郎専務に編集部が聞いた。加藤専務は、JAグループに対する排他的な行政措置や連合会に対する独禁法適用除外の解除の動きなどは、「『国連宣言』と逆行する」と強調している。

系統経済事業は協同組合運動そのもの


◆独禁法の適用除外は国際的に共通する考え方

JA全農・加藤一郎専務理事――最初にJAグループをはじめとする協同組合に対して独禁法の適用がなぜ除外されているのか、その基本となる考え方と、今回の議論の問題点をお聞かせください。
 農業生産は、天候などの影響を受けて作況が変動することもありますし、食料の安定供給をはかるという観点からも、共同出荷、保管や共同計算行為が不可欠です。これはEUや米国など諸外国においても同じで、協同組合は国際的にも独禁法の適用除外とされています。
 米国では反独占立法(反トラスト)の促進者が農民でした。こうした事実のもとに、米国の協同組合法は独占禁止法と密接な関係にあり、米国の反トラスト法のもとで、協同組合の行為を独禁法適用除外とする規定の存在意義は極めて大きいわけです。
 したがって、今回の規制・制度改革分科会農業WGの一部の委員のような、連合会を単に外形的な規模の基準で適用除外をはずそうとするのは、独禁法の適用を不安定なものとし、混乱を生じさせ、ひいては協同組合そのものの否定につながりかねない問題を含んでいます。また、わが国の農協法の専属利用契約も米国の協同組合法を受け継いだものです。

◆高シェアは安定供給求める組合員の結集力の結果

――今回の議論で事業規模が大きいとされたのは、肥料の事業のようですね。全農の肥料事業と独禁法、系統肥料事業の意義についてどう理解すべきでしょうか。
 一部で、行政刷新会議は「全農の化学肥料のシェアは7割に上り、寡占化が進み、実質的に独占的地位を行使して価格競争を縛り易くなっていると判断。独禁法の例外規定を見直し、全農に原則適用する方向が強まっている」(日経新聞5月26日付け)と報道されました。
 まず事実関係ですが、全農の化学肥料のシェアは6割で、JAの農家に対するシェアは8割、となっています。
 これをもって市場シェアが高いから適用除外の対象外とすべきだという主張がなされたわけですが、これは不適切な主張です。シェアが高いのは農家組合員の結集の結果。もちろん結集するか否かは組合員の任意です。
 農家やJAがかつてより大きくなった今日であっても、市場において有効な競争単位として競争する観点からすると、単独で対応するのは困難な場合が多く、連合会の補完機能が必要となります。つまり、農家組合員やJAがそうした補完機能を発揮するよう求めた結集の結果として市場シェアが高いのであって、われわれにはその期待、負託に応える事業が求められます。
 とくに肥料の場合はその品目特性にも留意する必要があります。
 肥料成分の3要素である窒素、リン酸、加里のうち窒素原料を除いて、わが国はほぼ100%原料を輸入に依存しています。しかも、世界の燐鉱石、加里の山元は数社に寡占化されている。市場経済、市場原理が最も進んだといわれる北米ですら、加里の山元はカルテルの適用除外として、輸出組合を形成し独占販売をしているわけです。
 燐鉱石にいたっては、米国は突然に輸出を禁止する措置を実施し現在に至っています。
 つまり、「肥料原料」はもはや単なる「原料」ではなく「貴重な代替不可能な天然原料」とみなされ、一企業の戦略から国家戦略のなかに組み込まれているといっても過言ではないと思います。したがって、肥料原料については、今や国際相場云々よりも、安定確保をいかに実現するかが課題となっているのです。そのためにも農家組合員の結集力を基盤にした購買力の強化が必要になります。

◆肥料は「社会的共通資本」と見なす時代に

――農家の結集にもとづくこの事業は日本の農業生産維持にとって不可欠だということですね。
 そうです。また、物流コストの面でも、肥料原料の輸入はバラ積み貨物船を満船にする物流量の確保が必須です。そのうえで原料保管、肥料工場への納入、製品製造、物流拠点での保管、農家までの個配送まで事業全体の最適化の取り組みも求められます。
 とくに農家の肥料需要は春肥、秋肥が大きな山となります。この実需期に間に合うように、全国の全ての農家へ必要な肥料を届ける必要があります。一方ではコスト削減のためには肥料メーカーの年間平準化した稼働率を確保する必要もあります。そこで実需者に対して早取り奨励措置などを加えた農家からの予約購買制度が重要となるわけです。
 このような原料手当てから製品の農家配送までの一貫したサプライチェーンを確立してきたことが、結果として、系統シェアの高位維持となっていると考えています。仮に適用除外が見直されると、JA全農の行っている共同購入、共同計算が独占禁止法で禁止されているカルテルとされ、共同経済行為ができなくなりますし、サプライチェーンそのものが崩壊する可能性がある。
――そうなればわが国の農業生産そのものが危うくなりますね。
 私は農業生産に欠くことができない基礎資材であり、原料を海外に依存している肥料は、先ほど話した世界的な動向からすれば単純に「商品」とみなす時代から、宇沢弘文東大名誉教授が提唱されている「社会的共通資本」とみなす時代になったと考えています。
 こういう時代に対応するためにも、協同組合としての事業結集の意義が高まっていると思います。
――21年度農業白書では、国際的に肥料需給がひっ迫するなかで、農家の肥料購入価格の上昇が抑えられた、との指摘がありますね。JAグループの総合的な経済事業対策の影響だと思います。
 肥料原料の高騰で08年は期中改定を行いました。この年は肥料だけでなく飼料、燃油も高騰しさまざまな対策をうち、結果的に生産コスト上昇対策として76億円対策を実施しました。とくに肥料についていえば肥料協同購入積立金を取り崩して農家の購入価格を据え置くなど、農家の負担軽減に努めました。
 そのほかJA段階でも生産コスト上昇対策を実施していただきましたし、全農は低成分銘柄への切り替えも促進しました。こうしたJAグループの総合力の発揮が一定の成果を上げたのではないかと考えています。
 このような系統経済事業は協同組合運動そのものであり、行政刷新会議の一部委員の一連の議論は、昨年末の「国連宣言」にまさに逆行するものだと考えています。

◆新自由主義と市場原理主義の限界

――お話を伺うと、今回の議論は、JAグループの「見解」(規制・制度改革に関する閣議決定に対する見解、6月18日)にあるように「組合員や利用者の権利を無視した課題提起」が行われたと改めて思います。背景には市場原理に委ねさえすれば公正な社会が実現できるという幻想があると思います。
 藤原正彦氏は『文芸春秋』7月号で「わが国は政治、経済の崩壊から始まり、モラル、家族、社会の崩壊に瀕している。日本の伝統的価値観とはなにか。人々が徳を求めつつ穏やかな心で生きる平等な社会の方が美しい。リーマンショックに始まりギリシャ危機、ユーロ危機につながる国際経済危機は新自由主義によるもの」と指摘しています。
 菅総理の“所信表明演説”では経済政策の“第二の道”が「生産性重視の経済政策。行き過ぎた市場原理主義。企業はリストラできても、国は国民をリストラできない。産業構造・社会構造と合わない政策」だったとして、“第三の道”として「新成長戦略……、グリーンイノベーション、地球温暖化対策、生物多様性の維持や、地域活性化戦略として農林水産業を地域の中核事業として発展させる」としましたね。
 
 
◆コミュニティの再生  協同組合の力で

 
 わが国は利益至上主義と市場原理主義に傾きすぎ、かつて日本の企業でも持っていた共同体的側面が急速に弱体化していると思います。
 また、国際分業論の名のもとに、生産性が比較劣位にあるわが国の農業を疲弊させ、都市と地方の格差は拡大、その結果、伝統的な地域のコミュニティすら崩壊の危機を迎えていると思います。
 鳩山前首相の施政方針では“新しい公共”を掲げ「円卓会議」や「新しい公共をつくる市民キャビネット」などがつくられました。
 しかし、この会議ではNPOや社会事業法人を「新しい公共」として推進する一方で、自治会、農協、生協、消防団、老人会、檀家制度を旧来型の「公共」と位置づけました。
 私はこの「旧来型の公共」の活性化こそ、コミュニティの再生には必要だと思います。そのなかで、協同組合は縦割り(農協、漁協、生協、労働金庫等)ではなく統一した協同組合基本法制定の検討も必要かもしれません。

◆「辺境の地」を粗末にすると国、滅ぶ

――今回の議論をふまえ、国際協同組合年に向けて私たちが考えなければならないのはどういう課題でしょうか。
 私は最近、内田樹氏の『日本辺境論』に関心を持っています。内田氏は「日本は辺境のままでいい。“辺”に生きる知恵。日本の歴史を振り返れば辺に徹した時期のほうが、文化的に独創性を発揮してきた。“辺”に徹することで自分たちを見直すべき時期がきた。帰農運動が全国で同時多発的に生まれてくるであろう」と書いています。
 歴史から学べることは、国家が滅びるときとは、物事が中心に集まってきて、おのずと、辺境から滅んでくることになる。辺境の地を粗末にすると、国家が滅ぶ。国家の興亡は辺境の地が生命線となりそれに左右される。だとすれば、農村社会の疲弊や農業の危機は国家の興亡につながると認識しなくてはならないということでしょう。
 時代の潮流は変化し、単なる農業という既成概念より、農の営みという考え方から、わが国の国の姿を見直す機運が生じてきていると思います。しかし、農業を維持発展させるJAグループの機能、地域社会に果たしているJAグループの役割は、まだまだ国民の理解を十分に得ていないと思います。
 わが国の各協同組合組織は「2012年国際協同組合年全国実行委員会」を設立し、協同組合が地域の活性化、環境保全や福祉の向上、食料自給率の向上や食の安全確保に対して果たしている役割を国民に理解を求める取り組みを進めることとしました。この運動を単なるイベントとせず、協同組合のもつ基本的価値について幅広く議論を深めたいと思います。
――ありがとうございました。

【著者】第4回

(2010.07.09)