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研究開発の最前線

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薬剤抵抗性害虫防除は天敵活用IPMで  アリスタライフサイエンス社

・苦戦する薬剤抵抗性 コナジラミ防除に「救世主」が
・まん延するウィルス病対策に天敵を
・化学農薬や物理的防除を組み合わせた体系を

 キュウリやナス、ピーマンなど果菜類の多くはハウスなど施設で栽培され、ほぼ年間を通して供給されている。そうした果菜類の産地ではいまウィルス病を媒介するアザミウマやコナジラミ類が薬剤抵抗性をもち、大問題となっている。そうした産地がこれからの防除法として期待しているのが、天敵を有効に使ったIPM(総合的病害虫防除)だ。なかでも最近開発されたスワルスキーカブリダニ(商品名:スワルスキー)に大きな注目が集まっている。
 そこで、日本有数の施設園芸産地である高知県で、実際にスワルスキーなど天敵を活用した防除を行っている生産者に取材するとともに、スワルスキーを開発販売しているアリスタライフサイエンス社(以降、アリスタ)に取材した。

 「嫁さんが暇になって肥えてしまってどうしようもないよ」と笑いながら、南国市のシシトウ(ハウス)生産者の中澤彰さんはスワルスキーを導入した効果を語ってくれた。
中澤彰さん 中澤さんのハウスでは奥さんが薬剤散布を担当しており、昨年までは頻繁に薬剤散布していたのが、今年からスワルスキーを活用した防除法にしたので、奥さんの出番がほとんどなくなったからだ。
 全国で出荷されるシシトウの約5割、促成栽培に限れば8割が高知県産で、その半分近くが南国市で生産されている。だから「日本一の産地です」と県中央東農業振興センター農業改良普及課の坂田美佳専門普及指導員。
 高知県は、全国有数の施設園芸県であり、天敵活用の先進県だといえる。ナスの防除から始まり、いまではピーマンやシシトウ、キュウリなど多くの果菜類に広まっている。
 南国市のシシトウで天敵を使い始めたのは平成10年ころからで、「アザミウマに抵抗性ができて防除が難しくなった」り「頻繁に防除しないと抑えられず、多大な労力がいる」ので、天敵のタイリクヒメカメムシ(タイリク)を導入した。「タイリクはアザミウマをよく食べ効果があったので、これしかない」ということで広まった。

(写真)中澤彰さん

 

 ◆苦戦する薬剤抵抗性 コナジラミ防除に「救世主」が


アザミウマの幼虫を捕食するスワルスキー しかし、タイリクを使い始めたらアザミウマ以外の害虫が問題になるようになった。その代表的なのがタバココナジラミだ。「10年前には、アザミウマの薬剤防除で死んでいたのかもしれないが、コナジラミはいなかった」という。しかも5〜6年前から薬剤抵抗性コナジラミ(バイオタイプQ)が増えてきた。
 タイリクを使うために、使える薬剤が制限され、微生物農薬を使ったり、土着天敵を入れたり「試行錯誤の連続だった」と坂田さん。だが、いずれの方法も決定的な対策にはならなかった。
 そうしたときに「救世主」のように登場したのが「スワルスキー」で、地元の新聞も「新天敵でシシトウ守れ」という記事を掲載するほど期待された。21年にスワルスキーを導入した生産者からは「効果が高い」「効果がある」と高い評価を得た。そして、今年は天敵を活用しているほとんどの生産者がスワルスキーを導入している。
 スワルスキーが対応しきれないヒラズハナアザミウマ(食害が出る)対策としてタイリクと併用していく。
嶋崎貴洋さん 南国地区天敵利用研究会の嶋崎貴洋会長は、サラリーマンから農業へ転身し「今年で4作目」で、シシトウとオクラをハウス栽培している。シシトウでは初め土着天敵のタバコカスミカメを使っていたが「安定しなかった」が、「スワルスキーを入れて楽になった」と効果を評価する。
 坂田さんは、天敵利用農家では、防除回数が昨年の半分くらいになり、「木もきれいなので出荷量も増える」ことで農家の手取りも増える」と期待する。

 

(写真)
上:アザミウマの幼虫を捕食するスワルスキー
下:嶋崎貴洋さん

 


◆まん延するウィルス病対策に天敵を

 

 南国市とは高知市をはさんで西に位置する土佐市では、ピーマンやシシトウでは従来からタイリクを利用、今年からスワルスキーが導入されている。
 しかしこの地域では、キュウリやメロンの施設栽培が盛んだが、まだ天敵の利用はほとんどされていない。しかもこのウリ科作物が混在し、「キャッチボールのように害虫が行き来している」と県中央西農業振興センター農業改良普及課普及指導員の松本宏司さん。
 そのため、薬剤抵抗性アザミウマによるキュウリの退緑黄化症や黄化えそ、メロンでの退緑黄化症などウィルス病が発生し、5〜6月まで収穫ができるキュウリを2月中に終了しなければならないほ場もあるなど、大きな問題となっている。
 「ウィルス病対策をする防除体系に天敵を取り込めないか」と松本さんやJAとさしの営農指導員・前田尚吾さんたちが取り組み、いくつかのほ場で実証している。
 松本さんたちは、作期初期は薬剤で防除し、その後、防除しにくい成長点にいるアザミウマをスワルスキーに捕食させることで「ほ場のなかで広げない」ことと「薬剤が効かない作期後半での効果」に期待するというもの。
 もう一つは、隣接する1年1作のキュウリハウスと年3作のメロンハウスの間で害虫が行き来(飛び出し・飛び込み)しないように防除することだ。メロンがウィルス病に罹ると果実は収穫できても糖度が下がり、センサーではねられる確率が高くなるからだ。

 


◆化学農薬や物理的防除を組み合わせた体系を

 

谷修作さん アリスタの中島哲男IPM推進本部長は、飛び込みを防ぐには防虫ネット(0.4mm)や粘着板(アザミウマ用は青色)など「物理的防除も大事」だと強調する。そしてキュウリとメロンが隣接するところでは「イネ科のソルゴーをハウス周辺に植えると、ネットを補完して有効」だとも。
 それを実践している谷修作さんのほ場を訪ねた。谷さんは2つのハウスでキュウリを栽培(1棟1400本)しているが、昨シーズンは一昨年12月までに「黄化えそで1割を抜いた」がその後もまん延し昨年2月には収穫を諦めた。今シーズンは、「2つのほ場で20本くらい抜いたが広がらず5月末くらいまで順調に収穫できる」。しかもスワルスキー導入で、「薬代も減った」と嬉しそうだ。
 「天敵だけですべての防除ができるわけではない」と中島さん。化学農薬と互いに補完しあうことで、「高い効力をもつ剤として開発された薬剤を、できるだけ長期にわたり有効に使っていくことも大事だ」からだ。
 黄化えそや退緑黄化症は、九州や高知で大きな問題になっているが、キュウリの黄化えそは群馬県など北関東でも確認されたという報告がある。東日本でもまん延する日が刻一刻と近づいているのではないだろうか。
 そうならないうちに、スワルスキーなど天敵を組み合わせ、その地域に合った総合的な防除体系を組み立てる必要があると思える。

(写真)谷修作さん

 


 スワルスキーカブリダニ剤
1962年に新種として記載され、66年にタバココナジラミを捕食していることが報告された。オランダ・コパー社が本格的に商業化。コナジラミやアザミウマなど複数の害虫を同時に防除。花粉やホコリダニを餌に増殖する。

 

 

 

代替餌の開発で伸長した天敵農薬


 日本で本格的に天敵の開発に着手したのは(株)トーメン生物産業部(現・アリスタライフサイエンス社)で、平成元年のことだった。そのトーメン時代から日本における天敵の開発・普及にパイオニアとして尽力してきたのが和田哲夫氏(現在は同社チーフテクニカルオフィサー)だ。当時、農薬取締法で登録が必要だといわれ試験を開始したが、天敵でのガイドラインがないので、「農水省と相談しながらそれを作成」したりしながら、平成7年にチリカブリダニとオンシツツヤコバチの登録取得ができた。
 その後、多くの天敵が農薬登録されているが、天敵昆虫開発のポイントについて和田さんは次の点をあげた。
1.天敵としての性能が優秀なものを選抜(1日何匹捕食するかとか)
2.増殖能力が高い(大量生産できる)
3.生産コストが安い
4.作物に害を与えない
5.化学農薬に強い
6.広食性がある→チリカブリダニはハダニだけしか捕食しないが、スワルスキーは4【?】5種を捕食する
7.代替餌で増殖する
8.花粉でも生きられる(スワルスキーやミヤコカブリダニのように)
9.小さいこと
 優秀な性能を持った天敵の選抜はオランダや英国、イスラエルなどの大学の研究室で日夜行われているが、基礎的な研究に最低3年はかかる。その後、登録申請を含めて上市するために4年、合わせて7年はかかる。
 天敵が大きく成長できたのは、サトウダニなど作物などに無害な「代替餌」が21世紀初めに開発され、同包されることで、輸送中に天敵が弱ったり死ぬことがなくなったからだ。

(2010.05.26)