シリーズ

世界の穀物戦略

一覧に戻る

コメの需要創出で農業の危機打開を

(株)農林中金総研 阮蔚主任研究員  最近の研究報告より

 農林水産省は3月25日に「海外食料需給レポート2007」を公表。米国農務省(USDA)の今年1月時点の報告データをもとに、世界の穀物需給動向や需要構造の変化、主要生産国で農業生産の変化などについて分析している。そこでは世界の消費量の増大により穀物の期末在庫率は2か月分にも届かない14.7%と食料危機といわれた1970年代前半を下回る水準であることを強調した。2006年の後半から明確になってきた食料の国際価格高騰をめぐってはさまざまな分析、検討がされているが、今回は(株)農林中金総研の阮蔚主任研究員の最近の研究報告を紹介しながら今後の動向、課題などを考えてみる。阮蔚主任研究員は世界の穀物価格高騰が続くなか日本は「米の需要創出」によって自給向上をはかるなどの取り組みが求められると指摘している。

激変する穀物事情で求められる食料確保策

◆需要創出策による生産シフトが進行

 農水省が公表した「海外食料需給レポート2007」では07/08年度の見通しとして、生産の動向では穀物(麦、トウモロコシ、米など)は前年度より4.2%の増産となるが、大豆は6.5%の減産となる、としている。これは本シリーズでもすでに紹介しているように米国でのエタノール需要の増大にともない、大豆の作付け面積が16%減少するなど「大豆→トウモロコシ」作付けシフトが進んだためだ。
 一方、消費量は前年度に引き続き、穀物で2.8%、大豆で4.7%の増加が見込まれている。期末在庫量は穀物8.1%減、大豆24.9%減となり、穀物の期末在庫率は14.7%と「食料危機といわれた1970年代前半を下回る水準」と強調している。
 品目別にみると、小麦では豪州産の輸出量が05/06では1600万トンあったのが、2年続けて800万トン台へと半減するなどの影響で、期末在庫率は3年連続で減少し、18%の予測。「小麦需要の引き締まり感が一層強くなる」と見込んでいる。
 トウモロコシは米国で大豆からの作付けシフトで面積で19%増加したが、エタノール向けなど工業用需要や飼料用需要の増大で世界の消費量は前年度より増加する見込み。期末在庫率は13.1%と予測している(図1)。

図1

 一方、大豆は米国での作付け面積減少で世界の生産量は前年度より減り、需要面では中国、アルゼンチンでの旺盛な搾油需要から消費量は増加、期末在庫量は4年ぶりに減少すると見込まれている。中国の輸入量は大豆貿易量の50%を占める。
 また、米については生産量、消費量、貿易量とも前年度並みと予測しているが、生産量が消費量を下回ることから期末在庫率は2年連続で減少し17.1%となり、米需給の引き締まり感は一層強くなると見込んでいる。
 このように世界の穀物需給のひっ迫感は強まっているが、(株)農林中金総研の阮蔚主任研究員は最大の需給ひっ迫要因は「米国で創出されたエタノール需要」だと指摘している。
 07/08年度でのエタノール向けトウモロコシの需要は8100万トンの見込みで日本の年間総消費量の5倍にもなる。
 現在の国際価格の高騰は食料と農業生産にさまざまな影響をもたらしているが、2005年までの30年間は穀物輸出国にとっては価格低迷が悩みだった。とくに米国にとっては穀物生産は輸出依存型で価格の低迷は補助金の増加をもたらし、財政負担の増大とともに米国の農業政策に対する国内外からの批判が起きた。WTO農業交渉でも米国の国内支持削減が焦点となっている。
 そこで輸出依存から脱却するために新たな国内需要を作り出そうと、米国はエタノール生産の促進により、コーンエタノール需要拡大を図った。先に触れたようにトウモロコシのエタノール向け需要量は輸出分を上回り、08年には25%を占める。今後の米国の見通しでは35%程度にまで拡大するとしている。この需要創出と、豪州の麦不作など天候変動などの要因も手伝って穀物、大豆価格は軒並み上昇した。しかし、これで国内支持の削減の余地が生まれれば内外からの批判の緩和につながる、というのが米国の戦略だ。

◆中国とブラジルの間で進む需要創出

 また、阮主任研究員は中国での需要創出の動向にも注視する。
 中国のトウモロコシの期末在庫率は90年代後半には100%超えていた。つまり1年分以上の在庫量を抱えていたことになる。そのため在庫削減のために02年からトウモロコシによるエタノール製造を始める。しかし、在庫は削減したものの、エタノール製造の過熱によって飼料用の価格上昇などから豚肉をはじめとする国内物価の高騰を招いたことから、中国政府は06年に新規工場の建設をストップし、国家による補助も半減させた。現在は政府が認めた4工場でのみエタノール製造が行われており、中国のトウモロコシ生産量約1億5000万トンのうちの2.7%程度が仕向けられるにとどまっているという。
 ただし、畜産物の消費増大で中国では飼料用が増大している。80年代前半では食用に回るトウモロコシが5割を占めたが、その後、全体の生産量が増えるとともに飼料用が増大、現在は7割を占めている。
 今のところ中国はエタノール生産を抑制することで飼料用も自給を達成している。しかし、米国農務省の07年時点の予測では2011年ごろにはトウモロコシも純輸入に転じるとの見方を示している(USDA Baceline)。中国の豚肉消費量を見ると、都市部住民では1人年間35kg程度だが、農村部住民では25kg以下と格差がある。経済発展にともなってこの格差が縮小していけば穀物需要が増大する。また、コーンスターチの一人当たり年間消費量は現在、先進国の20%程度にとどまっており、今後消費量の伸びが見込まれるほか、中国の人口は今後も増大し、2020年までに日本の総人口に匹敵する1億3500万人が新たに消費者に加わることになるというのも世界の食料需給に大きな影響を与える。

◆穀物メジャーが動かす食糧生産と貿易

 今のところ中国では米、麦、トウモロコシは自給体制となっているが、すでに大豆は輸入依存となった。
 先にも触れたように中国は世界最大の大豆輸入国で大豆貿易量の約半分を占める3000万トンを輸入する見込みとなっている。
 とくにブラジルからの輸入量が急増中だ。輸入先シェアではアルゼンチンを超え、3割程度を占めている。
 つまり、中国で創出された大豆需要に応えたのがブラジルだということになる。ブラジルでは00/01年度から07/08年度にかけて2250万トンを増産。現在、6000万トンを超える生産量となっているが、67.6%は輸出に向けられ、その輸出量の53.4%が中国向けだという(図2)。

図2

 なぜ、ブラジルでこれほどの増産が可能になったのか。
 阮主任研究員によると日本が70年代後半に協力したセラード開発事業の成果が基盤にあるという。1970年代前半の食料危機を契機に、「未開の大地」の意味があるセラード地帯の農地開発に日本は協力した。ブラジル中部の同地域の総面積は日本の面積の約5倍の2億haという広大なものだ。平坦だが酸性度の強い未開の大地に石灰投入などを行い現在、約1000万haが農耕適地に生まれ変わった。
 現地の生産者には日系の入植もいるが1000ha以上の経営で競争激化で面積拡大の意向も強いという。
 こうした同国の生産量を中国の需要増に仕向けているのが穀物メジャーだという。カーギル社などの穀物メジャーはブラジルの生産者に生産資金を提供、その返済を生産した大豆で行う契約などを結び、一方、穀物メジャーは中国の搾油メーカーに出資を通じて原料輸入枠を確保。こうした「穀物メジャーの世界貿易チェーン」(図3)でブラジル大豆の需要創出をしているのだという。
 阮主任研究員によると「ブラジルの生産者の間では穀物メジャーは非常にありがたがられている」という。

図3

 日本が食料危機をきっかけにして開発に協力したブラジルでの生産が中国の需要を支える構図になっている。とはいえ、ブラジルの潜在生産力はまだ高く、01年から08年の間に大豆の生産を52.9%も伸ばした。農業生産に利用可能な土地はアマゾンの熱帯雨林を伐採せずとも1.6億haあり「世界で残された最大の潜在的穀物供給基地」だという。

◆穀物価格さらに上昇の可能性も

 ただ、ブラジルに潜在的な生産力はあるものの、同国を除けば耕地面積は制限され、反収増加の鈍化、水不足問題など供給面での制約は多い。また、穀物の需要構造が大きく変質してきたことから今後、さらに価格高騰するとの見方も多い。前回も投機資金の流入による価格高騰が指摘されている局面にあることを強調したが、トレーダーたちの間では今年中に大豆の1ブッシェル20ドル超えや、トウモロコシの同8ドル相場などを予想する声もあるという。
 こうした国際価格高騰のなか、阮主任研究員は「日本は米の需要創出が重要ではないか」と指摘する。米国のエタノール需要創出では、たとえば8100万トンものコーンエタノール利用を促進しているのは、1ガロンあたり51セントという補助金だ。全体で約50億ドル。
 かりに日本で小麦の年間輸入量の約10%を米粉に代替すれば50万トンの需要創出となる。1トンあたり10万円を補助しても500億円であり、米国の助成額とくらべてもたった10分の1にすぎない、と指摘する。
 米粉の利用、飼料用米なども含めて水田を水田として利用することにつながる「米の需要創出策」が激変する食糧事情のなかでの日本の課題になっている。

【著者】(株)農林中金総研 阮蔚主任研究員  最近の研究報告より

(2008.04.03)