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対談シリーズ 加藤一郎と、その素晴らしき仲間たち

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このままでは日本の医療が危ない  渡辺賢治 慶應義塾大学医学部漢方医学センター副センター長、診療部長、准教授―加藤一郎 ジュリス・キャタリスト代表

・漢方との融合が日本医療の特徴
・品質の高い薬草栽培が、医療の質を高める
・医師の9割が漢方薬を使っている
・薬草の適正な価格形成を
・日本の薬草生産は存亡の危機

 中国が国策として薬草の生産に取り組み始めてから約20年。国内市場だけでなく、欧米からの需要も伸びて、今では10兆円産業に急成長している。日本はというと、生薬の自給率は13%程度にまで下がり、80数%を中国に依存するようになった。また良品質の生薬は日本に入りにくくなっている。「こうした状況を国は放っておいてよいのか」と、対談は日本農業と医療をつなぐ論点を次々にあげて熱気を帯びた。

漢方薬 8割強が中国依存

国家戦略で生薬の増産を

◆漢方との融合が日本医療の特徴

 加藤 漢方ブームです。これを一過性のものに終わらせないためにも、農家、国民の皆様に生薬のことをもっと知ってほしいと思います。先生が出演されたNHKテレビの「クローズアップ現代」を見て、私は驚くと同時に勇気づけられました。
 驚きは、最先端医療と漢方が融合したのが日本の医療の特徴であり、世界でも比類のない統合医療のモデルである、その知的財産が、今、危機に瀕していることです。中国は中医学を国際標準とするように取り組んでおり、そうなれば日本の漢方は、世界の医療現場から排除される可能性もあるというのです。
 一方、勇気づけられたのは、日本の漢方の発展のためには良質な国産の生薬の増産が不可欠であり、日本農業の再生は日本経済の再生だと話されたことです。
 5月のISO(国際標準化機構)会議の出席者は日本19人に対し韓国55人、中国162人と聞きました。ここに中国、韓国は国家戦略として官民あげた姿勢が現れています。日本では“いいものを作れば売れる”という考え方が強いのですが、国際標準は無視できない課題です。
 渡辺 いくらものが良くても国際標準を取らないと普及しないというのは明らかです。
 ちなみに、日本の生薬の自給率は高かったのですが、今は13%程度で、80数%を中国に依存しています。
 加藤 行政刷新会議では漢方薬を保険適用から除外する動きもありました。薬価基準引き下げは、生産農家にそのしわ寄せがいき、高齢化も相まって栽培をやめる農家が増え、生薬の生産基盤は弱体化しました。

◆品質の高い薬草栽培が、医療の質を高める

渡辺賢治氏 渡辺 我々の目的は患者を治すことですが、いい医療を提供するためには、いい薬を作るためのいい原材料が必要です。
 こうした漢方の特性を考えた場合、バリューチェーンという言葉があるように、生薬生産から漢方薬の製造、医療現場までつながる全体として、きちんとした安心の仕組みがなければいけません。農家が良品質の薬草を作れば、それを正当に評価して買い上げてくれる製薬メーカーがきちんとあって、医者が安心して使うことができるという仕組みが必要です。
 一番足かせになっているのは薬価問題です。日本の医療用漢方製剤のマーケットは1000億円前後ですが、医薬品全体の市場からみれば1%強で、極めて微々たるものです。しかしながら一部の行政は、なぜか漢方を目の敵にして保険から外そうとしているのです。
 薬価は30数年前に制定され、その後、物価の上昇に伴い原材料費は上がりましたが、逆に薬価はここ20年ほどで3割ほど下がっています。
 ところが今度は中国内で生薬市場が急成長し、さらに欧米でも需要が伸びて、結果として良品質の生薬が日本に入らなくなりつつあります。
 こういった状況を国は放っておいてよいのかと私は言いたい。このままいくと漢方の存続が危ない以上に日本の医療の質が危ないといえるのです。

渡辺賢治氏(写真)
PROFILE
1984年慶應義塾大学医学部卒業、1990年4月東海大学医学部免疫学教室助手、1991年12月米国スタンフォード大学遺伝学教室ポストドクトラルフェロー、1993年12月米国スタンフォードリサーチインスティテュート分子細胞学教室ポストドクトラルフェロー、1995年5月北里研究所東洋医学総合研究所、2001年慶應義塾大学医学部東洋医学講座(現漢方医学センター)准教授 現在に至る。

◆医師の9割が漢方薬を使っている

加藤一郎氏 加藤 先日、千葉大学柏の葉診療所の喜多所長を訪問して感じたことは、漢方の診療は人間が本来持っている自然治癒力を向上させることで、治療しようとするので、お医者さんが患者を診る時間が長くなります。処方薬も薬剤師がたくさんの生薬のなから調剤するので時間がかかります。病院経営の効率化という面からみると、効率が悪い。しかし医療を効率化という視点だけでみてよいのかと疑問も感じます。また、漢方薬の調剤能力のある薬剤師が少ないとのことでした。漢方薬を使う医師はどの程度いるのでしょうか。
 渡辺 大学医学部のカリキュラムの中で漢方の講座が必須になりました。教育の成果もあり、今では医師の9割が漢方薬を使うようになったというデータがあります。
 薬学部のほうも漢方をコアカリキュラムに入れ、6年間に勉強できる体制ができつつあります。ここで指摘しておきたいのは、漢方薬を使う医者は増えたが、それは「西洋の薬の代わりに、こういう薬もありますよ」といった使い方であり、漢方医学そのものが普及したわけではありません。
 「代わりの薬」を出す人たちには漢方医学の本質がみえていません。そこが大きな問題です。なぜならば漢方薬は漢方医学の理論で使ってこそ最大限の効果が発揮できるからです。

(写真=加藤一郎氏)

◆薬草の適正な価格形成を

 加藤 我が国には薬草市場がなく、良質なものが高く評価されるというという仕組みがありません。製薬メーカーと栽培農家の契約で時給の形で支払われていることが多い。良品質の薬草にはプレミアムがつくべきです。薬草の適正価格を形成するメカニズムを考えなくてはならないと考えます。
 渡辺 おっしゃるとおりです。薬事法、日本薬局方が今日的な基準になっているかどうか疑問のところがあります。今では安全性やトレーサビリティーが重視され、農薬・重金属のチェックをきちんとやる必要があり、その分のコストが加算されます。生薬の卸売会社も中国産薬草の高騰と薬価基準の引き下げのなかで、逆ざや販売を余儀なくされ、生薬卸業から撤退する動きもあります。その一方で安かろう悪かろうの生薬を売って儲けている業者もあり、業界の自浄作用も必要です、これらのことを考えると、良質な生薬が流通して正当に評価されるように、大本の法律を見直す必要があるのではないかと思います。
 加藤 種苗会社は野菜や果物の品種改良に巨額な投資を競っていますが、薬草に投資した人の話はあまり聞きません。その点、薬草はまだ野生種に近い。ここをどう打破するかという課題もあります。
 渡辺 中国に政府機関ができて国策として薬草生産に取り組んだのはまだ20数年前のことです。国際戦略にも力を入れ、今では医薬品、健康食品などを含む生薬製品の市場は10兆円産業となっています。先ほどのバリューチェーンを考えた場合、生薬生産は農水省ですし、医薬品産業は厚労省ですし、産業は経産省です。漢方の将来を考えたグランドデザインが立ちにくい環境にあります。

◆生薬で士気高めた戦国時代

 加藤 タテ割り行政の影響でしょうね。厚労省の生薬担当課の名前が監視指導・麻薬対策課というのですから驚きました。要員も含めて国家戦略を構築する体制になっているのでしょうか。
 渡辺 なっていませんね。欧米では、産業として漢方薬は大きな魅力なんです。私なんかのところへもハーバードとかデュークとか海外の一流大学から話が持ち込まれます。今までは中医学をやっていたが、品質の高い日本の漢方薬を使いたいというのです。欧州も同じで健康被害を起こしたりする中医薬が排除される国も出てきています。
 しかし、中国もそのうちに技術を上げるだろうからチャンスをねらうなら今だといえます。省庁タテ割りをはずした形で国家戦略として日本が漢方薬に取り組んだら、絶対に負けないと思います。
 加藤 また中国は生薬をレアアース同様に戦略物資化し、輸出を制限してくる可能性もありますから、生薬の国産化は急務です。過日、長野県の上田にある真田記念館を見学して驚いたのですが、戦国大名の真田家は生薬を領民の医療に使い、併せて家臣を生薬の行商に行かせて、各大名の動向を探っていた。武田家の恵林寺の近くにも、生薬の産地がありました。考えてみれば、昔から国を治める3大要素は、武力、食糧(米)、医療(生薬)ではなかったかと思いました。
 渡辺 徳川家康も生薬に詳しかったそうです。加藤清正も朝鮮出兵で篭城した時に生薬を兵士に飲ませて、衰えた士気を高めたといいます。

◆日本の薬草生産は存亡の危機

 加藤 その一方で漢方は認知症やインフルエンザ、アレルギーといった病気にも威力を発揮する現代的なものなのですね。
 渡辺 現代医学は専門分化されて、肝臓は診られるが、腎臓は診られないという医者が出てきました。専門家イコール細分化です。しかし、人間の体はシステムでつながっていないと機能しないのです。多くの医師がこのことに気づき始めました。
 基本的に人間の体は何千年前と変わっていません。だから我々はいまだに1800年前の『傷寒論』という本(伝統中国医学の古典)を基礎に読むのです。
 もし現代化して本質的に体が変わっていれば傷寒論は通用しませんが、そうではないのです。現代病のように見えても昔の漢方が使えるというのは不思議なことではありません。人間の体は恐らく完成されたシステムなんでしょう。
 加藤 予防医学としても漢方薬が注目されていますが、米国の場合、漢方などへの投資額はどれくらいですか。
 渡辺 補完代替医療全体として年間300億円くらいです。
 加藤 日本は?
 渡辺 民主党になってから増えて10億円くらいついています。しかし、中国韓国の力の入れように比べれば足下にも及びません。
 加藤 我が国の薬用植物の採取栽培の歴史は出雲風土記の時代まで遡ることができます。明治時代まで日本人の医療を支えてきた我が国の薬草生産は、今、存亡の危機を迎えていますが、漢方が見直されてきた今日、その生薬の原料である薬草を良質の国産品に変えるチャンスが訪れました。6次産業化も踏まえ各業界、各行政の知見を結集した取り組みが求められていますね。  今日は貴重なお話を頂き、ありがとうございました。

 


対談を終えて

対談シリーズ 加藤一郎と、その素晴らしき仲間たち 渡辺賢治慶応大学医学部漢方医学センター副センター長は漢方を学びたくて医学部に入学したが、当時は漢方に理解がある先生が少なく苦労されたと聞いた。今は統合医療としての漢方薬が注目されてきたとはいえ、まだまだ漢方医を専攻する医者は少ない。日本東洋医学会の専門医は約2400名、中国の中医学の専門医40万人、韓国の韓方医2万2000名に比べると圧倒的に少なく、その医薬品の市場規模も中国2兆円、韓国5000億円に比べ我が国はまだ約1300億円にすぎない。しかし、中国の中医学と異なり、我が国の「漢方」は西洋医学と組み合わせることで、治療の幅を広げ、欧米からも注目を集めてきている。渡辺先生は、我が国は漢方を国家戦略にするべきであり、そのためには国産の良質な薬草の増産の必要性を熱く語った。
 対談を通じて、農業と医療の連携、また、その触媒としての法律を連携させて「農・医・法連携」の重要性を痛感した。その連携を通じて行政、学問、業界のタテ割りを打破した国家戦略を構築することが求められている。そこにはJAグループの果たすべき役割が大きいと考える。(加藤一郎)

(2012.09.19)