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信用・共済分離論を排す

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「経済」への根本的理解を

―総合JA批判の背景とはその7―
・前外相発言の問題点
・農業の多面的機能の価値

 東日本大震災の発生でTPPへの参加問題は先送りになりそうです。それにしても、TPP議論の中で、農業粗生産額の8.5兆円は、国民総生産の1.5%にしか相当せず、このために98.5%が犠牲になるのはごめんだという前原前外相の発言は、アメリカの意図を体したものとはいえ、一国のリーダーの発言として見過ごすことが出来ないものでした。

◆前原前外相発言の問題点

 東日本大震災の発生でTPPへの参加問題は先送りになりそうです。それにしても、TPP議論の中で、農業粗生産額の8.5兆円は、国民総生産の1.5%にしか相当せず、このために98.5%が犠牲になるのはごめんだという前原前外相の発言は、アメリカの意図を体したものとはいえ、一国のリーダーの発言として見過ごすことが出来ないものでした。
 この発言は、農業就業人口が260万人を数えることや飲食費最終消費額が80兆円を超えるといった面での農業の重要性を無視したものでしたが、それ以上に問題とされるべきは、経済に対する認識です。
 今の時代は資本主義の社会であり、全てはお金で評価され、市場でその価値が実現されます。しかし、社会はすべてお金や市場の働きで成り立っているのでしょうか。
 社会がすべてお金で評価されない例としてよく引き合いに出されるのは、家事労働です。食事の支度、掃除・洗濯、育児などの家事労働は、そのすべてが家庭内で行われれば市場経済には現れず、お金に換算されることはありません。
 この市場に現れないお金に換算されない価値は、社会にとって価値がないものなのでしょうか。そうではないでしょう。共働きの世帯はともかく、専業主婦世帯の場合の女性の家事労働は大きな価値を持っています。妻の家事労働がなければ、夫は安心して職場の仕事に励むことはできません。
 この場合、妻の家事労働は貨幣価値として市場には登場しませんが、労働時間で見ると夫の職場の労働時間と妻の家事労働の時間は大差のないものになります。つまり、妻の家事労働の価値を市場で評価すれば、夫の市場労働の価値(給料)と同じような価値を持つことになります。


◆農業の多面的機能の価値

 以上のように、社会はすべて市場におけるお金の価値で成り立っているわけではなく、貨幣に現れない実態価値によって成り立っています。言い換えれば、社会は膨大な無償労働の上に貨幣経済が成り立っていると言えます。このことは、貨幣に換算されない社会的・経済的価値が無視されれば、社会自体が成り立たなくなることを意味しています。
 例えば、農業の分野では、農業生産の共同労働、農業経営における家族労働、農業の持つ多面的機能の価値などは、その多くが市場で評価されることはありません。
 しかし、市場で評価されないからと言って農業の多面的機能の価値などは社会的に無価値なものではありません。それどころか、これらの役割・価値がなければ農業や社会自体が存続することが出来ません。
 かつて、「人間の経済」を唱えたウイーン出身の経済人類学の巨人カール・ポランニー(1886〜1964年)は、「社会統合」の考え方として、(1)互酬、(2)再配分、(3)交換の三つをあげました。今は資本主義の社会で、?の交換の仕組みが全てを支配しているように思えますが、貨幣価値に現れない人びとの相互扶助の関係の「互酬」の仕組みがもっと理解されるべきでしょう。
 前外相の1.5%発言には、こうした経済に対する根本的理解が欠落しているように思えます。一国のリーダーには、物事への深い理解が求められます。

【著者】福間莞爾
           総合JA研究会主宰

(2011.04.08)