シリーズ

時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す

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(40) 直接支払いだけでいいのか?

・自給率向上に必須な価格安定策
・JAグループ提案の重要性
・米は棚上げ備蓄を

 もう目を通された方も多いと思うが、今年の農業白書、民主党政権下初の農業白書だけに、例年にもまして注目すべき記述・分析が多々あった。その概要そして問題点については、すでに田代教授が6.20付本紙で論じておられるので本稿でふれる必要はないが、今回の白書で私が特に関心を持ったのは、冒頭の特集の中のトピックスの最後の表である。日本・EUの農業所得に占める直接支払いの割合が、EU78%、わが国は僅かに23%でしかないという表である(06年の数字)。民主党が農政の目玉にしているのは、戸別所得補償制度である。トピックスはそのモデル対策の解説だったが、戸別所得保障制度はいうまでもなく直接支払いである。白書は来年度からのその本格実施を謳って特集にその解説を持ってきたのだが、その最後にこういう表を示したということは、本格実施でわが国もEUなみに農業所得のほとんどが直接支払いになることを目指すという意思表示なのであろう。それでいいのだろうか。

◆自給率向上に必須な価格安定策

 もう目を通された方も多いと思うが、今年の農業白書、民主党政権下初の農業白書だけに、例年にもまして注目すべき記述・分析が多々あった。その概要そして問題点については、すでに田代教授が6.20付本紙で論じておられるので本稿でふれる必要はないが、今回の白書で私が特に関心を持ったのは、冒頭の特集の中のトピックスの最後の表である。日本・EUの農業所得に占める直接支払いの割合が、EU78%、わが国は僅かに23%でしかないという表である(06年の数字)。民主党が農政の目玉にしているのは、戸別所得補償制度である。トピックスはそのモデル対策の解説だったが、戸別所得保障制度はいうまでもなく直接支払いである。白書は来年度からのその本格実施を謳って特集にその解説を持ってきたのだが、その最後にこういう表を示したということは、本格実施でわが国もEUなみに農業所得のほとんどが直接支払いになることを目指すという意思表示なのであろう。それでいいのだろうか。
 この点についてはすでに田代教授が、“構造改革を終え、直接支払いで過剰と環境負荷の軽減に重点を置くEUと、構造改革の途上にあり、自給率向上・増産指向の日本とは農政の課題と事情が違います”と指摘されている。その通りである。自給率向上・戦略的作物の増産を課題にしなければならないわが国では、直接支払いと同時に米を中心とする各種重要農産物の価格安定策が重要になることを忘れてはならない。

◆JAグループ提案の重要性

 この点に関わって6.3全中理事会決定のJAグループの新たな政策提言に注目しておくべきだろう。6.10付本紙の要約に従って新提案のポイントを示しておこう。“農業の活性化には3つの政策の枠組みが必要”としての提案だが、その3つは
(1)食料安全保障を含む農業・農村の多面的機能を評価した直接支払い制度(…1階部分の支援策)。
(2)需給・価格の安定対策と、それに努力した生産者に対する経営所得安定策などの品目政策(…2階部分の支援策)
(3)地域農業を支える担い手に対するセーフティネット対策(3階部分の支援策)。
 民主党の戸別所得補償制度が、“恒常的に販売価格が生産費を下廻っている米、麦、大豆等の土地利用型作物”を対象とし、“野菜・果樹については、恒常的に販売価格が生産費を下廻っている状況にないため…そのまま適用されることにはならない”(「基本計画」での表現)のに対し、JA案は、樹園地・牧草地を含めて多面的機能を発揮しているすべての農地を対象にしている点で1階部分の考え方がまず大きく異なっているし、更には民主党案が“恒常的に販売価格が生産費を下廻っていること”を当然の前提としているのに対し、価格安定・所得安定対策を講ずる2階部分を政策体系に組み込むとしているところに、農政思想の決定的な違いをみていいだろう。
“恒常的に販売価格が生産費を下廻っている”状況というのは、本来あってはならない事態であり、そういう生産分野はやがては衰退消滅してしまう。
 そういう生産分野の存続維持が政策的に必要だとするなら、その状況の改善を最重要政策課題にすべきであり、価格安定・所得安定策が必要になる。JA提案の2階部分は、当然の、然し民主党のこれまでの施策体系には欠けていた重要提案としていいと私は考える。

◆米は棚上げ備蓄を

 JA提案は、現在の米価低迷の要因になっており、かつこのまま放置すれば20年産米の価格低落を必至にするとみられている40万トンの09年産過剰米の処理についても、重要な問題指摘を行っている。
 40万トンをこのまま放置すれば20年産米は1俵2〜2.5千円の価格下落となり、戸別所得補償で手当てするという変動部分の財政所要額は2〜3千億円になると試算。それに、政府在庫米40万トンを飼料用米へ処理(つまり棚上げ備蓄への転換)したうえで、09年政府買い入れ価格で20年産米を同量買い入れるとすれば850億円ですむという試算を対置させ、過剰米処理の重要性を明らかにした指摘である。
 米価引下げに機能することが多かった現行の回転備蓄方式を棚上げ備蓄に転換することの重要性を、私はこれまで何度か本欄で問題にした。特に(36)の“高橋是清に学ぶのは今からでも遅くはない”(10.3.10付)を改めて目を通していただければ幸甚だが、“食料安全保障の観点から棚上げ方式に転換し、300万トン(国内産以外を含む)備蓄体制を確立する”ことは、民主党が多年掲げてきた公約である。今年の3月5日の参議院予算委員会で“共産党の紙智子氏が「米の価格の下支えはなくてはならない。どうするのか」とただした”のに答えて、鳩山前総理は“現行の「回転備蓄方式」から買い入れた米を一定期間保管した後、飼料用などの非主食用への販売を基本にする「棚上げ方式」にする考えを示した”(3.6付日本農業新聞)ことでもある。公約は実行してもらいたい。

【著者】梶井 功
           東京農工大学名誉教授

(2010.07.07)