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JAは地域の生命線

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第3回 農協は高く買って、安く売る  鈴木昭雄氏(JA東西しらかわ 代表理事組合長)

・単身米屋へ売り込みに
・利便性を犠牲にして、コスト削減で効率高める
・農業の最終目標は人を育てること

 販売戦略の革新を通して、組合員にいかにより多くの所得をもたらすか――これがJAの基本だと鈴木昭雄組合長は胸を張った。米の買い取り販売然り。ガソリンスタンドの販売戦略の改革然り。「みりょく満点」」ブランドの確立然り。生産者の「プライド」確立然り。こういう新路線を提起しつつ多彩な自然条件や標高差に富む東西しらかわ管内の組合員に消費者、実需者に喜ばれる農産物、畜産物の生産に全力を挙げて励もうではないかと呼びかけ、指導し、実践してきた。
 さらに、JA職員には富士登山を呼びかけ、その苦しいが喜ばしい実体験の中から、職員として何をなすべきかを自らの身に付けさせようとしたことなど、組合長としての面目躍如という姿が浮び上がる。
 こうしたエネルギーや発想はどこから来るのか。私は鈴木組合長が若い時、アメリカ派米農業青年として行った経験が、今に生きているのではないかとひそかに考えた。
(今村奈良臣)

JAは地域の生命線目標は組合員の所得安定、
生活向上、プライドの確立

◆単身米屋へ売り込みに

鈴木昭雄(JA東西しらかわ代表理事組合長) 今村 JA東西しらかわは販売戦略の全面改革をしました。例えば2003年からコメの買い取り制度を始めましたが、これは容易なことではできませんよね。昔ながらの人たちからの反対とか、言うのは結構だが本当にできるのか、といった意見はありませんでしたか。
 鈴木 まず私は、「農協運動の基本はいかに高く買って、いかに安く売るかだ」と思っています。これを効率的にやることは社会正義です。そして、唯一それができるのは、利潤追及をしない協同組合組織だと思っています。
 私は以前、こんにゃく農家でした。昔は相場の上げ下げで価格維持ができましたが、農協の共同計算による取扱いが間に入ったことで相場に関係なく必要な時、必要な分だけ買われてしまい、次第に農協のストックになり、価格が暴落しました。今では地元のこんにゃく農家はほとんどいなくなってしまいました。モノが足りないときは安定価格で安定供給するのがいいけど、ちょっと余ると大変なことになってしまいます。コメでも同じことが起きると感じました。
 平成8年ごろ、ウチのコメがどれくらい売れるか試そうと単身でコメ屋へ売り込みに行きました。日本一安くコメを売りに来たと言ったら、「普通は高く買ってくれってお願いするのに、面白いやつだ」と社長さんと意気投合して、その場で5000俵売ると約束してしまった。ただ、困ったことに農協にはストックが1000俵ぐらいしかなかったんです。しかし当時の生産者の一部の人達は、農協にコメを出荷してもいつ金になるかわからないから、肥料代など農協への支払いに間にあう分だけ出荷して、残りの一部は自分の家に溜め込んでいた生産者もあったんですね。すぐ職員全員に動員をかけ、現金を持たせ、買い集めに行かせました。当時の系統価格に上乗せして買い取りし、無事目標数量を集荷できました。これで組合員にも、取り引き先にも信頼してもらいましたね。農協の経営は大変でしたが、これが起爆剤になりました。コメの買い取りには今だに大変な難しさもありますが、しかし組合員からは大変評価されています。


◆利便性を犠牲にして、コスト削減で効率高める

 今村 鈴木組合長は「組合員の手取り最優先」の原則を打ち出していますね。これは大きなポイントだと思います。具体的な策というと?
 鈴木 私は以前から、農業は人間が生活するために絶対必要な仕事だ、との想いを根底にもっていました。そして生産から消費まで、効率的な運用をするのが農協の役割であり、存在価値だと思っています。生産者から消費者まで全てが満足するような、うまいサイクルをつくるということですね。
 2年ほど前に始めたガソリンスタンドの金土日営業制は、協同組合運動の基本にたったものでした。スタンドの大幅な赤字を改善するため、金土日の週3日間だけオープンして、店番は正職員の交代制です。大きなコスト削減をして、その分値段を1リットルあたり5〜8円ぐらい安くしました。週末以外は燃料を入れられないので、組合員から「組合長は組合の資産を私物化するのか」「誰も利用しないぞ」などと詰め寄られましたが、予想以上の大繁盛で売り上げは70%も伸びました。昔から組合というものは弱者の助け合い組織です。利便性を犠牲にしても、コスト削減など効率性を高めるべきじゃないでしょうか。これは購買の基本でもあります。こういう取り組みは中山間地などにも取り入れて、全国的に広められたらいかがでしょうか。


◆農業の最終目標は人を育てること

JAでは管内の全小学校に毎年教材を贈呈している。(片貝小学校の贈呈式で) 今村 販売戦略という点では、日本でもっとも早い時期からブランド戦略を立ち上げていますよね。どういう経緯でつくったのですか。
 鈴木 東西しらかわは7JAが合併してできた農協だから、職員も、生産者も、部会もすべて想いに違うものがあったように感じました。職員の意識統一、生産者のモチベーション、レベルアップをしようと、合併2年後からブランド戦略を始めてできたのが「みりょく満点」ブランドです。管内で採れる天然ゼオライトを利用することで、確実に美味しく、また野菜や花でも日持ちのいい作物ができました。
 私は農業の最終目標は、作物を育てることじゃなく、人を育てることだと思っています。人を育てる、つまり人間の機能性を最大限に100%発揮できる作物をつくろう、というのが「みりょく満点」の出発点なんです。
 今村 だから“満点”なんですね。
 鈴木 そうです。“まんてん”の“てん”はお天道様の天がいいんじゃないか、という意見もありましたが、やはりサイエンスの“点”がいい。なぜなら科学的根拠のないブランド戦略なんて、ブランド戦略とはいえませんからね。
 今は米だけでなく、果菜類もほとんどが「みりょく満点」です。みりょく満点米は香港に輸出しており、よく売れていますよ。中国米が1kgあたり30〜50円ぐらいの価格ですが、みりょく満点米はその10倍以上の値段ですが、日本食レストランなどを中心に喜んで買ってもらっています。輸出は特に収益につながるわけではないけど、組合員は喜んでくれますよ。輸出を伸ばそうとしたら、日本食レストラン、和食の普及拡大は重要だと思います。

(写真)
JAでは管内の全小学校に毎年教材を贈呈している。(片貝小学校の贈呈式で)


◆農業をどうするかは国家政策の問題では

 今村 最近は米粉の加工も始めましたね。米粉は今後、どうなりますか。
 鈴木 まず、米粉は小麦の代替え品ではありません。そんな考えは、消費者に対し失礼ですよ。安くて買える小麦があるのに、高い米粉を買えというのはね。確かに国産品の消費は大切ですが、それは生産者が考えるものではない。モノをつくる、食べてもらう、というのは安くて安心が大前提です。だから、地域振興とか農業振興とかは農協の本来の役割ではないと思うし、そもそもそんな余裕はありません。組合員だって求めていません。結果として地域や農業の振興になればそれは結構ですが、それを目標にするのは目先が違います。これは今の農協運動の大きな課題ですね。
 農業をどうするかというのは、食料問題も含めて国家政策なわけで、われわれ農家自身や農協が考えるものではない。同じく農業後継者や集落営農をつくるのは農協の仕事だ、というのも間違いです。それは個人の職業選択、生活の権利の自由ですから、農業をやろうが何やろうが自由ですよ。「あんたがたに農業やれって言われたから、一生を棒に振ってしまったじゃないか」といわれたら誰が責任取るんですか。
 農協の基本目標は3つあります。まず、農家の所得安定。そして農家の文化的な生活の向上。3つめが農業者のプライド確立です。「プライドだけで農業ができますか?」と聞かれますが、それはできますよ。ある意味で農業というのは哲学的な産業です。食べるには困らないわけですから、あとはしっかりしたプライドがあれば、農業はやっていけると思います。


◆お金とか苦労とか厭わず とにかく最後までやりきる

 今村 そういった大胆な発想の原点はどこにあるのですか。鈴木組合長は若い時、アメリカ中西部に行っていますが、これがバックボーンにあると感じます。やはり若い時代に旅をした人は違うな、と。
 鈴木 アメリカに行ったということも確かにあるでしょうね。ただ私は、人生はいつも苦労する方としない方の岐路に立っていると思うんですが、後悔しないのは苦しい方を選ぶことだと思ってやってきました。後悔もないし、成果がでた時の喜びは何倍にもなります。だいたい大変な方が面白いですよね(笑)。簡単な方より難しい方が、人生としての厚みも増えますしね。
 以前、業務命令で全職員に富士登山をやらせてみました。みんな行く前は文句ばっかり言っていたが、実際に行ったらみんないい経験だったと深く感動しました。
 また先ほどの米の販売営業の一件のあとで、別の幹部職員を営業に行かせたんですが、その職員は出張前日、目を真っ赤にして「5000俵を売ってくるなんて、プレッシャーで夜も眠れない」と言うんですよ。こういう緊張感が人を育てるんじゃないかと思います。お金とか苦労とかを厭わずに、とにかくできるまでやる、というのが大切だと思います。

sericat13510032503.jpg(写真)
鈴木組合長(左)と、今村教授(=3月、東京の農協協会事務所にて)。

【略歴】 すずき・あきお 1947年生まれ。66年日本国民高等学校卒業、85年笹原農協代表監事、1996年塙町農協代表理事組合長、99年福島県農協五連共通理事、2001年JA東西しらかわ代表理事専務、05年同代表理事組合長(現任)、福島県農協中央会・厚生連代表監事、09年新世紀JA研究会会長

(2010.03.25)