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21世紀日本農業の担い手をどうするか-常識の呪縛を超えて-

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米戸別所得補償交付金2万6000円を 畑作営農継続支払も同水準に

・統一的な交付金制度
・畑作物の数量支払
・米の定額部分の算出方式
・定額部分2万6000円の提案
・畑作物営農継続支払

 この連載も瞬く間に最終回を迎えた。本来は連載全体のまとめを行うべきところだが、戸別所得補償制度が本格実施をめぐって重要な局面を迎えていることから、本格実施案の単価設定をめぐる提案を行って、まとめに代えることにしたい。

◆統一的な交付金制度

seri1012210101.gif 表1に示したように、本対策では米の定額部分(固定部分)と変動部分は所得補償交付金と米価変動補てん交付金に名称変更されて継続している。畑作に拡大された本対策では、米の定額部分に該当する所得補償交付金は一定単収までは面積払として先払いされ、この単収を超える部分については数量払として追加支払いされることになった。
 注意を要するのは従来の経営所得安定対策では面積固定払(全体の7割)に加えて数量払(同3割)が行われ、すべての単収レベルで積み上げ型の支払体系となっていたのに対し、本対策では一定単収まではもっぱら面積払が行われ、これが営農継続支払という性格を与えられて先払いされるとともに、この単収を超えた部分についてはもっぱら数量払が行われ、先払いされる面積払を超える金額が追加支払いされて、生産拡大を促進する役割を担うとされたことである。
 ところで、概算要求説明文書によれば、一定単収とは小麦の場合で10a当たり189kgであり、412kgの平均単収に比べて著しく低く、市町村レベルでみれば1.27%がこの単収以下に属するにすぎず、面積払だけが実施される市町村は事実上存在しない(大豆の場合は平均単収203kg、一定単収105kg、これ以下の市町村割合は3.57%)。
 したがって、畑作物では生産性向上を重視して数量払が基本とされる一方、面積払は営農継続支払として所得補償の下限を意味し、実態的にはもっぱら先払いの役割を担うものになったのである。
 こうして戸別所得補償交付金は米と畑作物に対して「標準的な生産費?標準的な販売価格」という統一的な基準でコスト割れを補てんする制度としての性格を確立したといってよい。この基準が直接に適用されるのは米の所得補償交付金(定額部分に該当)と畑作物の所得補償交付金(数量払)であって、畑作物の面積払はこの基準を準用する位置にあるとみるべきであろう。


◆畑作物の数量支払

 注目すべき点は畑作物の数量支払にあたって標準的な生産費として全算入生産費が採用されたことである。
 詳しい説明は不明であるが、恐らくは第1に、普通畑作では構造改革は「基本的に完了」しているものとみなされ、すべての生産者が担い手として支援対象となると判断されたこと、第2に、自給率向上の視点から畑作物の増産が不可欠であり、数量支払はそのための有力な手段となることが求められたことがこうした政策選択の背景にあると考えられる。もちろん、理論的にいえば、生産費は平均値ではなく、生産費の最も低い生産者から生産量を累積していって、必要生産量に達した点での最も高い生産費(バルクライン生産費)が基準となるべきではあるが、第1段階の制度設計としては十分に納得できるものである。
 こうした理論的に明確な基準にしたがって算出された数量支払の単価が小麦・大豆では現行の経営所得安定対策の単価水準を上回ったことは重要であろう(反対にてん菜やでん粉原料ばれいしょでは下回ったが)。

 

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◆米の定額部分の算出方式

 ここで改めて問題となるのが米の定額部分である。
 構造改革が「完了した」とみなされる畑作物で全算入生産費が採用されたということは、米においても構造改革の着地点において採用される所得補償の基準となる生産費は全算入生産費だということを意味している。
 しかし、第1に、米では構造改革が遅れているから、すべての生産者を担い手として支援すると零細な農業構造を温存してしまう恐れがあること、第2に、食用米は現在過剰局面にあり、積極的に生産を奨励する状況にはないことが政策当局のスタンスであり、全算入生産費を採用しがたいという立場を取っているものと判断される。とはいえ、平均的な生産費を採用すれば、平均以上の高い生産費の生産者の再生産を満額補償するわけではないことから、構造改革促進的でありうることは十分に考慮されるべきであろう。
 表2に様々な算出方式を示した。このうち、定額部分1万5000円/10aを導き出す根拠とされた標準的生産費1万3703円/60kg(家族労働費8割評価)は、第1に、経営費(または生産費)に副産物価額を含めていること、第2に、経営費と家族労働費の7年中庸5年平均を取る際にそれぞれ独立の年を取って合計していることから、とても合理的なものとはみなしえない。それは家族労働費を8割評価するか、10割評価するか以前の問題である(詳細は前回論じた)。
 そこで、農水省が1969年9月以来採用している副産物価額差引方式(農政調査委員会編『農林統計用語事典』1975年、437【?】440ページ)に基づいて、支払利子・支払地代算入生産費を採用し、家族労働費8割評価で定額部分を算出すると1万1766円、10割評価だと2万193円となる。経営の再生産の視点からすれば家族労働費の10割評価が基本とされるべきだから、10a当たり2万円が定額部分の最低ラインとして指摘されるであろう。


◆定額部分2万6000円の提案

seri1012210103.gif しかし、この水準は不十分である。なぜなら、第1に、平均的な生産費を実現している2ha前後の経営においても、自作地の一部には新規購入した農地が含まれ、自作地地代の計上が経営の再生産にとっては不可欠であるばかりでなく、大規模経営の少なくない部分が担保力確保などの視点からも農地の購入を行っている現実があるからである。同様の点は自己資本利子についても指摘できる。自作地地代・自己資本利子は10割評価される必要性があるとはいえないが(相続などにより無償で農地や資本を取得したことが想定されるからである)、一定部分を評価して生産費に算入することが求められるのである。
 第2に、定額部分は米の生産調整への参加メリットという性格を有しており、生産調整が限りなく100%に近い水準で達成されるためには米モデル事業の1万5000円では不十分だったことが明らかだからである。
 需給引き締め基調の生産数量目標の提示と生産調整への100%参加を保証するためには定額部分の大幅引き上げが必要であり、それが米価低落を事前に防止する最善の方法となる。この下では米価変動補てん金の出動の必要性が大きく減少し、その水準も小さくなることが見通される。定額部分の引き上げの財源は米価変動補てん金の一部から捻出することができるであろう。
 したがって、筆者としては家族労働費10割評価を前提にして、自作地地代・自己資本利子の1/4(25%)を支払利子・支払地代算入生産費に上乗せした2万6000円(厳密には2万6067円)/10aを定額部分として提案したい。
 こうすることによって初めて米と畑作物が共通に全算入生産費を基準として所得補償が行われることが鮮明になり、米における水準はまた、全算入生産費ベースの6割程度に該当し、定額部分の算定の意味が明確になるからである。


◆畑作物営農継続支払

 こうして算定された米の定額部分2万6000円/10aと匹敵する額を畑作物の営農継続支払(面積払)の水準として提案したい。その根拠となる試算を表3に示した。
 ここでは、第1に、営農継続支払もまた所得補償交付金の枠内にあって、全算入生産費をベースに構想すべきであること、第2に、米の定額部分と同じように岩盤対策としての性格をもたせるべきこと(定額部分と同一の水準が望ましい)、第3に、営農を継続する上で最低限の費用のみを補償する観点に立つこと、が前提となっている。家族労働費を含めなかったのは、この部分は非常事態にあっては貯蓄からの引き出しに依存せざるをえない反面、雇用労働費は支払い費用だからである。また、償却費は計算上の費用であるため、とりあえず控除することにしたという具合である。
 そこで、算出された3万2742円/10aの8割が2万6000円(厳密には2万6194円)となり、先の米の定額部分に匹敵することになる。第3の視点をどこまで厳密に貫くかはあまり重要ではなく、所得補償制度が水田・畑作農業の岩盤を支えるという確固としたメッセージが伝えられるか否かが最大のポイントである。
 以上の試算で筆者が提起したかったことは、戸別所得補償は米と畑作物について首尾一貫した統一的な算定根拠をもつべきであること、個々の単価水準にある程度の整合性が保たれることである。そうした理論的な裏付けを有した所得補償制度であればこそ、短期的な事情に左右されることなく、自給率向上という政策目的に沿った安定した政策運営が可能となるのではないかということである。
 なお、これ以外にも畑作物には米価変動補てん金に相当するナラシ対策が必要であることなど、改善すべき課題は多々あるが、中軸となる所得補償交付金についての提案が政策の体系性を確保する上では最も重要ではないかと考えて、提案した次第である。

【著者】谷口信和・東京大学大学院教授

(2010.12.21)