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現場に役立つ農薬の基礎知識

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第5回 【カンキツ・黒点病・防除】  佐賀県農業技術防除センター主査 井手洋一

 カンキツ類の栽培管理が忙しい時期になってきたが、今回はカンキツ類の産地である九州・佐賀県で実践されている簡易雨量計を使い、累積降雨量により生産者が自分の園地の防除の要否を判断している事例を、佐賀県農業技術防除センターの井手洋一主査に紹介していただいた。

簡易雨量計を積極的に利用しよう

園地での降雨量に合わせた防除が重要


◆薬剤の効果は散布後の累積降雨量で

 カンキツ類ではいよいよこれから栽培管理が本格的に行なわれ、忙しい時期に入ります。病害虫防除はその中で最も重要な作業のひとつであり、最も長期(6〜9月)にわたって防除を行わなければいけない病害が黒点病です。
 黒点病の防除は防除暦どおりのスケジュール防除ではうまくいきません。散布した薬剤の防除効果は,薬剤の残効によって左右されますが、黒点病の防除で使用されるマンゼブ剤(ジマンダイセン水和剤、ペンコゼブ水和剤)やマンネブ剤(エムダイファー水和剤)は、薬剤散布後の累積降雨量に強く影響されることが昭和40年代〜50年代に行われた試験研究で明らかにされています。
 それ以降はこの知見をもとに、薬剤散布後に累積で200〜250mmの降雨が認められれば再散布するという防除指導が行われるようになりました。
 従来の防除指導は気象台が発表する降雨量をもとに一元的に行われていました。しかし、本県では10数年前から生産者が個別に累積降雨量を計測することを重視し、雨量を計るための道具として簡易雨量計の使用を生産者に推奨しています。

気象台から各降雨観測地点までの距離と降雨差


◆近くても地域によって異なる降雨量
簡易雨量計の重要性

 山の向こう側は晴れているのに、こちら側はどしゃぶりの雨、こんな経験は皆さんにもあるはずです。これを実際に示したのが表1のデータです。
 例えばD地点は気象台からわずか5kmしか離れていないのですが、6月24〜29日の降雨量は280mmと気象台に比べて105mmの降雨差がありました。さらに、7月6〜15日のデータはもっと歴然としており、気象台とA地点の間では275mm、B地点との間には355mm、C地点との間には205mm、D地点との間には105mmの降雨差が認められました。前に述べたとおり、このような降雨の差は薬剤の残効に大きく影響します。
 気象台が発表するデータに頼って防除を行っても防除がうまくいかないはずです。自分の園地の降雨は自分自身で計測することが重要です。
 近い場所でも降雨量に大きな差が認められるという現象は、夏場の夕立、特にゲリラ豪雨の際によくみられる現象です。地球温暖化が問題となっている昨今、ゲリラ豪雨への対応のためにも、あらためて各々の園地での降雨計測の大切さを考えてみてはいかがでしょうか。


◆1000円でできる簡易雨量計の作製方法

 それでは、雨量計の作り方について紹介します(図1参照)。
 半径10cm程度の漏斗と雨水を貯めるための容器をご用意ください。まず最初に、漏斗の内径(半径)を計測します。次にこの漏斗に雨量50mm相当の雨が降った場合の水の量を計算します。半径10cmの漏斗の場合の50mm相当の水の量は、10cm×10cm×3.14(円周率)×5cm(50mm)=1570立方m=1.57リットルとなります。
 計算で算出した1.57リットルの水(半径10cmの漏斗の場合)を下部の容器内に注ぎ込みます。この貯まった水の量が50mm相当の雨量になりますので、ラインを引きます。引き続き1.57リットルずつ水を注ぎ、50mmごとのラインを引いていけば出来上がります。資材はホームセンター等で調達でき、だいたい1000円程度の予算で製作可能です。
 漏斗と下部の容器の大きさがぴったり合うものを選ぶのがコツです。口の部分はビニルテープやシリコンシーラーなどで固定します。

図1 薬剤散布後の累積降雨量を計測するための雨量計

A:プラスティック漏斗(内径10.8cm)+果実酒容器(4.2L)、佐賀果樹試提供
B:アルミ漏斗(内径14cm)+ポリ容器(5L)、佐賀果樹試提供
C:市販タイプ(株式会社 一色本店社製)

生産者自らの判断で防除要否を決める


◆漏斗付きのものを必ず使用する
設置するにあたっての注意点

 この簡易雨量計を使用するうえで注意すべき点がいくつかあります。
 まず、雨量計は水平な場所に置いてください。漏斗が斜めに傾いた状態では正確に計測できません。また、雨量計は風で倒れないようにブロックなどで囲ったりして固定してください。
 バケツをそのまま置いてもよいのではという質問をよく受けますが、表2で示すように漏斗付きの雨量計とバケツとでは、蒸発量が明らかに異なります。漏斗付きのものを必ず使用してください(図1)。
 また、最近では市販の累積雨量計も販売されるようになりました。価格は2000円程度ですので、自作のものよりも2倍の経費を要しますが、作製の手間を考えると購入して利用してもよいかと思います(図1右)。

漏斗付きの雨量計とバケツとの蒸発量の比較


◆累積降雨量に基づいた
防除の実践

 薬剤散布が終了したら、その日のうちに雨量計に溜まった水をすべてこぼします。その後、雨量計に累積で200〜250mmの雨が溜まったら、薬剤の成分が雨で流されてしまったと考えて、あらためて散布を行います。
 本県ではミカンハダニの同時防除を兼ねて、温州ミカンに限り6月まではマシン油乳剤の加用を推奨しています。マシン油乳剤を加えた場合は効果が長く持続するので累積300〜400mmを再散布の目安としています。
 ただし、7月以降はマシン油乳剤の加用は品質低下や腐敗果の助長につながるので加用しないように指導しています。
 また、雨がずっと降らない場合でも、1カ月が経過すると散布した薬剤の残効が切れますので再散布を行う必要があります。


◆ナシ、ブドウなどの落葉果樹での活用も

 防除暦や気象台の観測データに基づいた一元的な指導も重要ですが、生産者自身が自ら考えて主体的に防除を行うことも必要です。
 簡易雨量計は自分の畑の防除適期を自らの目で見て、自分の判断で防除要否を決めることができる簡単で便利なツールです。
 もしかしたら、技術指導員の中には「農家任せでは心配だ」と懸念される方もいらっしゃるかもしれませんが、実際に導入された生産者は意欲的に使われています。
 また、カンキツだけでなく、ナシ、ブドウ、キウイなどの落葉果樹でも防除の目安に使っている生産者も増え、さらに灌水の目安に使用している方もいます。
 ぜひ一度使用してみてはいかがでしょうか。

 

           第5回

(2012.06.05)