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水稲中心に日本農業に貢献  BASFジャパン株式会社・大伴秀郎 常務執行役員化学品・農薬統括本部農薬事業部長

・同じ水田農業でも日本と米国では求められる技術の質が違う
・日本農業の発展に大きな貢献をしている農薬
・果樹・野菜の殺菌剤に強いのがBASF社の特徴
・日本の水稲防除技術が中国や東南アジアに広まるのは時間の問題
・除草剤中心にさらに新剤開発を予定

 BASF社は1865年(慶応元年)にドイツに創立された世界をリードする化学会社だ。日本との関係は1888年(明治21)からだというから120余年ということになる。同社の事業分野は多岐にわたるが、化学農薬分野でも長年にわたって、水稲を中心に日本農業の発展に貢献してきている。そこで、BASFジャパン(株)における農薬事業の責任者である大伴秀郎常務執行役員・化学品・農薬統括本部 農薬事業部長に、日本農業のこと、これからの同社の戦略などについて忌憚なくお話いただいた。
 大伴事業部長は、日本と米国で農業を学ばれたあと、日本やアジアで外資系農薬会社にて仕事をされてきているが、この間、動物薬や種子、バイオテクノロジー事業にも携わられた経験をもたれ、農薬だけではない広い視点から世界や日本農業について語っていただいた。

省力化技術を伸長させ農家の負担を軽減


◆同じ水田農業でも日本と米国では求められる技術の質が違う

大伴秀郎 常務執行役員化学品・農薬統括本部農薬事業部長 ――はじめに現在の日本農業についてどのように見ておられるのかからお聞きしたいと思いますが、日本農業は世界的に見ると特殊な存在ですか、それとも…
 「飛行機で種子を播いたりする大規模農業国は米国、ブラジルなどがありますが、小さい面積で労働集約型で肥料や農薬を効率よく使って単位面積当たりの収量をあげようという農業の最先端にいるのが日本だと思います。そして日本型農業に近いのは、アジアでは韓国、台湾、ヨーロッパでも比較的農家あたりの耕地面積の小さいオランダ、スイス、ベルギーなどです。その中間にあるのがドイツとかフランス、イタリア、スペインなどのEU諸国だと思います」
 ――御社はグローバルなビジネスを展開されていますが、そういう視点から見ると水田農業中心の日本農業は特殊な世界だといえますか。
 「水稲栽培を行っているのは日本だけではありませんが、日本型水稲栽培は、韓国と台湾そしてイタリアなどです。例えば米国の水田は水をどう効率よく利用するかで考えますから、日本のように四角ではなく等高線に沿った形になっています。そこに飛行機で種子や農薬を撒きますから、時には種子がこぼれ用水路や道端に水稲が生えています。日本ではまず考えられないことです」
 「ですから求められる技術の質もレベルもそして農薬も米国と日本ではかなり違うものになります。田植え機での移植、農薬の田植え同時散布といった日本の技術は米国では使えません。しかし、韓国では使えます」


◆日本農業の発展に大きな貢献をしている農薬

 ――日本は農薬の原体開発だけではなく製剤などの開発技術が優れていますね。
 「ジャンボ剤とか育苗箱処理、さらに田植え同時処理など、農業の省力化技術という観点においては、日本は世界の最先端をいっていると思います。かつて、私も水田の手取り除草の経験がありますが、昔は炎天下に手で行っていたのが、優れた除草剤が多く開発され、大幅に除草のための労働時間が減りました」
 ――そういう意味では、農薬の農業への貢献は大きいですし、御社も長年にわたって日本農業に貢献されてきたといえますね。
 「それは胸を張っていえます。そして、私のような農学部出身(東京農工大)者にとっては非常に幸せな仕事をしてきたなという思いはありますね」


◆果樹・野菜の殺菌剤に強いのがBASF社の特徴

 ――現在の日本農業のなかで御社の基本的な戦略はなんですか。
 「水稲では“嵐プリンス”を基幹に組み立てていますが、それ以外にも、後期除草剤の“バサグラン”、田植え同時処理のできる除草剤として、新剤の“半蔵”などがあります」
 ――技術的な特徴としては…
 「“嵐プリンス”は箱剤ですが播種同時でも使えます。播種同時は、除草剤の田植え同時散布技術もそうですが、さらなる省力化技術に貢献しています」
 ――“半蔵”はSU抵抗性雑草によく効く新剤ですね。
 「そうです、しかも田植え同時処理ができる除草剤です」
 ――水稲が中心ですか…
 「日本では水稲が中心ですが、わが社のようなヨーロッパの農薬会社は、畑作・園芸分野にもともと強く、特にBASFは殺菌剤に強いので野菜・果樹用殺菌剤が次の柱になっています。代表的なものとしては、果樹の殺菌剤の新剤“ナリア”、野菜用殺菌剤の“シグナム”、野菜と一部畑作用の“カンタス”などがあります。殺虫剤ではロングセラーとなっている“カスケード”があります」
 ――もともとヨーロッパの会社ですから、畑作と園芸に強いわけですね。
 「そうですが、幸いなことに“嵐”(オリサストロビン)という殺菌剤と“フィプロニル”という殺虫剤があったので水稲がひとつの柱になったといえます」


◆日本の水稲防除技術が中国や東南アジアに広まるのは時間の問題

 ――日本の市場ではやはり水稲用農薬がないとビジネスにはなりにくいですか…
 「それもありますが、外資系が水稲分野に力を入れているのは、世界の人口の6割以上がアジアに住んでいて、アジアの第一の作物が水稲だということもあります」
 「そして日本の水稲防除技術が、韓国、台湾、中国から東南アジアの各国に広まっていくのは時間の問題だと思います。そのときに日本で私たちが培ってきた技術が役に立つ日が来ると思います。そうした中長期的な視野にたって水稲に目をむけているわけです」
 「現在世界では、一つの化合物を開発するのに膨大な時間と数百億円ともいわれる研究・開発費がかかります。日本の農薬市場はすべて合わせても年間3000億円強ですから、よほどの大型剤でないと採算をとるのは厳しいものがあります。日本だけではなく、その先に中国とか東南アジアが見えれば、先に開発投資をしても元がとれる、ということになります」
 ――アジアはやはり水田農業が中心ですからね。
 「日本人は特にそうですが、ものごとの発想の基盤にあるのは、水管理から田植えや収穫まで、水稲をみなで協力をして何千年にもわたってつくってきたことで培われてきた、“チームで仕事をする”という民族性ではないでしょうか。欧米人は基本的には狩猟民族です。狩猟は一人、または少人数でできますが、水稲栽培は集落などチームでないとできません」


◆除草剤中心にさらに新剤開発を予定

 ――これから御社で期待している剤としては、SU抵抗性雑草にもよく効く除草剤“半蔵”があると思いますが、そのほかには…。
 「新剤としてはそのほかに“モーティブ”というトウモロコシを中心とした畑作用除草剤があります」
 ――除草剤が中心になりますね。
 「日本は温帯モンスーン地帯で湿度も高く、作物の種類も豊富で肥料の投下量も多いので、どうしても雑草も多くなります」
 ――開発中で有望なものはありますか…
 「馬鈴薯、野菜の果菜類を中心とした殺菌の“ザンプロDM”を、早ければ2014年に上市したいと考えています。さらに果樹・野菜など広く使える浸透移行型の殺菌剤を開発しています」
 ――最後に読者へのメッセージをお願いいたします。
 「系統一元販売品である“嵐プリンス”の普及に多大なご協力をいただいていますが、これからも新剤の現場での普及推進をおこなうときに、お力添えいただければ幸いです。引き続きご支援をよろしくお願いいたします」

           第6回

(2012.07.02)