シリーズ

「農薬の安全性を考える」

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第13回 「農薬疑義資材」って知っていますか

◆1億2000万人の食料を支えてきたのは誰か  農林水産省のホームページに農薬...

◆1億2000万人の食料を支えてきたのは誰か

 農林水産省のホームページに農薬コーナーがあることは、農薬に関わりを持つ人、関心を持つ人ならご存知だろう。そしてこのコーナーの中に「農薬疑義資材コーナー」があることもご存知だろうか。「農薬疑義資材」という聞きなれない資材とはいったいどういう資材のことをさしているのか。
 このシリーズでは、さまざまな視点から農薬の安全性について、そして食料生産に果たしている役割と必要性について検証してきた。そして農薬は適正に使用されれば、消費者にも生産者にも環境にもなんらの影響を与えるものではないこと。さらに植物が自らあるいは子孫を守るためにつくる天然毒の発生を農薬が植物を外敵から守ることで抑え、結果として天然毒の人への被害を回避させていることも検証した。
 しかし、一方でこれからの農業のあり方として「環境保全型農業」が提唱され、国会議員有志は議員立法で有機農業推進法を制定するなど、化学農薬や化学肥料を使わない農業へ世論を誘導しようという流れがある。
 私は、個々の生産者が有機栽培や減農薬減化学肥料あるいは無農薬栽培に取り組まれることを否定するわけではない。それは個々の生産者が判断すべき問題だと考えるからだ。と同様にすべての生産者が有機栽培や無農薬栽培にすべきだという意見に同調することもできない。
 なぜなら、それでは1億2000万人の食料を確保することができないからだ。江戸から明治にかけて3000万だった人口が1億人を超えるまでに増加できたのは、その人口増に見合う食料生産が可能になったからだ。だからいまこの記事を読まれているあなたもこの世に存在できているのかもしれないのだ。その食料増産を可能にしたのは、化学肥料・農薬そして農業機械の発展があったからこそだ。こうした事実に目をつむることはできない。
 きわめて限定された農薬や肥料しか使用できない有機栽培やまったく農薬を使用しない無農薬栽培で農産物を生産することは、日本のような気候風土では、大変に難しい。農薬を使わずにさまざまな病害虫からどう農産物を守るか、生産者にとって日夜頭の痛いことだと想像できる。

◆自生植物からつくられた農植物保護液を使い有機JAS認証取り消し

 そこにつけこんで儲けようというのが「農薬疑義資材」だ。
 農水省が農薬取締法に基づいて「無登録農薬」として立ち入り検査などを行い摘発したのが、平成19年11月の三好商事(株)が製造・販売した「アグリクール」と、平成20年2月の(株)三浦グリーンビジネスが輸入・販売した「NEW碧露」「緑豊」「凱亜」だ。
 三好商事の「アグリクール」は、「自生植物からつくられた“農植物保護液”」「特殊肥料」として有機農業生産者や家庭園芸家に売られていた。主原料はクララ(苦参)で「人と環境にやさしい」と製品ラベルに印刷されていた。「農薬ではありませんが、これを使うと植物が元気になり有機、減農薬栽培に最適です」と口頭で宣伝し販売されていたという。
 ところがこのアグリクールを当時千葉大園芸学研究科の本山直樹教授(現:東京農大客員教授)の研究室が分析したところ、国内の農薬登録が無く、農取法で輸入や国内販売ができない殺虫剤の「アバメクチン」が検出された。その後、農水省も三好商事のアグリクールから毒物相当(海外では登録があるが日本での登録はない)のアバメクチンを検出し、同社への立ち入り検査や製品の回収などの措置をした。
 当時、農水省が処分を発表した日(平19年11月22日)に「有機農業向け散布液 禁止農薬を検出」と報道した「朝日新聞」が「全国約50の有機農産物JAS認証機関に聞いたところ、少なくとも10以上の有機JAS認証農家がアグリクールを使っていたと回答した」という。当然、これらの農家は、有機JAS認証を取り消されたはずで、相当の被害を被ったことは想像できる。

◆「漢方の智恵」からも殺虫剤が検出される

 (株)三浦グリーンビジネスの「NEW碧露」もクララなどの薬草を主成分とすると称し、ラベルには「天然力」と大書きされその下に「植物保護液」と書かれている。そして商品名の下には「『碧露』は植物が自然災害から身を守るために出す、有効成分を抽出・配合したものです」とあり、最後に「中国漢方の智恵と植物医学の結晶」と強調されている。
 この三浦グリーンビジネスの商品についても本山教授の研究室で分析したところ、スプレータイプの「NEW碧露」からは殺虫剤のピレトリンが、乳剤タイプの「NEW碧露」からは殺虫剤のロテノンが検出された。その後、農水省もそのことを確認(「凱亜」はNEW碧露を原料とする資材)し、無登録農薬の疑いがあると立ち入り検査を行うとともに、これらの資材の自主回収や使用禁止の措置を行った。
 本山教授は、15年くらい前から「植物保護液」「農薬ではない」として、有機・無農薬・減農薬栽培農家へ販売されていた農薬を混入した「農薬代替資材」(農薬疑義資材)の分析を行い、これまでにも「大活躍! 植物抽出液 ヨトウ、ネキリムシ、アオムシ、コナガ、アブラムシに卓効」と農業専門雑誌に紹介されたことがある「土壌改良剤『夢草』」と「害虫専用の天然植物保護液『ムシギエ』」に合成ピレスロイドが含まれていることを明らかにしてきた(平成7年)。
 この15年を振返って本山教授は1990年代には化学合成農薬が混入されてきたが、2000年代は検出されにくい生物由来農薬が混入される傾向にあるという。
 具体的にみると90年代の「夢草」「碧露」「健草源・天」「ナースグリーン」「ムシコロ」→サイパーメリスン。「ニュームシギエ」→デルタメリスン。「健草源・空」→トリアジメホン。「健草源・地」→オキサジアゾン。
 そして2000年代に入り「アグリクール」→アバメクチン。「スプレータイプNEW碧露」→ピレトリン他。「乳剤タイプNEW碧露」→ロテノン他  というように。

◆1億円の被害を出したアグリコマース社の資材に注目

 そしていまもう一つ注目しているものがある。それは佐賀県にあるアグリコマース(株)が「土壌活性剤」と称して販売した「ニームオイル」という資材だ。この製品を使っていた南九州のある産地が昨年冬に出荷した野菜からピペロニルブトキシド(pbo:農薬の効力を高める協力剤)が検出され、産地は出荷物を自主回収し、ほ場などを自主点検し、安全性が確認されるまで約1週間出荷を停止し、約1億円の損害を出したという事件が起きた。
 このアグリコマース社の「ニームオイル」についても本山教授の研究室が分析したところ、殺虫剤のアバメクチンが検出されたと今年の1月9日に公表し、新聞などでも報道された。
 その後、2月25日に農水省は「当該資材を入手し分析したところ、ピペロニルブトキシドは検出されたものの、その濃度は農薬としての薬効を示す濃度と比較して著しく低かった」「ピペロニルブトキシド以外の農薬成分は不検出(検出限界<0.1%)」「アバメクチンも不検出(検出限界<0.02%)」だった。つまり本山教授が指摘したアバメクチンは混入されていなかったと発表。
 そしてこの資材は「無登録農薬とは判断されませんが、本来混入することのない」pboが検出されたので混入原因や目的を確認するために「調査を実施」したこともあわせて発表した。これは、無登録農薬ではないが、疑わしいものが混入していたので「調査」したということで、従来よりも「一歩踏み出した」ものと農水省の姿勢は評価していいだろう。
 しかし、本紙では、なぜ本山教授と農水省の分析結果が異なるのか。本山教授はさらに調査分析を行っており、その結果をまって再度この問題を検証する予定だ。
 なぜならば、このままでは、この資材を使うことで1億円の被害が生じた産地は、その損害を誰にも請求できなくなるからだ。
 また、こうした資材を使うことの危険性を生産者にきちんと理解してもらう必要があると考えるからだ。

(2009.03.23)