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「農薬の安全性を考える」

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第14回 「土壌活性剤」から殺虫剤を検出

続・「農薬疑義資材」って知っていますか

◆本山教授が現地で事実関係を調査 佐賀県神埼市のアグリコマース(株)が輸入販売し...

◆本山教授が現地で事実関係を調査

佐賀県神埼市のアグリコマース(株)が輸入販売していた土壌活性剤「ニームオイル」(注)から、海外では登録があるが日本では登録されていない(申請中)殺虫剤アバメクチン(放線菌が生産するマクロライド系殺虫剤)が検出されたと3月29日の「第53回日本応用動物昆虫学会大会」(札幌)で、本山直樹東京農業大学客員教授が発表した。
本山教授は今年の1月9日にも同様な発表をし、新聞報道がされた。さらに日本環境動物昆虫学会誌「環動昆」(第20巻第1号)でも「土壌活性剤とラベル表示されたニームオイル製剤の殺虫活性と有効成分」と題して詳細な分析結果が掲載された。
しかし、2月25日に農水省は「農薬としての薬効を示す濃度と比較して著しく低い」ピペロニルブトキシド(pbo)は検出されたが、アバメクチンは検出されず「無登録農薬とは判断されません」と公表した。さらに本紙の取材に対して農水省の担当者は、本山教授が分析をした「ニームオイル」のラベルにはアグリコマース社の社名が入っていないので、「アグリコマース社のものかどうかは確認できない」という主旨の発言をした。
事態を重く見た本山教授は3月4〜5日に、1リットル入りニームオイルを8本届け分析を依頼したT氏を含む3人で、分析に使用したニームオイルを持って、輸入販売元のアグリコマース社・馬上勇代表取締役。アグリコマース社からこの商品を仕入れ南九州の資材販売会社C社(本社は大阪)に販売したB社(佐賀県唐津市)、C社から仕入れて生産者に販売したD社。そして「ニームオイル」を使用した生産者団体の会長らを訪問し、事実関係を調査した。今回はその結果を踏まえた発表でもあった。

◆アザミウマに即効的な致死効果があったと生産者

「ニームオイル」のラベル。土壌活性剤なのに使用方法には「希釈して葉面散布します」と記載。取扱方法では「農薬・液肥との混用もできます」とある。
「ニームオイル」のラベル。土壌活性剤なのに使用方法には「希釈して葉面散布します」と記載。取扱方法では「農薬・液肥との混用もできます」とある。
社名を切り取ったラベルを貼られた「ニームオイル」
社名を切り取ったラベルを貼られた「ニームオイル」

調査の結果、馬上氏は本山教授が分析に使用したものはアグリコマース社が販売した商品であることを確認した。B社は帳簿上中継ぎをしているだけで、商品はアグリコマース社からC社に直送されていること。C社では、当初は社名・住所の入ったラベルが貼付された商品が送られてきて、それをD社を通じて農家に販売していたが、途中からラベルと容器が別々に送られてくるようになり、アグリコマース社からラベル下部(社名・住所の部分)を切り取ってボトルに貼るよう要請されそのようにしたと証言した(写真参照)。ここでも本山教授が分析したのはアグリコマース社の商品だと確認された。
生産者からは、当初アグリコマース社を含む3社のニーム資材が候補になり、実際に試験をしてみたところアグリコマース社の「ニームオイル」だけは、アザミウマに「即効的な致死効果があった」のでこれを選んだこと。通常、ニーム資材は「殺虫剤と現地混合して使うと相乗効果がある」という宣伝で売り込まれるが、これは「単独で顕著な防除効果があったので、単独で散布した」という。
さらに何かあったときのためと産地で保管されていた2本のニームオイルが本山教授に提供された。本山教授がこの2本についても分析をしたところ、前回の8本と同じ分析結果がでた。つまりアバメクチンが混入されていた。
また、本山教授の下に届けられたうちの1本と農水省が分析に使用した4本のうちの1本がともにD社から入手されたものであることも確認された。これが、この間の経過だ。

◆高い殺虫活性と魚毒性を示した分析結果

そこで本題に戻って、分析結果をみてみよう。
本山教授は持ち込まれた「ニームオイル」についてまず「殺虫活性」と「魚毒性」の検定を行った。その結果は表1から表3の通りだ。表1は8つの容器ごとの殺虫活性だが、いずれも高い殺虫活性を示している。表2はLC50(半数が死亡する濃度)を算出するために、No.1容器のみ濃度範囲を広げて検定したものだが、その結果コナガ幼虫に対するLC50は6665倍希釈液と即効的な殺虫活性を示した。表3はNo.1容器のニームオイルでヒメダカに対する毒性を検定したものだが、ここでも24時間後のLC50は7万2890倍希釈液というきわめて高い魚毒性を示した(表4)

◆アザジラクチンやpboに即効的致死効果はない

一般的にインドセンダンという樹木の種子から抽出された精油成分である「ニーム油」は、昆虫に対して摂食阻害効果を示し、主成分のアザジラクチンは成長抑制(IGR)効果を示すが即効的な致死効果はない。農薬としてのアザジラクチン開発をしている研究者に聞くと、「2週間くらい経たないと効果はみえない」という。魚毒性についてもニーム油もアザジラクチンもA類(>10ppm)だ。
途上国では伝統的に男性の避妊薬として使われた実績があり、実験動物の雄の精子数を減少させるという科学論文もあるという。
本山教授はニームオイル中のアザジラクチン濃度やpbo濃度も検出(表5表6)した。アザジラクチンは成長阻害効果はあるが即効的致死効果はない。またpboは殺虫協力剤であって、1000倍希釈して散布しても殺虫剤としての効果はまったく期待できないだろう。

◆主要殺虫活性成分はアバメクチンと判明

それでは何が高い即効的致死効果をもたらしたのか。本山教授はこれまでの経験からアバメクチンが混入されているのではないかと予測し分析した結果、ニームオイル中のアバメクチン濃度は、表7ののように900ppm(No.7)から2200ppm(No.4)の範囲にあり、平均は1700ppmだった。さらに、ニームオイルから検出されたアバメクチン濃度と800倍希釈液でえられたコナガ幼虫に対する殺虫活性の関係をみたのが図1だが、この結果はアグリコマース社の「ニームオイル」の主要殺虫活性成分は「アバメクチン」であることを示していると本山教授は結論した。
そこで疑問が起きる。農水省の分析ではなぜアバメクチンを検出できなかったのかだ。一つは、アグリコマース社から提供されたもの(2本)は、こうした事態を予測してアバメクチンを混入しないものを予め用意していたのではないかということだ。しかし農水省が分析した他の2本は本山教授が訪ねたC社およびD社から入手したものなので、この可能性は低い。むしろ、検査方法の問題ではないか。

◆100倍も感度が違う検査方法

前回も指摘したが、かっては化学合成農薬が混入されることが多かったが、最近は生物由来農薬が混入される傾向にある。なぜなら、生物由来農薬は一斉検査などでは検出されにくいからだ。本山教授は農水省が発表した個別分析の検出限界<0.02%=200ppmではアバメクチンの検出は難しいのではと推察している。また、このような分析の信頼性を判断するのに必要な添加回収率の情報が公開されていないことを指摘する。本山教授が分析したHPLC分析の検出限界は、20ng/10μl=2ppmで、感度が100倍も違うことになる。添加回収率も104%と良好なことを確認している。
農水省がなぜこうした検査方法をとったのかは分からないが、現実的にはここまでみてきたようにアグリコマース社の「ニームオイル」は、間違いなく農薬取締法に違反した無登録農薬だと断言していい。
環境保全型農業とか有機栽培農業とかを国・行政があげて推進し、ほ場の条件や気象条件を無視して農薬の使用を抑えようとする傾向がある。そのために現場の生産者は“藁をも掴む”思いで、こうした偽装「自然農薬」を高いお金を出して買ってしまうのだろう。しかし、そのツケは必ず使った生産者に還ってくることを知ってもらいたい。
いま日本で農薬登録されている農薬は、適正に使用すれば、消費者にも生産者にもそして環境にも安全で安心なものばかりだ。消費者や生産者を騙し、環境にも余計な負荷をかけているのは、こうした偽装「自然農薬」だということを生産者にも消費者にもぜひ理解してもらいたい。そして農水省はこうした「農薬疑義資材」がこれ以上社会に出回らないよう厳重な措置を早急にとって欲しいと思う。

:本文の記述で「ニームオイル」と表記した場合はすべてアグリコマース社が輸入販売した商品のことである。一般的に使われているインドセンダンという樹木の種子から抽出された精油成分については「ニーム油」または「ニーム資材」と表記し、この二つを区別して使用する。

(2009.03.31)