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消費税増税の動きと農業・農協にとっての意味

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農業と食料の税率は軽減か、ゼロ税率に

消費税増税の動きと農業・農協にとっての意味[2]

・ヨーロッパでは軽減税率、中国もドイツ方式
・大企業優位の日本の消費税
・共通番号制まで用意

 政府・与党は6月30日、「社会保障・税一体改革案」を決めた。そのなかで社会保障のための安定財源を確保するため「2010年代半ばまでに段階的に消費税率を10%まで引き上げる」方針が盛り込まれた。前回、石原氏には消費税の引き上げは農業と農協にとって大きな打撃となることを論じてもらい、ヨーロッパでは協同組合の経営が立ちゆかなくなっていることが指摘された。
 ただ、そのヨーロッパでは食料や農業に対する軽減税率がほとんどの国で導入されているという。前回に続きわが国の消費税の現状と今後のあり方を論じてもらった。

◆ヨーロッパでは軽減税率、中国もドイツ方式


 国の財源不足を補うため消費税の引き上げ5%ないし10%と報道されています。今の消費税のままで上げれば物価の上昇と実質賃金の引き下げとなり、庶民の生活は困窮を迫られることになります。とくに生活必需品、農産物の引き上げは大きな社会問題となります。
 ヨーロッパの消費税(付加価値税)は表にあるようにほぼ20%に近い標準税率となっています。しかし、軽減税率が食料・農業には適用されていて、ほとんどの国が5%程度です。食料品の全部又は一部に、10%未満の税率設定をしている国が27カ国中15カ国です。ドイツは食料品が7%ですが農林業の経営に対しては5.5%となっています。数年前はゼロ税率でした。
 ヨーロッパ等で賃金水準が日本より低くても生活ができるのは、消費税で農産物・食料の価格が抑えられているからです。
 一般会計のうち45%を消費税であてている中国では農業経営はゼロ税率、食料品は軽減税率でドイツと同じ方式です。現行5%の日本の消費税は農業にも消費者にも限界で、早急に軽減税率の導入または、ゼロ税率にすべきです。

EUの付加価値税率の現状

 

◆大企業優位の日本の消費税


[1]生産・流通が垂直統合型に

 現在の消費税の原型は1950年代のフランスで始められたシステムで、企業の成長と輸出伸張に配慮した制度とされています。生産から消費にいたる各段階で生み出される労賃と利潤部分に着目し、投資にかかわる減価償却を行い、成長促進の機能を持っています。また、輸出の際は支払った付加価値税部分を戻すこととしています。
 日本では建設業におけるデベロッパー、総合商社などは巧みに消費税の下で企業の事業領域を広げています。 たとえば、ゼネコンでは建設資材はすべて自らの供給とし、請負契約で子会社等に下請けさせています。雇用の形態も臨時の場合はコストとして控除できるので、建設現場は今では一人親方が増え、消費税の大幅な軽減をはかっています。
 また、総合商社では生産から流通、消費にいたるまで垂直統合して納税額を軽減しています。09年の農地法改正では商社が真っ先に農業の生産段階にまで進出しましたが、その方法は同様です。
 1960年代のはじめ、西ドイツがこの税を導入する際その理由の第1にあげたのは流通の合理化でした。農協や漁協、生協のような段階ごとに組織を持った協同組合は、こうした消費税のもとでは負担が大きいのです。これからは農協は、流通では生産と消費を直結し、連合会は情報の収集と提供のように形を変えざるを得なくなるでしょう。そうでなければ、組織自体がなくなることになります。

[2]輸出産業への戻し税

 輸出産業の場合は輸出伸張のため仕入れ税額の控除ができるようになっています。日本もこの制度を適用していますので、トヨタなど自動車会社はもちろん、ソニー、パナソニックなどみな還付を受けています。07年の上位10社の還付金は1兆1450億円で全体の30%でこの額です。事実上の輸出補助金といえるでしょう。経団連は今年の法人税を引き下げさせましたが、財源不足問題ではことあるごとに消費税引き上げを求めています。大企業、とくに輸出産業にとっては消費税の引き上げは痛くも痒くもないのです。

 

◆共通番号制まで用意


 消費税の引き上げは中小企業や農業、低所得者には大きな負担となるものです。日本の場合は低所得者や農業者への還付を考えていなかったので、仕入れたときどれだけの税を支払ったのかを明示する納品書(インボイス)が送られ、それに基づいて税の控除が受けられる方式がとられていません。現在の日本の方式は帳簿方式です。消費税引き上げに当たってインボイスやカナダで行われている「給付つき税額控除」制度を導入しようとの案もあるようです。
 これまで食料・農業に対しての対策はありません。今回の改革案では、一定の所得以下の人に払い戻しをするため「社会保障・税の番号制度」(共通番号)を進めようとしています。「住基ネット」も大きな問題があるのに、個人の所得から行動まで監視されたらどうなるのでしょう。 農業者の問題としては、免税とされている1000万円以下の農業者では肥料・農機・農薬などの農業資材の購入・労賃部分の消費税の控除がされていないことで、簡易課税制度の農業者との公平が保たれていないことです。せめてドイツ並み、中国並みの消費税にすべきでしょう。

 

※用語解説(前号分も含む)

【簡易課税制度】
 売上高から納税額を簡単に計算する制度。89年の導入時の適用上限は5億円だったのが、2004年には5000万円となっている。
【みなし仕入れ率】
 簡易課税制度では推計で仕入れ率を適用し控除額を決める。これは業種ごとに決められ農業は製造業のなかに入り70%の控除率となっている。見なし仕入れ率が高いときは益税となる。
【限界控除制度】
 89年の消費税創設のの際に導入された制度。免税点を超える小規模事業者の負担軽減のために5000万円を限度に税額を軽減するもの。納税したとき留保分が残るので益税と呼ばれ97年に廃止されている。
【インボイス】
 税の支払い納品書。

 

( 前回[1]はこちらから  )

【著者】石原健二
           元立教大学経済学部教授

(2011.07.22)