シリーズ

世界の穀物戦略

一覧に戻る

飼料価格高騰下のJA全農畜産事業の取り組み

畜産農家と連携し生産性向上対策すすめる
JA全農畜産生産部 田川福彦 次長

 米国におけるトウモロコシのエタノール需要の急増と豪州の2年続きの干ばつ被害などによって、飼料原料が高騰し続けている。今年に入ってからは投機マネーの流入も手伝って史上最高ともいわれる高値水準となっている。トウモロコシは1ブッシェル(約25kg)で5ドルを超え06年1月比で2.3倍にまで上昇している。こうしたなか配合飼料価格の値上げを余儀なくされたが、その生産コスト上昇分を畜産物の販売価格へ適切に転嫁できずわが国の畜産・酪農はかつてない危機に直面している。一方、JA全農ではこうした状況に対して「配合飼料価格上昇対策」と「飼料原料安定供給対策」を柱に生産者・産地の経営強化策を進めてきた。これまでの取り組みと今後の課題などについてJA全農畜産生産部の田川福彦次長に聞いた。

国際穀物相場と無縁ではないニッポン 消費者への情報発信に努力

◆畜種別に対策を打ち出す

田川福彦氏
田川福彦氏

JA全農は配合飼料の主原料であるトウモロコシ価格が1ブッシェル4ドル前後となった昨年3月、エタノール需要の増加など穀物をめぐる需要構造が世界で大きく変化してきたとして、飼料原料の確保や生産性向上対策の取り組みに全力をあげることとし、昨年4月に具体策の基本フレームを決めて実践してきた。
 基本フレームの柱は「配合飼料価格上昇対策」と「飼料原料安定供給対策」のふたつ(図3・下)。ここではまずこの1年間の取り組みをまとめてみる。
 配合飼料価格上昇対策では、配合飼料製造段階での電力使用量やボイラーの省エネ運転による電力・燃料の節減などの短期対策と、系統飼料会社の広域再編、工場の集約に着手している。大型の2つの新工場と増設工場が今年5月から年末にかけて竣工する予定だ。
 また、生産性向上対策では畜種別に対策を打ち出した。
 採卵鶏では「産卵量と生産効率の向上と衛生対策の強化」、養豚では「母豚1頭あたりの出荷頭数の増加と枝肉重量の増加」、酪農では「乳牛1頭あたりの乳量の増加と牛群平均産次数のアップ」、肉牛肥育では「1頭あたりの枝肉重量の増加と肉質成績の向上」、肉牛繁殖では「母牛の分娩間隔短縮による1頭あたりの生涯産子数の増加」などをそれぞれ畜産農家に提案した。
 昨年5月以降、JA、飼料会社とも連携して約3万の配合飼料安定基金制度加入の畜産農家を巡回し、飼料情勢の説明とともに生産性向上対策について提案を続けており、今年1月末で8500戸を超える畜産農家で取り組みが始まっている。JA全農では20年度も引き続き生産性向上対策の取り組み拡大を働きかけていく方針だ。
 また、販売価格向上対策にも取り組み、飼料価格高騰など畜産生産をめぐる情勢を消費者に理解してもらうための意見広告の掲載や、国産畜産物消費拡大のために生産者が消費者に直接アピールする街頭宣伝活動などにも取り組んできた。

図3

◆飼料原料の安定確保めざす

 対応策のもうひとつの柱である飼料原料の安定供給対策では、米国内での安定集荷対策に取り組んできている。
 具体的には集荷範囲の拡大で、海外子会社の全農グレイン(ZGC)、CGBを活用した米国北部の集荷施設の拡充や新たな集荷施設の買収のほか、米国南部でもトウモロコシの作付けが拡大したことから、新穀集荷対策として南部での集荷・乾燥能力の増強によって集荷量を確保した。また、中国の経済成長によって船腹需要がひっ迫していることも飼料原料の調達で問題となっているが、全農では一定期間の契約締結による安定的な船腹確保も実施した。
 飼料原料の確保のために輸入産地の多元化も課題となっているが、全農ではアルゼンチン、中国からトウモロコシ、マイロの調達を進め35万トンの買い付け拡大を図った。大豆粕では、11万トンあまりをアルゼンチン、中国、インドから買い付けたほか、大麦は豪州、カナダ産を補完するためアルゼンチン、中国からの買い付けも実施している。
 アルゼンチンからの飼料用大麦の買い付けは初めての実施で、40年以上前から業務提携をしている同国の農協連合会とのつながりで安定的な確保が実現できたという。
 一方で、トウモロコシの需給ひっ迫でわが国畜産でもトウモロコシ依存度の低減も課題となっている。
 具体策としては、エタノール製造過程で生産される絞りかす、DDGSの活用だ。このDDGSの使用数量と使用地域の拡大に全農はいち早く集中的に取り組み、昨年4月から12月までは月間約4000トンを活用、今年に入ってからは同6500トンに拡大している。
 このほか自給飼料の生産と利用拡大も大きな課題だが、国産飼料用米の生産・利用については米の生産調整の実効確保と合わせて20年産からJAグループ全体で積極的に取り組むほか、稲発酵飼料(WCS)の利用拡大や九州稲わらセンター稼働による広域流通の拡大などにも期待がかかる。

◆長期化する価格高騰

 JA全農が昨年4月にさまざま対策を打ち出した時点では、トウモロコシの国際相場は1ブッシェル3ドル台の後半だった。もちろんその水準でも畜産経営に打撃を与えるものだったが、その後の価格急騰は「想定を超える事態だった」と田川福彦次長は話す。
 要因のひとつが豪州の干ばつによる小麦の生産減で米国でも食料用の需要が増加、在庫が減少していった。一方、トウモロコシの作付けは増加したが、その替わりに大豆の生産量は米国では07年に前年比で17%減少、大豆価格も高騰した。また、トウモロコシのエタノール向け需要は拡大し価格は高騰は続いた。
 今年3月18日時点では、トウモロコシが1ブッシェル5ドル40セント、大豆は13ドル、小麦も11ドル台と穀物の国際価格全体が軒並み史上空前の水準となっている(図1)。

図1

 農水省はこうした世界の穀物需給と価格動向について中国、インドなどの人口超大国の経済発展による食料需要の増大、世界的なバイオ燃料原料としての穀物需要の増大、地球規模の気候変動の影響など、中長期的に継続する要因があると分析している。
 ただ、昨年からの国際相場の上昇には穀物市場への投機資金の流入の影響が大きいといわれている。田川次長も「エタノール需要の増大など需要構造の変化は明確になってきた。しかし、とくに年明け以降の相場は別世界。金融市場の資金が穀物市場に流入してきた結果だ」と見る。これまでは前年の秋に収穫が終わったのち、冬の時期には「市場は落ち着くもの」がまさにとおり相場だったというが、現在、マーケットは激しく動いている。
 今後の見通しについても価格の高水準は続くとの見方が多い。3月11日米国農務省が公表した主要穀物の需給見通しでは、トウモロコシのエタノール向け需要は輸出向けを大きく超え、期末在庫率(8月末)は11%程度になると見通している。トウモロコシについての世界全体の需給見通しでも期末在庫率は13.47%とFAOが適正水準とする15%を下回っている。
 米国の需給見通しのうち小麦の期末在庫率は10.2%、大豆は4.6%と低水準の見通しだ(図2)。

図2

◆消費者への情報提供

 こうしたなかJA全農では20年度も引き続き飼料原料の安定確保や生産性向上、自給飼料生産・利用対策などを柱に対応を進める。
 配合飼料価格の値上げが続くなか畜産農家にとっては生産性向上努力だけでは限界があるが、「あきらめるわけにはいかない課題。畜産農家と一体となった取り組みを水平的に展開していく」という。
 また、配合飼料価格安定制度の見直しは政策としても検討課題となってくるが、当面、4月以降の補てん財源確保のため、国に対して(社)配合飼料供給安定機構からの財源借り入れの要請を行うほか、通常基金の補てん財源不足に対応するためトンあたり500円の積み増しを行い年間で約35億円を全農として拠出する。また、新年度予算で異常基金財源の復元が決定された際には、同財源にも年間約18億円を積み立てることにしている。
 かつてない危機打開のためには消費者への畜産物価格上昇への理解醸成も欠かせない。新年度も引き続き一般紙を活用した意見広告掲載と量販店・生協等の店頭での国産畜産物消費拡大キャンペーンの全国展開などを予定している。
 「自給率向上が大きな課題だが、現状では海外の穀物への依存度が高い以上、国際価格の影響はまぬがれない。消費者への適切な情報発信は今後一層重要になると考えている」と田川次長は話している。

【著者】JA全農畜産生産部 田川福彦 次長

(2008.03.26)