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時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す

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(36) 高橋是清に学ぶのは今からでも遅くはない

・政府備蓄の意味
・品川の海に捨てる!?
・あるべき基準米価を示せ

 2月9日の衆院予算委員会で、赤松農相が米備蓄について、"数年後の主食用販売を前提に買い入れる現行の「回転方式」から、飼料用などの非主食用への販売を基本にする「棚上げ方式」に転換する方向で検討していることを明らかにした"という。数量としては、ミニマムアクセス米を含めて「170万トンくらいを持つことが現時点では適当ではないかという結論に達している」そうだ(2.10付「日本農業新聞」)。
 「食料安全保障の観点から棚上げ方式に転換し、300万トン(国内産以外を含む)備蓄体制を確立する」ことは、民主党が衆院選マニフェストにも謳った重要政策である。本来は農家戸別所得補償制度などとも関連することを前々回の本欄でも指摘しておいたところだが、この時期になっての農相の"転換"検討発言は、政策の体系性を疑わせる遅すぎる発言としなければならない。

◆政府備蓄の意味

 2月9日の衆院予算委員会で、赤松農相が米備蓄について、“数年後の主食用販売を前提に買い入れる現行の「回転方式」から、飼料用などの非主食用への販売を基本にする「棚上げ方式」に転換する方向で検討していることを明らかにした”という。数量としては、ミニマムアクセス米を含めて「170万トンくらいを持つことが現時点では適当ではないかという結論に達している」そうだ(2.10付「日本農業新聞」)。
 「食料安全保障の観点から棚上げ方式に転換し、300万トン(国内産以外を含む)備蓄体制を確立する」ことは、民主党が衆院選マニフェストにも謳った重要政策である。本来は農家戸別所得補償制度などとも関連することを前々回の本欄でも指摘しておいたところだが、この時期になっての農相の“転換”検討発言は、政策の体系性を疑わせる遅すぎる発言としなければならない。
 300万トンを言っていたのに、なぜ170万トンが“現時点では適当”なのかについて説明はなかったようだが、半減といっていいこの数字に、意欲の後退を見るのは、私が假者(ひがもの)だからだろうか。“棚上げ方式は回転方式に比べ4倍超の年間約700億円の財政負担が求められる”という計算結果を農水省は示しているそうだが、後退は財政負担の増加が心配になってのことだろうか。
 回転備蓄から棚上げ備蓄への転換は、財政負担の増をともなうことは、わかりきっていた話の筈である。であるのに、これしきの負担増で後退するようなことでは話にならない、と私は思う。棚上げ備蓄は米価変動への岩盤を形成する機能も持っており、米供給の安定化に大きく寄与する。その機能の重要性を考えれば、相応の財政負担は当然なのであり、その相応の程度は政府備蓄の意味をどう考えるかで決まるといっていい。
 この政府備蓄の意味、そしてその財政負担のあり方について、食糧法施行2年目の97年、古々米、古米の売却を焦るあまりに値引き販売までして米価低落に拍車をかけた回転備蓄のやり方を批判して「高橋是清に学べ」という小文を、赤島昌夫氏の文章も拝借しながら書いたことがある(「月刊JA」97年11月号)。政府備蓄の意味を改めて考えてもらう一助になることを期待して旧稿の一部の再録をお許しいただきたい。

◆品川の海に捨てる!?

 “古い話で恐縮だが、昭和6年、恐慌の打撃を最も強く受けた生糸の滞貨は11万俵に達し、糸価安定融資補償法による融資残高は1億3400万円にもなった。米1俵7円ぐらいのときの1億3400万円である。いまなら2500億円くらいになろうか。この滞貨処分のために、翌7年糸価安定融資担保生糸買収法及び糸価安定融資損失善後処理法によって10万俵の滞貨生糸を一括買い上げる特別措置を時の政府は行った。
 その立法のときのことだが、前年には官吏減俸までやった財政難の中での巨額の財政負担に気兼ねした農林省原案は、糸価が一定水準に達したらただちに売却し、国からの借入金は元利返済するというものだった。
 が、この要綱案に対し、蔵相高橋是清は、
 「糸価を維持するには、過剰分を品川の海へでも放り込むのがいちばんよいのだ。それを、値が上がったからといって、すぐ市場に売り出してみろ、すこし上がりかけた値がまた下がるのは目に見えているといって、「糸価が回復したら買収生糸を放出する」という要綱案の一項を、みずから朱筆をとって二本線を引いて消してしまったという”(赤島昌夫『農政みみぶくろ』(楽遊書房刊240ページ)
 (中略)
 備蓄は言うまでもなくいざというときの保険である。保険は無事だったら掛け捨てが常識だ。平年時には備蓄米を放出しなければならないような事態が起きなかった天の恵みを感謝して、古米は「品川の海へ放り込む」まではしなくとも――もっとも品川の海もなくなってしまったが――飼料用として払い下げるなり、途上国への援助に充てるなどして棚上げすべきなのである。そうしてこそ備蓄政策といえるのである。高橋是清に学ぶのは、いまからでも遅くない。

◆あるべき基準米価を示せ

 残念ながら今までの農政は、高橋是清に学んではくれなかった。民主党農政にようやく学ぶ気配を感じ、期待していたのだが、農相発言の程度で終るとしたら、期待外れである。マニフェストで謳っていた、300万トン棚上げ備蓄の制度的確立に、本腰を入れて取り組んでほしいものだ。
 その際、棚上げ備蓄は米価変動への岩盤づくりにもなるということを充分に考えてもらいたいと思う。昨今の備蓄米買い上げのような低米価誘導になる安値買いではなく、あるべき基準米価を示す意気込みで取り組むことを希望しておく。

【著者】梶井 功
           東京農工大学名誉教授

(2010.03.11)