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2012年国際協同組合年に向けて 協同組合が創る社会を

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【対談】「助け合い」「連帯」を見詰め直して  東京大学名誉教授・神野直彦氏―愛媛大学社会連携推進機構教授・村田 武氏(前編)

・「地方の反乱」逆転
・「保守派」もいろいろ
・民主党の「成長戦略」
・農業の知識産業化を

 対談は最初に、参院選の結果分析に触れ、次いで民主党政権の「新成長戦略」、さらに「日本農業再生の基本的方向と協同組合の役割など」3点を語り合った。議論は、市場の価格メカニズム、為替、地産地消の新しい動き、福祉、欧米の社会保障の実情などへと大きく広がった。

格差拡大の中での
「成長」には意味がない

 

【対談】「助け合い」「連帯」を見詰め直して  東京大学名誉教授・神野直彦氏―愛媛大学社会連携推進機構教授・村田 武氏
◆「地方の反乱」逆転


東京大学名誉教授・神野直彦氏 村田 神野先生は、菅直人首相が掲げている「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」という言葉の生みの親ですが、今度の参院選の結果をどう見ますか。
 神野 自民党の勝利なのかも知れませんが、いずれの政党も勝利しなかったともいえます。しかも、比例区では民主党は第一党の支持をえています。
 争点は消費税や税制改革であるといわれましたが、それよりも、1人区の問題を見ると、地方で民主党に逆風が吹いたことが大きかったと考えたほうがいいんじゃないかと思います。
 昨年の衆院選では、地方を基盤とした自民党が近年は都市に基盤を移そうとしたため“地方の反乱”が起きて自民党が負けたとされました。地方は民主党に地方経済の建て直しなどを求めたわけですが、それが期待はずれだったとして今回は逆風が吹きました。
 自民党は都会型の重視で失った地位を今回取り戻したとも考えられます。
 村田 民主党の小沢一郎さんが今回かき集めた候補は衆院選の時と比べて力不足だと思いました。私は愛媛の選挙区ですが、自民党は地方議員として、しっかりとその基盤に密着した人を立てて当選しています。
 また公共投資の削減とか農業者への戸別所得補償や子ども手当などについても次はどうなるかの確信ある見通しを民主党は地方に与えきれていませんでした。
 神野 国際的には日本人はスキャンダル・マニアといわれます。スキャンダルで支持率の落ちていく唯一の国だからです。日本人は細かいことには真剣に議論するけれども、本質的なことはあざけり、真面目に議論しようとはしません。
 そのため日本の社会の中で「助け合って生きていく」ということが理解されなくなっているのではないかと思います。
 フランスは社会保障給付がスウェーデンを抜いて世界で一番手厚い国になりましたが、日仏交流の会議やシンポジウムなどでの話を聞きますと、日仏の議論はかみ合わないのです。
 日本側は少子高齢化が進むと社会保障が増大して大変だと訴えますが、フランス側は「少子化対策などやったことがない。家族政策を実施しているだけ」などといいます。
 また経営者代表は「働くことと、家族生活の両方を大事にする労務管理をしないと優秀な人材が集まらない」とも説明します。

(じんの・なおひこ)
昭和21年生まれ。専攻は財政学。現在、地方財政審議会会長、政府税制調査会専門家委員会委員長。

 


◆「保守派」もいろいろ


愛媛大学社会連携推進機構教授・村田 武氏 手厚い社会保障に伴う高負担を実現させる「決め手は何か」との質問には「連帯(の精神)です」という言葉が返ってきて、そうなると日本側はもうパニックです。日本は「助け合い」が理解できない社会になっているのですよ。
 ヨーロッパのコンサバティブ(保守派)は日本のように市場原理をすべて取り入れるのではなく、フランスでもドイツでも逆の方向に動いています。
 金融をはじめとして農業でも市場のメカニズムに政府が介入しなくてはいけないと主張しています。
 もちろんナショナルなものを非常に重視しますが、中でも福祉を重視し、日本のようにすべてを市場に任せるというようなコンサバティブはもう余り存在しなくなっています。
 自民党の勝因の1つには市場重視の考え方をする人たちが「みんなの党」へ出て行って、後に残った組織が地方重視という印象を与えたことがあると思います。
 村田 自民党のほうが新自由主義ではもうもたなくなったということですね。
 神野 地域主権についてみても原口一博総務相が「緑の分権改革」を明確に打ち出した時の順位は「1丁目1番地」でしたが、今は9番目に落ちています。そうしたことを地方の人は肌で感じていると思います。
 財政再建にしても小泉純一郎政権時代に数値を決めて絞り込むやり方に地方は反発しましたが、民主党政権下でも同じようなことを甘受しなくてはならないのか、と肌で感じられる要因が出て来たのではないかと思います。
 村田 自民党が1人区で勝ったのは、公共投資が削減されるなどの中で、もう1度地域を見直そうという動きの先頭に立ってしまったという面があります。
 残念ながら左翼陣営は都市型であり、そうした動きを自民党に持っていかれたといえます。自民党は従来型の政治屋かどうかはともかく、地域の要求を掲げる旗頭となる政治家を育てていることは確かです。

(むらた・たけし)
昭和17年生まれ。京都大学経済学部卒、金沢大学教授、九州大学農学部教授、同大学大学院農学研究院教授・愛媛大学農学部教授を経て、平成20年より現職。

 


◆民主党の「成長戦略」


 では、話を民主党政権の「新成長戦略」に移します。先生が提唱される地域経済の再生や『「分かち合い」の経済学』からみて新戦略をどう評価されるのか。
 新戦略には農業分野で農業構造改革派のいうことと一緒の内容が盛り込まれています。「経済・財政・社会保障の一体的立て直し」と新戦略はどう整合性がとられているのですか。
 神野 菅首相が国家戦略担当大臣の時に、私は成長戦略を立てる必要はないと申し上げました。
 つまりこれまで成長してきた中で、賃金が低下したり、格差や貧困が溢れ出て生活が苦しくなった国民が増えているのに、なぜ成長を目指す必要があるのか、と申し上げたのです。
 経済発展というのは量的な成長だけをいうのではないのです。成長していても格差や貧困が溢れ出ている状況では、発展したとはいえません。
 経済の質的な構造がつくり出していく格差や貧困などさまざまな問題が解決されていなければ量的に成長したといっても意味がなく、なぜ成長を目指すのかわかりません。
 もし目指すことがあったとしても論理は逆で、貧困などの社会問題を解決する戦略として必要であるという限りにおいて考えるべきだーと申し上げました。
 しかしですね。メディアを中心として成長戦略のないのが民主党の欠陥だ、などと非難を受けて新戦略をつくったのです。
 その過程の議論も寄せ集めなら、でき上がりも“よろず屋”の店先みたいになってしまい、どういう発展のビジョンなのか、はっきりしないと思います。
 私はその時に、今後の経済発展の重要なポイントは産業構造の転換であるとも申し上げました。転換に成功した国は成長しており、貧困も是正しています。
 その教訓をスウェーデンなどに学べば質的な構造転換を重視しなければならないでしよう。
 私はかつて農水省の研究機関で客員研究員をしていて、同省の政策は“農業の工業化”だと思いました。
 農業生産物を工業製品と同じように扱い、冷凍実験をしてみたり、土地に資本投下して生産性を上げようといった発想でした。

 


◆農業の知識産業化を


 これはおかしいと考え、改めるべきだと提言しました。私は当時から、重要なのは人間と自然の最適な関係、地域の特色に応じた最適な質量変換だと考えていました。
 これからの農業には知識を大量に投入し、かけがえのない自然をいかに豊かにしていくかといった農業の知識産業化みたいなことが必要だとしていました。
 農業は、その時代の基軸となる産業の論理にいつも支配されます。人間の生活にとって根源的な産業であるからです。
 民主党の成長戦略もやはり農業の工業化ですね。
 村田 同戦略にはアジア太平洋地域自由貿易圏構想など色々ありますが、その考え方は圏内各国の食料自給力を高めた上での分業ではないのですよ。残念ながら、これまでの国際分業型構想の下での連携です。
 そうすると各国内の農業は構造調整をせざるを得なくなり、生産性や競争力で生き残れる部分だけが特化して残ります。これは自然と人間との最適な質量変換にそぐわなくなります。
 戸別所得補償もそうですが、新戦略も自民党政権時代に官僚が作ったものから脱却できていません。
 神野 国際的視点がない点では、沖縄の普天間基地問題も同じです。
 国際的秩序が大きく変わろうとしている時にそれをどう形成していくか、日本はどういう外交政策を新しく打ち出すべきか、普天間問題はそうした課題として位置づけられるのではなく、迷惑施設をどこへ移すかというレベルの議論だけでした。東アジア共同体とかに結びつけた議論にはなりませんでした。
 農業も同じで、どうしても視点を欠いてしまう議論としては通貨問題があります。それは通貨を市場に乗っけて売買する状況になったため価格メカニズムが機能しないという問題です。市場の価格メカニズムは本来、新しい産業構造への変化や、自然と人間との最適な資源配分を示すことになっていますが、それを示してはいないのです。
 それは価格機構が通貨を取引してしまっているので実体経済から独立したマネー経済が形成されているからです。

 

◇     ◇     ◇

 

 対談の中で語られた神野氏の農業に関する理論について、その著書から、ごく一部を参照のためピックアップしてみた。

 

農業に関する神野理論―(1)

知識社会の産業構造と農業


 神野理論は、近著『「分かち合い」の経済学』(岩波新書、2010年)で、社会は今、重化学工業を基軸とする大量生産・大量流通の工業社会からポスト工業社会へ、すなわち知識産業を基軸とする知識社会への転換期にあるとして、「知識社会の産業構造」と農業を次のようにとらえている。
 「知識社会でも、農業や工業が消滅するわけではない。・・・生命ある自然との接触なしには、人間の社会の発展はありえない。大地への働きかけである農業は、人間の最も根源的な営みである。それ故に大地への耕作(cultivation)は、文化(culture)を意味する。緑なす耕作地を未来の世代に残さなければ、人類の発展はありえない。
 知識社会の産業構造は、図のように、中核に生ける自然に直接働きかける農業があり、その周辺に工業が存在し、表層を知識産業が被うことになることを理解したほうがよい。知識社会になると、農業にも工業にも、表層を覆う知識産業の論理が浸透していく。・・・知識産業では対象とする人間への理解を深めて知識を生産するように、農業でも対象とする自然への理解を深めて、自然に知識を投入して自然の肥沃度を高めようとする。つまり、知識集約的農業が展開することになる。」(182―83ページ)
 すなわち神野氏にあっては、地球温暖化のもとでの有機農業や環境保全型農業などの環境にやさしい農業の追求が、「自然の肥沃度を高める知識集約的農業」と肯定的に理解されているとみられる。 

 
後編はこちらから

【著者】第8回

(2010.08.20)