シリーズ

研究開発の最前線

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効力・安全性にすぐれた独創的な化合物を求めて

住友化学農業化学品研究所

 長い稲作の歴史の中で、その安定生産は容易なものではなかった。例えば、ウンカやイナゴなどの害虫の大発生により西国一帯に起きた享保の飢饉(1732年)。餓死者は100万人ともいわれている。被災地への米の回送などで江戸の米価が急騰し、翌年には、江戸で最初といわれる打ち壊しが起こった。そして、現在、病害虫・雑草による農産物の損失は30%を超えるともいわれている。また、快適な居住空間においてゴキブリ、ハエ、蚊などはあまり歓迎されない。豊かな食料生産を支え、快適な居住空間を守り、幸せな未来の実現に向けて「農業の化学と生活の化学」をテーマに取組んでいるのが住友化学農業化学品研究所。研究開発体制の現状と将来を取材し、まとめた。

◆“生命を科学し「衣」、「食」、「住」支える”

全ては、食の安全・安心に向けて
全ては、食の安全・安心に向けて

JR神戸線甲子園口から車で15分、武庫川を右に眺めながら県道114号線を左折した一画に住友化学農業化学品研究所(梅村武明所長、以下「研究所」)はある。武庫川は、言うまでもなく生き生きと、しかも緩やかに兵庫県東部を流れる雄大な河川。丹波高地を水源とし、南流して大阪湾に注ぐ。長さは約66km。流路に沿い有名な武庫峡・宝塚温泉などが広がる。
研究所は探索化学、探索合成、探索生物、応用開発、製剤技術、製剤開発、生活科学、研究企画室、事務室から組織されている。
研究対象は植物保護、家庭・防疫用、農業資材の3分野に分かれる。
植物保護は殺虫剤、殺菌剤、除草剤、植物生長調節剤を、家庭防疫用は殺虫剤(衛生害虫、不快害虫)、衣料防虫剤、木材保存剤、動物用殺虫剤を、さらに、農業資材は機能性肥料を、それぞれ主な研究対象としている。
“生命を科学し「衣」、「食」、「住」の基礎を支える”に住友化学の農薬開発のポリシーが有ったのではないか。出発は、1954年に除虫菊の有効成分をヒントにピレスロイド系殺虫剤ピナミンを開発したところにあるが、もっとも歴史的瞬間だったのは、1962年に、それまで使用されていた殺虫剤パラチオンより哺乳類に対して低毒性のスミチオンの開発にあり、さらに、1976年の殺虫剤スミサイジンの開発が挙げられ、より安全性の高い、世界に飛翔する同社の農薬開発の方向性を確定した。
以来、より安全で効力にすぐれた数多くの新しい製品を創出し、今日に至る。

◆生物環境科学研究所などと連携を密に

藤本博明 研究グループマネージャー
藤本博明
研究グループマネージャー

人や環境に優しく病害虫や雑草だけに働きかける農薬開発。その第一歩は、化合物の分子設計から合成、効力評価といった新規化合物探索のプロセスにある。
新規化合物の探索は、病害虫や雑草の生理機構に着目し、ユニークな化合物を設計することから始まる。そこには、研究者の創造力と技術力をもとに、種々の新しい手法や装置を有効活用して、新しい化合物が順次、生み出されていく。
こうして合成された多くの化合物の中から、独自に構築した簡便な試験系およびハイスループットスクリーニングによってリード化合物が創出され、更に化学構造を最適化することで、効力評価が進められる。
研究所では、「独自のパイプライン化合物の創出(対象分野の選択と集中)、川下および周辺分野への拡大・展開(事業付加価値の最大化)を目指している」(藤本博明研究グループマネージャー・応用開発)が、そのためにも生物環境科学研究所などとの連携を密にしている。
生物環境科学研究所では、哺乳動物に対する各種の安全性試験のほか、哺乳動物の体内での吸収、分布、代謝、排泄の試験や、土壌・植物・水中での代謝試験および分解システム、さらに、農作物の農薬残留分析や水生生物に対する環境面への影響評価などを行っている。
ここで行われた安全性試験のデータは、国内はもとより、世界各国で農薬、家庭用殺虫剤などの市場展開を得るための基礎データとなっている(図参照)。
なお、住友化学は、加西(兵庫県加西市)と真壁(茨城県桜川市)の東西に試験農場を確保しているが、「加西は開発促進のための試験農場、真壁はより生産者に近いところのでの試験を中心に行っている」(平塚光範探索合成グループ主席研究員)に位置づけている。

図

◆世界に羽ばたく更に使い勝手のよい原体を求めて

より高い安全性と効果が求められている農薬開発。1980年代の初頭に、1個の新規薬剤を開発・上市するのに約2万件のスクリーニングをやっていたものが、2000年には14万件にふくらんでいる。より高い安全性とシャープな効果が要求される時代になった結果である(グラフ1参照)。
また、新農薬研究開発費においても、同年代初頭に約40億円とされていたものが、同じく2000年には約184億円(対ドルベース:100円換算)と、約4.5倍にふくらんでいる(グラフ2参照)。そして、開発・上市までの年月も、およそ10年を要する。食の安全・安心への関心が高まっている今こそ、農薬の高い安全性、果たす役割などを、もっと積極的に対話していってもよいのではないかと思える。
「農薬の研究開発試験をやっていれば、世界に羽ばたくような原体を開発していくことが夢」という藤本さん。微笑ましい。しかし、「新規原体を開発していくには、莫大な経費がかかる」とも。
また、基本的に「原体開発は性能がよくなくてはいけない。そして、製品開発に向けては、安全と安心に加え省力、この3つが強く求められており、研究所としても鋭意取組んでいる。さらに、普及においてはせっかく進歩した技術を消さないことが大切」という。
11月、業界のリーディングカンパニーに到達した住友化学。新たな農薬取締法の中で、同社の取組みが注目される。

グラフ1・2

 

住友化学農業化学品研究所の沿革

1955年 大阪製造所研究部農薬課として発足◇1962年 大阪製造所農薬研究部となる1971年 大阪製造所農薬研究部を兵庫県宝塚市に移転し、農薬事業部研究部となる1983年 事業部から分離独立し、宝塚研究所農薬研究グループとなる1984年 宝塚研究所農薬研究所となる1989年 研究領域が農薬研究に限らず、植物バイオや農業資材分野の研究にも拡大していることから、宝塚総合研究所農業科学研究所に改称1994年 農業化学品研究所に改称

《研究所の概要》
〒665−8555
兵庫県宝塚市高司4丁目2番1号
敷地面積4万2000m2
建物面積1万5000m2

【著者】住友化学農業化学品研究所

(2007.12.27)