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JAリーダーの肖像 ―協同の力を信じて

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『食は人の命である』を原点に掲げ 健康野菜の事業化で地域振興図る

JA能登わかば(石川県)代表理事組合長 田中雅晴氏

◆農協という組織の底力を農協再建を通じて知る 田中雅晴氏写真提供:(社)家の光協...

◆農協という組織の底力を農協再建を通じて知る

田中雅晴氏
田中雅晴氏
写真提供:(社)家の光協会

 JA能登わかばは、石川県能登半島の中央部にある七尾市と中能登町をエリアにしている。
 ブリの水揚げでは日本でも有数の漁港を抱え、海の幸、山の幸が豊富なところ。昔からの米作地帯だが、近年は、米価の下落が著しいなか、園芸作物の生産に力を注いでいる。
 昭和14年生まれの田中雅晴(たなか・まさはる)組合長は、父が公務員の兼業農家出身。地元の高校を出た後、高崎経済大学で学び、日本勧業証券に入社した。
 「お金をさわる仕事に就きたい」というのが、子供の頃からの夢だったが、4年後に転職。これからは、環境の時代だと考え直し、富山県内にあるゴミの焼却炉などをつくるメーカーで2年間修業。それから独立して環境関連ビジネスを始めた。
 ところが、父が交通事故に遭い、急死。長男の宿命として、田中氏はただちに帰郷し、そこで農協運動と出会ったのである。
 当時、地元の農協では不祥事が続き、経営不振に陥っていたため、若い世代が中心となって、農協を再建すべく乗り出していた。田中氏は、周囲のすすめで、専務理事を務めることに。32歳の時である。
 それまで農業の経験もあまりなかった田中氏にとって、思いがけない展開の速さだったが、与えられた仕事には全力で邁進した。
「経営者が若くなったという不安から、3分の1の貯金が1週間で引き出された。そこで、470戸の全組合員家庭を回ることにした」
 証券マンだった経験を生かし、玄関先で丁重に挨拶したあと、きちんとお金を数えて、「ありがとうございます。たしかに貯金としてお預かりいたします」
と、述べると、組合員から、
「なんて、キザな言い方をするんだ」と言われたという。ところが、3か月もすると、評価はガラッと変わった。
「今度の専務は礼儀正しいぞ」 
 そして、減った貯金は、間もなく全額戻ったのである。
「あの時、やっと組合員から信頼されたと思った。同時に、これが、農協という組織の力だということも理解した」

◆伝統の「能登白ねぎ」の販売高が1億円に

 田中氏は、農協人として、稀有な体験をしている。農協合併によって、常務理事になったものの、組合長と同じ地区になった。理事の定員は1地区1名である。田中氏は、当然辞めるつもりだったが、どうしても農協に残って欲しいと懇願され、金融共済課長になったのである。
 その後、支所長、参事、部長を経てJAを退職。そして、再び常務に選出され、平成16年に組合長に就任した。
「役職は人が与えてくれるものだから、自分に課された役割を一生懸命果せばいい」
 どんなポストに就いても、淡々として、仕事へのスタンスは変えない田中氏だった。
 田中氏の昔からの持論は、「野菜は人の健康を維持する大切なもの」。
それは、「今まで大きな病気もせずにこられたのは、子供の頃から、母親の作った有機野菜を食べてきたからだ」と感謝する田中氏の信念でもあった。
そこで、組合長として、人一倍情熱を傾けてきたのが、健康野菜の事業化である。
JA合併後、産地化をすすめてきた伝統の「能登白ねぎ」の販売高は今や1億円に。

◆多彩な「能登野菜」の生産・販売で地域住民との信頼関係築く

 赤いダイコンの新品種「能登むすめ」は、従来の品種に比べて、3倍の活性酸素溶解成分が含まれているという。サラダに最適なので、いま、生食を好む若い女性の間で人気の野菜である。
 血圧の上昇を抑える成分が入っているという研究結果の出た「なかじま菜」の売上げは、この3年間で10倍に伸びた。
 能登地区では、行政とJAなどが協力しあって、能登野菜振興組織協議会を設立。「沢のごぼう」「小菊かぼちゃ」「金糸瓜」などの10品目の伝統野菜を「能登野菜」として認定し、生産・販売の拡大に取り組んでいる。
 さらに、JAでは、中能登町と合同で、ブロッコリーなどの健康維持に機能性の高い20品目の野菜の試験栽培をすすめている。
田中氏自身も、毎朝、出勤前に1時間の野菜作りに従事。ダイコンだけで8種類も栽培している。
 また、「能登むすめ」を共同で研究した東洋大学生命科学部の下村講一郎教授らと親交を結び、「健康と野菜」に関する研究発表会やシンポジウムにも参加し、学習を続けている。
 「『食は人の命である』ことを農協運動の原点と考えて、地域農業の振興を図る。それが組合員や地域住民との信頼関係を築くことになると思う。そのことを忘れて、いくら渉外や営業マンをつくっても、結局は、民間企業の真似で終わってしまうのではないか」
 というのが、自らの実践に裏打ちされた田中組合長の提言である。

【著者】(文) 山崎 誠

(2008.04.28)