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原発事故を考える

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【原発事故を考える 】第1回 「中間指針」をめぐる論点  立法・行政・司法が一体となった早期解決を

・風評被害は6県に限定されない
・農産物の食品表示は「県」が基本的な単位
・東電が反証できない限り損害賠償の対象に
・農業・漁業では将来の減収見込みも営業損害に
・司法的な解決である指針の限界も
・放射性物質放出収束時に「最終指針」が

 原子力損害賠償紛争審査会(以下「原陪審」)は「東京電力株式会社福島第一、第二原子力発電所事故による原子力損害の範囲の判定等に関する中間指針」(以下「中間指針」)を8月5日にとりまとめた。本紙では今後、この「中間指針」に関する意見を現場の生産者の声を含めて数回にわたって連載していくことにした。
 これまでにも「原子力損害の賠償に関する法律」(以下「原賠法」)の解釈、また原発事故と風評被害をめぐってさまざまな論点についての議論がなされてきたが、「中間指針」の公表後は、新聞各紙等で法律家による中間指針に対する批判的論評が数多く出されている。そこで今回は、原陪審委員として中間指針の策定に関わってきた中島肇弁護士に主な論点についての見解を聞いた。聞き手は中島弁護士と同じ「農業経営法務研究会」(注)のメンバーである加藤一郎前全農代表理事専務にお願いした。

◆風評被害は6県に限定されない


 加藤 はじめに「中間指針」に記載されなかった損害について、具体的に損害を認定された県以外の県はどうなるのでしょうか。例えば、米の風評損害については、6つの県だけが認定され、その他の県の認定がされていないことを批判する弁護士の意見があります(8月8日「日本農業新聞」)が…。
seri1108190102.jpg 中島 賠償の対象は、対象品目と対象地域の2つを考える必要があります。対象地域としては6つの県が認定されました。対象品目は、米を含む食用の農林産物全体です。茶については、神奈川と静岡も加わります。
 誤解のないようにご留意いただきたいのは、輸出面での風評損害はこの6県に限られず、全国を対象とすることです(中間指針の第7の5の3(53頁))。
 国内向けの農林産物の風評損害について、6県だけが指針に盛られた理由は、中間指針の公表の時点(8月5日)で、農水省の資料、原陪審が委任した専門委員の報告書などの公的な記録では、この6県以外には国内での風評損害が公的には報告されていなかったからです。ご指摘の弁護士は、この6県以外にも風評損害が生じていることを知って不満を持っておられるのかもしれませんが、公的にはこの6県のほかに公的報告がありませんでした。なお、8月5日の時点で長野県にも生じている可能性があるとの情報があったため、8月5日の原陪審の議論の中で指摘をしました。議事録(第13回原陪審)をご覧ください。
 この6県以外にも、買い控え等による被害があれば、「平均的・一般的な人を基準として合理性を有していると認められる場合には、本件事故との相当因果関係が認められ、賠償の対象となる。」(中間指針45頁)として、風評損害が広がれば対象となることを明記していますから、この6県に限定されないことは明確です。

【略歴】
なかじま・はじめ
昭和56年東京大学法学部卒。昭和61年裁判官任官、平成20年7月司法試験考査委員(商法)、平成23年4月全国銀行協会あっせん委員会小委員長、原子力損害賠償紛争審査会委員。

 

◆農産物の食品表示は「県」が基本的な単位


 加藤 風評被害が県をまたいで発生しているのに県を指定して限定するのはおかしいという指摘もありますが。
 中島 ご指摘の意見には、風評損害は「県」単位で発生するものではないという誤解があると思います。風評損害とは、市場の拒否反応ですから、市場が何を単位として拒否反応を示すかを考える必要があります。食品の風評損害の最小単位は、食品表示の単位であると考えてよいと思います。加工食品の食品表示は製造者単位でなされますが、農産物は原則として「県」単位で表示され(市町村や名の通った地方名での表示も認められています)、加工食品とは異なりますから、原則として風評損害は「県」単位で発生するとみてよいのではないでしょうか。中間指針で盛られた6県はいずれもその報告があった県です。
福島第一原発3号機と4号機。3月24日撮影(エア・フォート・サービス提供) また、県より狭い市町村名や地方名の表示による風評損害が発生していたケースも、賠償の対象を県単位に広げたのであって、県を超えた部分を県に狭めたのではありません。
 なお、「県をまたいで発生している」との指摘はそのとおりですが、またいで発生している6県を認定したのです。
 加藤 具体的に県名の出なかった県は、損害の立証責任を負わされて不利になるのではないでしょうか。
 中島 県名の出た県の損害については、いわば公的なお墨付きがされているのに対して、県名の出ない県の損害についてはそうでないことから、県名の出なかった県の損害の立証については、東電側から厳格な証拠による証明を求められるかもしれません。中間指針では、県名の出ない県について、相当因果関係を「個別に検証」するという注釈が付いています(中間指針の第7の2の備考9、指針48頁)。
 しかし、農産物については、全中の指導によって、県名の出なかった県も、県名が出た県と同じ統一的な書式で証拠を作成しています。先に述べたように6県以外の損害も「平均的・一般的な人を基準として合理性を有していると認められる場合には」賠償の対象とすることを明記していますから、指針に県名の出なかった県も、県名の出た県と同じ証拠を提出すれば、同じ認定になるはずで、県名の出なかった県はより多くの証拠を提出する必要はないはずです。もっとも、県名の出た県と同じように何らかの公的な認証を証拠に付ける必要が実際には出てくるかもしれません。全中は、県も巻き込んで対応していると聞いていますから、損害の証拠として提出する書類について県に何らかのコミットをしてもらう工夫をされてはどうでしょうか。

(写真)
福島第一原発3号機と4号機。3月24日撮影(エア・フォート・サービス提供)

 

◆東電が反証できない限り損害賠償の対象に


 加藤 原発事故後、農林漁業者で買い控えによって売上げが減少した場合には、事故との関連が推認され、売上げ減が別の要因によるものであると東電が反証できない限り、損害賠償を認めるという方法を提唱している弁護士もおられますが…。
 中島 ご指摘の認定方法は、指針の第7の1の3(1)で「本件事故以降に現実に生じた買い控え等による損害は、原則として本件事故と相当因果関係のある損害として賠償の対象と認められるものとする」とすでに明記されています(指針40頁)。「原則として」というのは、先にも述べたように、売上げ減が別の要因によるものであることを東電側が証明する必要があるという意味ですから、提唱されている方法そのものです。
 加藤 東電は指針で認められた範囲以外は賠償から除外するという立場に立つのではないかとの懸念も指摘されていますが…。
 中島 「指針で認められた範囲以外」のものには2つの種類があります。1つは、対象地域です。これについては、今まで述べたとおり、県名の出なかった県についても今後賠償の対象になることが明記されています。
 もう1つは、対象項目(損害項目)です。この点については、指針の「はじめに」で、「中間指針で明記されない個別の損害が賠償されないということのないよう留意されることが必要である」と述べた上で(中間指針2頁)、「第1 中間指針の位置づけ」の4で「この中間指針は、本件事故が収束せず被害の拡大が見られる状況下、賠償すべき損害として一定の類型化が可能な損害項目やその範囲等を示したものであるから、中間指針で対象とされなかったものが直ちに賠償の対象とならないというものではなく、個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められることがあり得る」としていること(中間指針3頁)から、指針で認められた範囲以外は賠償の対象からはずすという立場は、建前としては主張できないはずです。
 しかし、実際には、指針で認められていない損害項目については、証拠による相当因果関係の証明を求められ、賠償の支払いが後回しにされる懸念は確かにあると思います。

 

◆農業・漁業では将来の減収見込みも営業損害に


 中島 ただ、留意すべきことは、解釈によって、指針の損害項目に含まれるものが意外に多いということです。例えば、福島県の30km圏内の農地については、現実に生じた減収分のほかに、本来なら見込まれるはずの今後の収入を得られない損害が営業損害に含まれるのかが明確でありません。営業損害として認められるものが「その事業に支障が生じたため、現実に減収があった場合には、その減収分が賠償すべき損害と認められる。」とされているからです(指針の第3の7の1、指針23頁)。
 しかし、この表現は、将来の減収見込み分のいつまでの期間を賠償対象とすべきか(公用地の収用に関する国の基準では「転業の準備に必要な期間」とされています)、他の業種も含めた一律の基準が立てられないために、将来分ではなく現実に生じた分と過去形で表現しただけで、他業種と異なり、転業のしにくい農業や漁業については、将来分も含めて一定期間の減収見込み分も営業損害に含まれると解釈できます。その記述の末尾に「逸失利益」と表現されていることからもそう解するのが合理的です。
 問題は、将来何年分の減収見込みを損害とみるか、という点で、早期に和解する場合には、将来の減収分のいつまでを含めるかが争点になるのではないかと思います。この点は、後述の通り、和解のあっせんのために設置された「紛争解決センター」によって、指針に準じる基準が形成されていくことが期待されます。

計画的避難区域に指定された福島県飯舘村。本紙が取材に訪れた6月上旬には店舗閉鎖を知らせるこんな張り紙があった

(写真)
計画的避難区域に指定された福島県飯舘村。本紙が取材に訪れた6月上旬には店舗閉鎖を知らせるこんな張り紙があった。

 

◆司法的な解決である指針の限界も


 加藤 次に、中間指針に盛られた損害について東電が損害額を減らす方向で恣意的に算定しないように、審査会、国、自治体が算定方法や証拠の評価について指導するべきであるとの指摘があります。
 中島 損害の算定方法や証拠の評価については、個別のケースごとに検討すべき問題なので、審査会の下部機関として設置された紛争解決機関(ADR)である「原子力損害賠償紛争解決センター」が個別の和解仲介手続の中で、指導することが期待されます。
 この解決センターは数千件の処理を同時並行で処理することを目指して、パネル(仲介の場)が東京と福島に合計10セット組まれ、個別の処理の統一を図るために「総括委員会」が置かれることになっています(図参照)。この総括委員会は、審査会の制定した「要領」において、「和解の仲介の状況について、適宜、審査会に報告するものとする」と規定されていますので、実際には、随時、指針を作成した審査会と指針の解釈・適用に関して協議をすることになると思われます。
 加藤 指針に盛られた損害について、そのほかに何か留意すべき事項はありませんか。
 中島 中間指針には2つの限界があります。1つは、原賠法に定義されている「原子力損害」の賠償という限界です。つまり、地震・津波による損害は含まれないことです。もう1つは、原子力損害の「賠償」に関する紛争の指針であるという限界です。つまり、司法的な解決の指針であって、政策的・行政的に解決すべき問題については、指針に盛り込めないということです。

 

◆放射性物質放出収束時に「最終指針」が


 加藤 中間指針とありますが今後、最終指針はいつ作られるのか、お聞きしたい。
 中島 最終指針は、放射性物質の放出が収束するとき(東電の工程表では来年の1月ころ)には、損害が確定するので、それまでの新たな損害や、ADRで仲介されたケースによって作られた新しい基準も盛り込んで、今年の暮れから来年の春を目処に作成されるのではないかと思います。
 加藤 今回の原発事故賠償の決着の行くすえは、農地の公用収用から賠償か補償かの議論、東電と国の責任論から原賠法と国家賠償法の適用関係、金銭賠償か原状回復か(特にコミュニティや生態系の回復)、環境侵害面からの議論等に幅広く広がる可能性があり、司法のみならず、立法、行政が一体となって早期解決にむけて動かないと日本の社会、日本人の特性そのものを歪める可能性があると思います。
 中島先生の今後のご活躍をご期待申し上げます。

 

原子力損害賠償紛争解決センター(イメージ)(↑ クリックすると画像が大きくなります)


農業経営法務研究会について

 加藤一郎(JA全農前代表専務理事)を座長、中島肇(桐蔭横浜大学法科大学院教授・弁護士)を幹事として、梶井功(元東京農工大学長)、高木賢(元食糧庁長官・弁護士)、原田純孝(中大法科大学院教授)、交告尚史(東大大学院教授)、國廣正(弁護士)、笹浪雅義(弁護士)、秋田芳樹(公認会計士)、JA組合長、全中、農林中金、日本農業新聞、家の光、農協協会の役員、商事法務編集長、農中総研他をメンバーとして、平成20年に立ち上げられ、日本農業の直面する課題について議論を重ね、また農業と法律にまたがる研究成果について、両分野の出版社の連携によって、新しい情報発信の仕組みを構築したいという意向をもっている研究会である。

           中島 肇 原賠審委員・ 弁護士に聞く 聞き手:加藤一郎 前JA全農専務理事

(2011.08.18)